白衣、シチュー、語らい
お湯の降り注ぐシャワーを浴びる。これだけでもかなり贅沢な事なんだなーって野宿なんかを経験して思う。そもそも施設が無いと基本的に水浴びしか出来ないもんね……温暖地方のレストハウスは水しか出なかったから、お湯は本当に久々だなぁ。うん、気持ち良い。
それにしても、まさか個室が借りられるとは思わなかったよ。いやでも考えてみたらここに詰めてた人達って一人や二人じゃないだろうし、生活もしてただろうから部屋は当然あって当たり前なんだよね。それが全部整備されて何処も使えなくなってないのは流石の一言だよ。
ふぅ、さっぱりした。服、というか毛皮を脱いでのシャワーなんて個室じゃないと出来ないもんね。まぁ、元々が毛皮だから着たまま浴びても体は綺麗になるんだけどね……これもサンドスターの力らしいけど、本来はこれ服に変化してるのが凄いんだろうな。前に変わった研究員さんが「なんでアニマルガールなのに毛皮じゃなくて服に変化するんだ! 納得行かない!」って言ってた事あったっけ……その後に毛皮が服じゃなくて毛皮のままで人の姿になった獣人、だっけ? そんなイラストを見せてもらったっけなぁ。まぁ、その人その後、飼育員さんとアランさんにダブルで私に何見せてんだ! って言ってスリッパで頭叩かれてたけど。
「うーん、この肌に直接毛皮かぁ……フレンズの姿に慣れたらそっちの方が違和感あるなぁ」
犬の時はそれが普通なんだけどね? もうこっちの姿で居るのが慣れちゃってるからの違和感なんだろうな。まぁ、どの道戻ろうにも戻り方が分からないんだけど。いや、方法はあるけど思い出まで無くなっちゃうのは遠慮したいよね。
さて、シャワー終わりっと。うーん、自分からシャンプーの香りがするのも懐かしい感じ。っと、服はどうしようかな? いつものでもいいけど、なんでか用意されてる着替えもあるんだよね。シャツとジーンズと、何故か白衣……研究員の人が着てたのを見て覚えてるから分かる。ち、ちょっとこっちを着てみようかな。いつものはまた調査に出る時に着ていくし、ちょっとだけ、ね。
少しゆったりめだけど、ブカブカって程じゃないから大丈夫そう。姿見の鏡を見ると、服装だけは人をしてる私がそこに居る。な、なんかちょっと恥ずかしいかな。尻尾の関係でジーンズが上げきれてないのがちょっと恥ずかしいし、違和感あるけど下だけはいつものに着替えよっかな?
「とーぅ! イエイヌ居るー?」
「え? わぁ!? あ、アムールさん!?」
……その後、着替えた私の姿を見てビックリしたアムールさんの叫び声で皆が集まってきたのは言うまでも無いかな? まぁ、皆毛皮だって意識があるから脱いだり着たりって事を知らないんだから当然だよね。
「ご、ごめんねイエイヌ? 毛皮が変わってたからなんかそういう病気なのかと思っちゃって」
「い、いやー、私も興味本位で着替えてたのも悪いところはありますから。脱げるって知らなかったら驚いて当然ですよ」
「私もアムールトラの叫び声を聞いて来てみて目を疑ったわ。でも……その毛皮、じゃなくて服って言ったかしら? その恰好も良いと思うわ」
「なんと言うか、可愛いッスよイエイヌ!」
「あはは……ありがとうございます」
結局着替える暇も無く説明する必要が出来ちゃったからそのままの恰好で居ます……。せめてジーンズだけでも着替えれば良かったかなぁ? 座るとずれちゃいそうで色々危うい。いつものはプラズムの効果で体の一部だって認識すれば服に尻尾が透けるけど、これはそうじゃないからどうにも出来ないしね。
あぁ、一騒動で皆集まっちゃったからまたリフレッシュルームでお話してます。アムールさん達もそれぞれ個室を借りたんだけど、アムールさんは一匹の時間を持て余しちゃって私の所に来たんだそうです。
「イエイヌの毛皮が脱げたって事は、あたし達のも脱げるのかね?」
「出来ると思いますよ。あ! で、でもここでいきなり試すのは如何なものかと思うんで止めておきましょう?」
全員がピクッと反応して止まってくれた……いきなり脱ぎ始められても収拾がつかなくなるのは目に見えてるからね……。後でガードさんに着替えがある所でも聞いて、そこで皆には試してもらおうか。
「アレ、皆揃ッテルネ。ン? イエイヌソノ恰好ハ……」
「あ、ガードさん。部屋で見つけてシャワーを浴びた後に着替えてみたんですけど……不味かったですか?」
「ウゥン、不味クハナイヨー。何ダカ似合ッテテチョット驚イタケドネー。ケド、尻尾ノ所ガチョット危ナイカナ?」
「あーはい。人に尻尾なんて無いから、これは仕方ないかなと思ってました」
「……待テヨ? チョット待ッテテネー」
そう言ってガードさんは何処かに行っちゃった。皆でなんだろうって首を傾げて話をしてたら、畳まれたジーンズを頭に乗せて持って戻ってきました。広げてみると……あ、これ尻尾を通す穴がある。な、なんでこんな服がここに?
