第12話 赤ワイン煮の林檎
私は、昔からよく、赤ワインで煮た林檎を作る。
母の幼馴染の奥さんの息子さんが、勤務先で良く作った物を
差し入れしてくれて、
それがとても美味しかったので 真似して作り始めた。
まず、一番安い、ドラッグストアで売っている、ペットボトル入り(前はガラスの瓶だった。)の甘口と辛口の中間くらいの赤ワインを、
買ってきて、キャップを外して、どぼどぼと、片手鍋に入れ
その中に、皮ごと、種も取らずに一口大に、ぶつ切りにした
林檎を、その鍋に入れた赤ワインに、
無造作に、ちょうど入れた林檎全てが、浸る位の量を、適当に入れる。
それを中火から、弱火にかけて、水分が蒸発して、
林檎が赤ワインの、濃く少し黒味がかった、赤色に染まるまで、煮る。
「血の色みたいだな」
時々、赤ワインを飲んで、グラス越しに見て、想う。
「ああ、そう言えば、キリスト教では、赤ワインは、キリストの血だっけ?・・・」
ボトル、一本開けて、朦朧と酔っ払った頭で、想う。
ギリシャ神話か、ローマ神話の、バッカス、デュオニソス?も葡萄酒の神だっけ?
「ふふ、狂乱と、狂気の、パレードの、葡萄酒の方が、私には合ってるな」
何て、酔いが回ると、そんなカタルシスの様な、神話的、文学的な美に、自己陶酔したりする。
言い訳だ。酔っ払いの。
そう言う時、赤ワインは、都合がいい。
あの人は、そう言えば、お酒を飲むって言ってたっけ?
以前、仕事で酔っ払って帰って来たけど。
お姉さんと二人、何だよね。家族・・・。
多分、ワンちゃんは、保健所か、どこかへ連れて往かざる負えなかったんだろうな・・・。
痛いな。胸。
この前のやり取りで、高層のオフィスビルの谷間の事務所で、ファイルの整理してるって言ってた。だから電波が悪いんだと。
私が、スマホ持ってなくてごめんね、と言ったら、そんな事は構わないよと。でも
「×××。何で君は、いつもパソコンを、ONにしておかないんだ。僕は、いつもしているのに。」
とも言われたっけ・・・。
赤ワインで、朦朧とした頭と、ぐつぐつ煮える、熱い赤ワインの中の、林檎の喘ぎの様な、呻き声を、聞きながら、想い出す。
・・・多分、彼は、もう建築家じゃないだろう。家も犬も手放さざる負えず、
狭いアパートか何処かで、事務か何かの仕事をしているのだろう。だからきっと彼も、恐らくスマホを、持ってないのだろう・・・。
でも言えないのだろう・・・。
だから、プロフィ―ル欄が、英語で、「建築家」ではなく、「建築」に、なっていたのだろう・・・。
「×××。僕は、君に嘘をついている。それが苦しい。」
と、熱と頭痛を抱えながら、この前言ってきた。
何となく分かっていたし、でも改めて聴くのも、怖い気もした。
私が一番、畏れている事も、告白されたら、どうしよう、とも思ったし、でも
そんなものは、本当は畏れでも何でもなくて
私が、彼の口から聞きたくなかった、一番の物は・・・。なんだろう?・・・。
赤ワインが、回った頭で、
私は、目を閉じて、半分、意識が遠のく中
林檎が赤ワインと混じり合って、何とも言えない甘美な匂いが、鼻腔をくすぐって往き、
ぐつぐつと言う、林檎と赤ワインの、熱で混じり合って、溶けて一体に浸み込み合って往く、音を、遠くに聴いていた。
ああ、林檎は、エデンの園の、イブがアダムを誘惑した
禁断の実、だ。
私は、彼にとっての禁断の実、だったのか。
そして彼は、私にとってのキリストの血、だったのか。
何故か、数日前、テレビと壁の隙間から出てきた、聖書の切れ端に
貴方の、名前が、あった。
貴方の名前は、聖書に出てくる、聖人と、同じ名前、だった。
私を、私達一族を、遠くに、遠くに、苦しめて来た
愛の教え。
愛の神。
そして、まだ、私は、
貴方を、
愛して、いる。
動物が好きで、車が嫌いで。自転車が好きで、静寂が好きで、読書が好きで。
クラッシック音楽が好きで、日本が好きで、着物姿の女性が好きで。コーン入りの野菜サラダが大好きで。
はらはらする程純粋で、優しくて。少年の様に不器用で、私をミストレス、と呼び、
下手で慣れない、駆け引きで、
私を翻弄して、また、私も、貴方を翻弄して、心、狂わせた、人。
そして、まだ、何故か、繋がっている、人。
私は、いつか海を越えて、貴方と、貴方の国の、何処か片田舎で
のんびりと、動物達と、草花と海と、土壁の家で、
貴方が、好きな絵でも描きながら、
貴方と暮らす、夢を、見る。
遠のく意識の中で、貴方の名前を、呟く。
林檎が、鍋の中で、赤ワインと一緒に
焦げて往く、匂いが、した。
遠過ぎた初めての恋人 春の雪 @omoino_kakera_
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