第4話 「別れ」

「ユキ、私が怖い?」

「いや。怖くなんてない。私は死ぬのは構わないよ。でも、アザミに真実を教えてから死にたいな」

ちょうど三ヵ月前には四十四人がいた広い教室に、今や存在できるのはたった二人だった。前から三列目、廊下側と窓側の端の席にそれぞれが座っている。

「もう私たちしかいないからね」

大きく間を空けてユキが呟く。静まり返った教室では、二人の声はよく響いた。

「真実……ね。いいよ。教えてよ」

ユキは大きくため息をついた。

「うん。どうせアザミ、死ぬ気なんでしょ?」

アザミと小学校三年生の頃から仲のいいユキには、隠し事は出来ないようだった。

「もちろん」

アザミが言い切ると、ユキはゆっくりと語り出した。ユキが淡々と言葉を紡ぐ。それはアザミの能力についての話だった。

「アザミの手に触れたら、その三日後に死んでしまう。そうでしょ?

私のお母さんもその力を持ってたの。その前は私の大叔母さんだった。どうやら、先代……つまり、前に能力を持っていた人が亡くなると、次の人に受け継がれるシステムらしい」

ユキはもはや必要なくなった教科書を丁寧に時間割の順に揃えている。今日の一時間目のはずだった国語のものを手に取り、その他を机の中に入れた。教科書を捲る左手には、白いミサンガが絡みついている。

「夢を見たでしょ?私のお母さんの。

『私に触れないで』なんて叫んでる、私のお母さん。優しい人だった。とても、あの恐ろしい能力を持つだなんて信じられないほどにね」

窓際に座るアザミは、ユキの話を聞きながらも、白いミサンガに視線を奪われていた。それは中学一年生の始めのころ、サクラとユキとアザミの三人で色違いで作ったものだった。サクラはピンク、アザミは黄色のミサンガ。ユキは今まで、作っただけでしまいこんでいたはずだった。今日が最後になると読んで着けてきたのだろう。

サクラは、作った時から亡くなる瞬間まで身につけていたという。確かに、冷たくなったサクラの足首にはピンク色の紐のようなものが纏わりついていた。アザミのミサンガは学校の鞄に付いている。

「でも、もしかしたら次の代を生み出さずにいられるかもしれない。

大叔母さんは病死した。お母さんは交通事故に巻き込まれた。私の知る限りの先代は、言うなれば不可抗力で亡くなってる。

もしかしたら、自殺ならこの連鎖を食い止められるかもしれない」

廊下と教室を隔てる壁を背もたれにして座るユキは、国語の教科書を閉じてアザミの顔を見た。

「どうせ自殺するんでしょうけど」

アザミは声を出さずに頷いた。何にも覆われていないその手を鞄に伸ばす。

「言いたいことはそれだけ?」

そういうと共に黄色いミサンガを手に取ったアザミは、それを鞄から取り外して自分の右手首に巻き付けた。

「これだけ。あとは、謝罪くらい?」

「謝罪?」

「うん。気が付かなかった?

クラスのみんなや先生達、アザミの能力のことも知らないのに殺人鬼だなんて言うはずがないでしょ。

私が皆に、力のことを言ったの。

アザミを人殺しにしたくなくて。皆に、アザミに触らないように言って回った。でもダメだったみたいね」

ユキは国語の教科書を鞄の中にしまった。テンポの遅い会話の間に、一時間目が終わる合図が鳴り響く。

ユキは席を立ってアザミに歩み寄る。

「屋上、行こっか」

アザミは静かに頷いて立ち上がり、ユキに続いて教室を出た。


屋上では風が強く吹いていた。ユキはアザミの手を取った。

「私は三日生きる」

「……先、行ってるから」

アザミはフェンスによじ登り、ユキを少し振り返った。

「今までありがと」

そしてすこし宙に浮き、それから地面に向かってただ落ちていった。

「次の代が生まれないといいけど」

死体となったアザミを見下ろしてユキは言う。黄色いミサンガが風に乗って飛ばされていった。

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