「イヤー、ビルダーガ気マグレニ作ッテミタケド着ルフレンズガ居ナイッテ嘆イテ置イテ行ッタノヲ取ッテオイタンダヨネ。良カッタラ着テミテ―」
ってガードさんが言ったやいなや、ゾロゾロとラッキービーストさん達が服を持ってきたよ……その数、十着以上。なんでこんなのがこんなに? って聞いたら、ビルダーが作ってみたくなって我慢出来ずに作ったんだって、とガードさんはおっしゃってます。以外とクリエイターなコードホルダーさん、なのかなぁ?
その服に私以上に興味津々なのが、アムールさん達三匹なんだよねぇ……うん、これは着替える流れになるだろうなぁとは思いました。コートやカーディガン、下もスカートやショートパンツと、試し甲斐はありそうなラインナップです……。
とりあえず脱ぎ着の方法を皆に教えてあげると、それぞれ着たい物を選び始めたみたいだから、私は尻尾通し穴有りのジーンズを穿いちゃお……。おぉ、ぴったり。尻尾もちゃんと通るから今度は何の心配も無く着てられる。折角だし、このまま着てようか。
「あ、あれ? イエイヌー、これどうやって着るッスかー?」
「うん? あ、今教えますー」
「へぇー毛皮がこんな風に剥がせる……違うか、脱げるなんてねー」
「本当ね……ってあんた!? そ、その毛皮の下……!」
「うん? ……おぉぉ!? なんじゃこりゃぁ!?」
驚いてる二匹の声に釣られてそっちを見ると……な、アムールさんの体に傷跡がいっぱい!?
「どうしたんですかアムールさん、その傷跡!?」
「あたしにもさっぱり……いや待てよ? これとかこれとかひょっとして……」
「な、なんか心当たりあるんスか!? アムール姉さん?!」
「うーん、多分だけどこれ、古傷だーねぇ。崖から落ちたりセルリアンと戦って切られたり突かれたり、みたいな?」
「みたいなって……あんたそんなの一度も無いんじゃ?」
「そーでもないよ? タカと知り合ったのだって結構強くなった後だからねー。あたしにだって無茶して怪我してた頃くらいあるってばさ」
そ、そうかもしれないけど、お腹や脇腹辺りにも傷跡あるし、背中のが一番大きいよ……。
私が心配してるのに気付いてか、アムールさんは優しく頭を撫でてくれる。今はもう痛くもないから平気、か。アムールさんのしてきた旅……楽しい事ばかりじゃないとは思ってたけど、私の思ってる以上に壮絶だったのかな……。
「そーんな深刻そうな顔、皆しないでよぅ。 まぁ、大変な事もいっぱいあったけどさ、お陰で今はちょっとはフレンズや皆の事、守れるくらいにはなったんだしね」
「……あんたに敵わない理由、ちょっとだけ分かった気がするわ」
「もー暗い暗ーい。タカなんかそんな綺麗な体してるんだし、寧ろそれは大事にしときなよぅ?」
「ひゃあ!? ち、ちょっと! 急に撫でるんじゃないわよ!」
「いーじゃん減るもんじゃないしー」
「……ナント言ウカ、凄イフレンズダネ、アムールトラ……」
「はい……今までも十分凄いと思ってましたけど、改めて凄いです」
「ハンターにもあんな大怪我した事あるフレンズ居ないッスよ……アムール姉さん、一体どんな旅してきたんスか?」
「話すと長くなるぜー? ま、気が向いたら今度話したげるよ」
アムールさんの旅の話か……正直凄い気になる。けど今はとりあえず服着て下さい。裸でタカさんとじゃれあってるのは目のやり場に困るし、引かない気がするけど風邪なんか引いちゃったら問題だし。
