第3話 「満足」

四人が急死した事件のあと、アザミはさらに分厚い手袋をするようになった。一瞬の感情で人を殺すことがこれ以上ないように努めた。平凡な日常が戻りつつあった三月十七日、アザミはまた夢を見た。内容は覚えていなかったが、脳内に新たな情報が追加されていた。この能力を持つものは、みな早死するのだという。どんな形であれ死にたくなかったアザミは、常に慎重に行動するように心がけた。


春休みに入って明けるまでの間に、アザミは思いだしてしまった。人の頬を叩く感覚を。それは腹部にナイフを刺すのと同じように、誰かを殺す。初めて味わった「殺人」という快楽に、アザミは取り憑かれてしまったのだった。

アザミの通う中学ではクラス替えが行われ、クラスの四分の三ほどが知らない人間になった。新しい学年にも入り大人しくしていたアザミだったが、クラスメイトは冷たかった。前年度の噂はとうに広まっており、今度はクラスのほとんど全員からいじめられるようになった。勇気を出して教師に相談したが、教師からも殺人鬼と呼ばれた。

アザミは悩んでいた。クラスメイトや教師たちはアザミはの苦しみや詳しい事情など知りもせず罵るばかりだ。また同じクラスになったユキすら、アザミを赤の他人のように扱い始めた。

アザミは自分を蔑んだ人間に復讐することを決めた。そして、最後に自分も死ぬ計画だった。

まずは、もとより嫌っていた担任から始めることにした。授業の後に分からないところを質問する体で話しかけた。

「先生……」

アザミは担任の手にそっと触れた。担任は少し驚いたような表情を見せた。

「先生?」

「あぁ……うん。これはね──」

自ら訊いた問の答えを聞き流し、アザミは湧き上がってくる笑いを堪えるのに専念していた。

アザミには、表立っていなかっただけで殺人鬼気質があるようだった。手袋を外して気付かれないように触れる一連の流れがその素質を物語っていた。


その次の日である四月十五日から、アザミは四十四人いるクラスメイトを端から殺していった。

もはや学年中に広まった噂のせいで、アザミは余計に動きやすくなっていた。自分でもわかる悪い笑顔を浮かべながら手袋を取り払うだけで、誰もが恐怖を滲ませた。その表情はアザミをさらに堕落させる。


七月になるころには、アザミ含めて残り六人となっていた。

アザミのいる二年六組だけは、登校しなくても良いというルールが出来ていた。担任は今までに四回変わったが、その全員がアザミに殺された。

残ったクラスメイトのうち、四人は不登校気味になっていた。それでも稀に姿を見せたときに確実にアザミに触れられていった。

七月十四日、残るクラスメイトはアザミを含め二人だけだった。

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