1.5 森の聖堂に棲むもの①
殆ど影だけになってしまった木々の間を、サシャの足が迷いなく進む。
僅かな風に揺れる枝音と、サシャの足下で小さく響く枯れ葉が潰れる音を、トールはサシャの両腕の中で聞いていた。
森に入ってすぐに見えた、幼馴染み二人の幻影は、今は見えない。そのことに、トールは正直ほっとしていた。
「もうすぐ着くよ」
大きく息を吐いたサシャの声に、顔を上げる。サシャの灰色のエプロンと太い木々の向こうに見えた、小さな明かりに、トールは目を瞬かせた。
幾許もしないうちに、木々の影が疎らになる。
「サシャ!」
その影が無くなると同時に、細い影がトールの視界を覆った。
「遅かったですね」
サシャをぎゅっと抱き締めた細い影が、サシャの肩をそっと抱く。
「遅くなってごめんなさい」
小さく頭を下げたサシャに、細い影は首を横に振った。
「その、『本』は?」
サシャの両腕の中にいたトールに、細い影が目を細める。
「ジルド師匠とアラン師匠が『持っていて良い』と言ってくださったものです、叔父上」
そう言って、サシャはトールを細い影に手渡した。
「これは、『祈祷書』ですね。修道士用の」
サシャに似た温かさを持つ、しかしサシャよりもかなり細い指が、トールのページをめくる。
「ジルド師匠が? 珍しい」
サシャには聞こえないであろう、小さな声が、トールの耳に確かに響いた。
「こんな良い本をいただけるとは」
微笑んでトールをサシャに返す細い影が、少しだけよろめく。
「良かったですね、サシャ」
寒いですから、家の中に入りましょう。そう言ってくるりと踵を返した細い影が左手に持つ杖を確かめ、トールは小さくサシャに尋ねた。
[足が、悪いのか?]
「小さい頃、酔っぱらった砦の兵士達に足を叩き潰された、って、お祖父様が」
返ってきた小さな声に、暗澹たる思いで頷く。サシャにちょっかいを出すテオといい、弱いものを虐めるヤツは、どこにでもいる。
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