さてさて、途中ビックリはあったけど皆の着替えが終わりました。ビーバーさんは黒のシャツにジーンズ布地のオーバーオール。ショートパンツ型だから控えめに言っても可愛い。
「な、なんか毛皮を変えるのってちょっと恥ずかしいッス……」
「いやいや、似合ってますよビーバーさん」
「うんうん良いねぇ。あたしもいつもの毛皮より緩くていいわーこれ」
アムールさんが着てるの、大きめのパーカーにジャージだからね……いつものアムールさんの毛皮は結構学生服みたいなイメージだから、ゆとりのある服の方が寛げるのかも? スタイルの暴力でそれでも似合うのがアムールさんの狡いところかな。
「緩いのはいいんだけど……確かにこれ、少し恥ずかしいわね。いつもの毛皮に戻ろうかしら……」
「えー? いいじゃんタカー。いつものカッチリした毛皮よりふわっとした感じで良いと思うけどー?」
「そうですよ、綺麗ですよタカさん」
「気持ちいつもより優しいお姉さんに見えるッス!」
「ふふふ、ビーバー? それは私が普段は優しそうに見えないって事かしら?」
「えっ!? い、いや、そんな事は無いッスよ!? ほんとッスよ!?」
タカさんの笑顔が怖い。迂闊な事は言えないねー……にしても、こっちはアムールさん以上のスタイルの良さの暴力です。カーディガンにロングスカートなんて、ビーバーさんよろしく綺麗で優しいお姉さんにしか見えません。って言うか、ここまで来ると私のジーパン白衣が凄く浮いて見える……せめて白衣脱ごうか? と思って脱ごうとしたら予想外にガードさんから脱いじゃうの? って残念そうな声を掛けられて止めました。私に白衣は似合わないと思うんだけどなー?
「イヤー、人ト遜色無イフレンズノ姿ダカラカ、皆似合ウヨー。ビルダーガ見タラ感激スルダロウナー。ア、ソウダ、写真撮ッテLBN経由デ送レバイッカ。チョットソコニ並ンデ貰エルー?」
「どったのガード、急に?」
「イイカライイカラ、チョットダケダヨー」
写真を撮るって言うのがどういう事かは分かるけど、それにはカメラって道具が必要じゃ? ……ん? カメラ?
今何か自分でカメラの事を思い出して引っ掛かったような……なんだろ? なんだか身近にカメラがあったような気がする。うーん?
なんて悩んでる間に皆がガードさんに促されて並んでた。とりあえず私も並ぼう。で、並んで待ってるとガードさんのお腹の辺りにある丸いガラスの所が数回光った。あれ、まさかあそこカメラになってるの?
「ヨシ、バッチリ! コレヲLBNニアップット」
「あの、ガードさん。さっきも言ってたLBNって何なんですか?」
「ン? アァ、LBNハ『ラッキービーストネットワーク』ノ略ダヨー。外部ノインターネットガ接続不可ニナッチャッテ、ドウニカラッキービースト間ノ通信システムラインデ疑似ネットワークヲ構築シタモノッテ所カナー?」
ひょっとして通信デバイスを持ってるかって聞かれたんで持ってるって答えると、これもそのLBNを介して通信やデータのやり取りをしてる物だったそうです。ラッキービーストさん一匹一匹が中継器みたいな物だから、このエリア内では基本何処でも通信出来るんだって。ラッキービーストさんの高性能さが如何無く発揮されてる……ほ、本来のラッキービーストさんって、パークのマスコットキャラクターに多少パークの管理の補助が出来るよう設計された物だって私は聞いてたんだけどなー……これもコードホルダーさん達が必要だから発展させてきた技術、なのかなぁ?
「ア、デバイスヲ持ッテルナラ僕トノ通信ラインモ開イテオクネ―。チョット出シテテ貰エル?」
「あ、はい」
デバイスを出してガードさんに向けておくと、またガードさんのお腹、いや胸? にあるガラス部分が点滅するように光ってる。あ、通信の項目が開いたと思ったらガードさんのアイコンが増えてる。
「ヨシ、バッチリ!」
「んー……とりあえずさ、ガードがなんかすると光ってるそれ、何? なんか飾りだと思ってたんだけど?」
「ア、コレ? コレガ僕達ノ本体ダヨー。コレノ名前ハコアユニット、コレニ僕達ガ考エタリスル為ノアレコレガ全部詰マッテルンダー」
「え、えぇ!? じゃあ、そっちの体は!?」
「コッチハボディユニット。僕達ガ動イテ何カスル為ノボディ、体ダヨ。考エ方トシテハ、コアガ頭デボディハ手足ダネー」
そ、そうだったんだ……聞いてたビーバーさんがセルリアンみたいッス! って言ってるけど、原理はまさにセルリアンだね。……あれ? まさか、それって?
「あのーバイクさん、今の話って……そのままセルリアンにも当て嵌まったりします?」
バイクさんは個室を借りても仕方ないかと思ってリフレッシュルームにそのまま居てもらったんだよね。で、さっきの問い掛けの答えは、肯定。つまりセルリアンのあの石はセルリアンのコアなんだ……それは、割られたら崩壊しちゃう訳だ。
「なんかイマイチ細かいとこは分かんないけど、ラッキービーストはセルリアンと同じようにそこの丸いのを割られたらその、死んじゃう……って事?」
「ソウダネ……マァ、強化ガラスデ出来テルカラソウ簡単ニハ割レナイケドネ。逆ニボディガ壊レテモコアガ無事ナラ話シタリクライハ出来ルシ、別ノボディニ接続出来レバマタ動ケルヨー」
「……イエイヌちゃん、これまた私達とんでもない事知っちゃった事になるんじゃないかしら?」
「あまり話して広めちゃいけない事だって言うのは間違いないですね……」
「あたしも聞いちゃったんスけど……これはここの事を知らないフレンズに話しても信じてもらえないッスね」
最初は混乱しっ放しだったビーバーさんもようやく落ち着いて、ここはこういう、パーク内でも特殊な場所なんだって飲み込めてきた感じかな。ある意味、ここはパークから切り離された完全な人、人間の領域って事になるもんね。
「はぁぁ……パークにこんな場所やラッキービーストにそんな秘密があったなんて、考えた事も無かったッスよ」
「ここに来なかったり見たりしなきゃ、私達だって考えもしなかったでしょうね」
「全くねぇ……イエイヌと一緒に居ると退屈だけは感じないでしょ、これからも」
「あははは……どうやってもパークで何が起こったかを調べようとすると、こういう所とは縁が出来ちゃうかもですね」
今の所、何か調べるなら一番の手掛かりはコードホルダーさんに会う事だしね。コードホルダーさんの話を繋ぎ合わせて、自分達の見たり聞いたりした事と結び付けていく。しばらくはそれの繰り返しかなぁ。
さて、結局皆着替えちゃったし、折角だからいつものは洗濯しようかってガードさんが言ってくれたからお任せしてみる事にした。私のは部屋にあるから、後で回収して一緒に洗ってくれるみたいです。
となると、今日はこのままの服装で過ごす事になるんだよね。まぁ、他のフレンズに会う事はまず無いからいっか。あぁ、皆からの洗濯って何? って質問にはもう答えたよ。
「毛皮だけ洗うって、なーんか違和感あるッスね」
「まぁ、普通ならしない事ですしね」
「こっちの服って言うのだと、水浴びする時また脱がないとだねー。そういやイエイヌはあたしが行った時って水浴びしてたんだっけ?」
「そうですね。水じゃなくて浴びてたのお湯ですけど」
「それって、温かい水を浴びれるって事? ……どうやって温めてるの?」
「オ湯ヲ沸カス機械ガアルンダヨー。気持チ良イダロウカラ、後デ試シテミルトイイヨー」
温度調節の方法なんかは皆がシャワー浴びる時にでも教えてあげればいっか。と思って、シャワーを浴びる時は言って下さいって言っておいた。熱湯浴びて火傷なんて冗談じゃ済まないもんねぇ……。と、ターミナルで過ごすとは決めたけど、これからどうしようか? 一応このターミナルで地下の何を調べてたのかとかは聞いておきたいけど……。あ、ビーバーさんのお腹が鳴った。これは、先にご飯かな。
「アー、モウオ昼ダカラネー。ジャパリマンデモ持ッテコヨウカ」
「ジャパリまん、ここにもあるの?」
「一応備蓄ハアルヨー。マァ、ドッチカト言ウト保存食扱イダケド」
「……ひょっとして、食事をする所とか作る所があったりします? それなら私、何か作りますけど」
「エ!? イエイヌ、料理出来ルノ!?」
「はい。と言っても、簡単な物って事にはなっちゃいますけど」
保存食はどうせなら保存食のままにしておいた方がいいだろうしね、料理する場所と食材があるならそっちを使った方が食材としてもいいでしょ。って事でガードさんに案内されて、どうやら食堂らしい所に着きました。うんうん、奥には調理場もあるね。どっちも綺麗に掃除されてるし手入れもされてるみたいだよ。
「冷蔵庫の中も……うん、大丈夫そう。それじゃあ作って持って行きますんで、アムールさん達は待ってて下さいね」
「おいっすー、了かーい」
「えっと……何が始まるッスか?」
「ふっふっふ、ビーバー喜べ、ジャパリまん以外の食べ物が食べれるんだぞぅ! この前のサンドイッチは美味しかった……今度は何が出て来るのかなー」
アムールさんが凄い期待してくれてるのは十分に伝わってきたよ……。んー、何を作ろう? あ、タカさんは私が作ってる所を見てていいかって聞かれたんで見ててもらう事にしてます。そうだなぁ……牛乳、ある。野菜、ある。肉類、無し。各種味付けが出来る物、ある。魚、まさかのある。何処で獲ってるんだろ……養殖? 施設の充実具合から考えても、その可能性はあるよね。そうだなぁ……よし、魚介のシチューにしようか。少し手間は掛かるけど作れるし、やってみよう。
にしても、ミックスシーフードの状態にして袋にまで詰められてるって……使い易いからいいけど、加工所ってどんな設備なんだろ? 凄い本格的な設備になってそうな……近くに行く事があったら立ち寄ってみたいかもだね。ジャパリまん作ってるところも見てみたいし。
冷凍されてるミックスシーフードは解凍してさっとバターで炒めて、味を整えて鍋へ。魚の切り身はソテーして後で上に乗せるようにしようか。ふふ、こうして本格的に料理してると、教えて貰ってる時の事を思い出すなぁ。料理好きな人が居て、凄く丁寧に色々な料理教えてくれたんだよね。
野菜は一口大に切って鍋へ入れて、後は水を入れて具材が柔らかくなるまで煮込まないとだね。
「なるほど……前のサンドイッチとは全然違う事をしてるのね」
「サンドイッチは殆ど具材を決めてパンで挟むだけですからね。今作ってるのはシチューって言って、これから暫くは鍋の中の具材が柔らかくなるまで煮る事になるんで、サンドイッチよりは時間は掛かっちゃいますね」
「煮る、ね。葉っぱを切ったりそっちの……フライパン、だったかしら? それで焼いたり、料理って大変よね」
「大変ですけど、その分食べてくれる誰かが美味しいって言ってくれると凄く嬉しくなりますよ。頑張って良かったなって思えますし」
「頑張って良かった、ね。誰かの為に何かをして、自分が満足出来る……難しいわね」
コトコトと音を立てる鍋を見ながら、ふとタカさんの方を見たら丁度溜め息を吐いてるところでした。心なしか元気も無さそう、かな? どうかしたのかな?
「ねぇ、イエイヌちゃん……私って、あなたの旅について行ってもいいのかしら?」
「え? どうしたんですかタカさん?」
「色々やってる時は楽しかったり興味があったりで気にしなかったんだけど、この場所やラボって、本当はフレンズが立ち寄っちゃいけない場所でしょ? 建物自体にフレンズを避けるような仕掛けがされてるし。そこに今自分が居るのが悪い事をしてるような気がしてね……」
それを言ったら、私なんか人が居なくなったパークに居ていいフレンズなのか怪しいんだけどね……。お鍋の煮込みはまだ時間が掛かるし、少しゆっくりタカさんとお話しようか。思えば、タカさんとゆっくり話すなんて時間、今まで無かったもんね。
「……きっと、タカさんの思ってる通りだと思います。ここにフレンズが居るのは不自然な事で、そこの事を幾らかでも知ってる私は、人が居なくなったこのパークでは異質なフレンズなんだと思います」
「え? ち、違うの! そんなつもりで私は言った訳じゃ」
「あ、ごめんなさい、変に意味深に言っちゃいましたね。別にその事は私、そんなに気にしてないんです。今は私はそういう事を知ってる、教えて貰った事を覚えてるフレンズなんだって事で納得してるんで」
それでもまだ、私の知識を他のフレンズさんに教えていいのかには疑問も残ってるけどね。それでも、自分の事については言った通り納得してるつもり。それ以外の何かには、どう頑張ってもなれないしね。
「……こうしてセキュリティターミナルやラボに居る事が悪い事なら、罰を受けるのは私だけな筈です。アムールさんもタカさんも、私の我が儘に付き合ってくれてるだけなんですから」
「イエイヌちゃん……」
「パークに何があったかも、人に何が起こってパークを去ったのかも、調べたいのは私なんです。それが咎められるなら、責められるのは私。タカさんもアムールさんもビーバーさんも、責任を感じる事は……」
そこまで言って、隣に居たタカさんの腕の中に私は居た。……温かいな。
「……そんな事、言わないで。お願い」
私を抱き締めてるタカさん、震えてる? ……ちょっと、語り過ぎたかな?
「ごめんなさい……私、少し怖くなったの。イエイヌちゃんと一緒に旅をして、まだそんなに経ってない筈なのに今まで暮らしていた筈のジャパリパークが、全く違う物のように感じ始めてしまって」
パークの過去、セルリアンの大量発生、今は何処にも居ない人、そして人の痕跡が多く残る施設の存在……タカさんが、うぅん、今パークで暮らしてるフレンズ全てが知らないパークの日の当たらなかった部分を垣間見てるんだもん。私以上に今までとは違う物を突き付けられて、怖くない筈が無い。不安や疑問を感じない訳は無い。その辺り、私は少し考えなさ過ぎたのかもしれない。自分の事でいっぱいいっぱいだったのを加味しても、ね。
落ち着いたのか、タカさんは私を抱くのを止めて、調理台にもたれ掛かる。私も同じようにもたれ掛かると、またタカさんの口が動き始めた。
「ダメね、私……軽い気持ちでイエイヌちゃんやアムールトラについて行くって言ったけど、色々知り始めると怖くなるなんて」
「正直なところを言うと、私も少し怖いです。パークで何が起こって、それを調べて知った先にどんな真実が待ってるか……私はただ、どうして飼育員さんが私を迎えに来てくれないか、来れなくなったのかを知りたかっただけな筈なんですけどね」
「シイクイン……確かイエイヌちゃんの大切なフレンズ、じゃなくて人……だったわね」
「はい……もし、もし人に何かがあって、それに飼育員さんも巻き込まれていたとしたら、なんて考えちゃうと、どうしても不安にはなっちゃうんですよね」
考えないようにしていたそれを口にすると、身震いがした。パークの閉園、並びに従業員全員のパークからの退避なんて、よっぽどの事情が無いと起こらない筈。そう、そういう事情が発生したと考えるのが自然なんだ。従業員の一人だった飼育員さんがそれに巻き込まれてないなんて、楽観視にも程がある。それは分かってる。けど、何が起こったのかは定かじゃない。そう、自分に言い訳をしてきっとと多分で不安に蓋をする。それが、今の私。不安に押し潰されないように、最悪の可能性を見ないようにしている、弱いフレンズ。
「きっと、私だけで詰所を飛び出してたら私は何処にも辿り着けないままにセルリアンに襲われて、何も知らない一匹の普通の犬になって終わってたんだと思います。大切な誰かの事も忘れて」
「そんな事無い……とも、言えないわね」
鉄パイプを持ってようやくマシになるだけなのが私だもんね。セルリアンについてもアムールさんと一緒に対応出来たからやっつけられただけだし。
「……なんか、話してる内にどんどん私、情けなくなってきましたよ。本当、一匹じゃなんにも出来ないフレンズですから、私」
「そんな事は無いでしょ? 今だって私達に料理を作ってくれてるんだし」
「それは、日頃のお礼というかなんと言うか……」
「お礼ねぇ……色々教えてもらって、お礼をしなきゃならないのはこっちな気がするけど」
「まさかですよ。まともにセルリアンとも戦えない、独りじゃ夜も眠れない私がこうして此処に居るのはアムールさんと、タカさんが傍に居てくれたからですから。お礼をするのは、やっぱり私ですよ」
「……ふふっ、やっぱりイエイヌちゃんは、少し真面目過ぎるわね。良い子だけど、そんなところもちょっと心配なところかしら」
……よかった、タカさん笑ってくれた。まぁ、私の情けな話で元気になられると少し複雑な心境ではあるけど、それでも笑ってくれたならそれはそれでよしって事にしておこうか。
「それに、一つ訂正したいところがあるわね」
「え? 訂正、ですか?」
「えぇ。イエイヌちゃん、あなたは……何も出来なくなんかない。誰かの為に何かをしようと思えるあなたが、何も出来ないフレンズな筈が無いもの。今元気付けられた私が、その証拠よ。ありがとう」
そ、そう言われると少し照れちゃうな。大した事が出来たつもりは無いけど、タカさんがちょっとでも元気になってくれたなら、私も嬉しいよ。
「ところで……シチュー、だったわよね? それって、まだ掛かりそう?」
「あ、忘れてた。えっと……大丈夫そうですね。後は牛乳を入れたりして仕上げをしなきゃです」
「それじゃあ、それもしっかり教えてもらうとしようかしらね」
これは、遠巻きだけどもう怖がらないから新しい事を教えてほしい、って事かな。うん、それなら少ししっかりめに教えようか。タカさんが新しい事に怖がらずに触れようと思ってくれる事は、きっと、とても素敵な事だから。まぁ、あまり危なくない事ならって前提は付いちゃうけどね。
それじゃあシチューも仕上げちゃおうか。水気を取ったりして用意しておいた切り身をソテーして用意。シチューはクリームシチューにしたけど、そろそろ大丈夫そうかな。味見は……折角だからタカさんにしてもらう。
「とりあえず失敗はしてないと思うんで、タカさん味見してみてもらえますか?」
「え、いいの?」
「ずっと見てて貰っちゃっただけになっちゃいましたしね、これくらいやってもらってもいいかなと思いまして」
そう言いながら小皿に少しだけシチューを掬い入れて渡す。熱いのは分かってるだろうけど、一応少し冷ましてから味見して下さいとは伝えたよ。
で、結果は……言葉は要らないね。口を押さえて嬉しそうにしてるって事は美味しかったんでしょう。よし、それなら後は頭数の分を深めのお皿に盛って……ソテーを乗せて完成。切り身はシャケだから、魚介のクリームシチューシャケのソテー添えってところかな? ソテーはほぐしてシチューに混ぜても良し、そのまま食べながらシチューを味わっても良し。折角だから彩りにパセリも散らそうかな。うん、我ながらなかなかの出来。
「こ、これは……! 凄いのが出来たわね」
「久々に頑張らせてもらいました。タカさん、すいませんけど運ぶの手伝って貰えますか?」
「勿論。っと、これは?」
「あ、それはスプーンって言います。シチューはまだ熱いままだから、それで掬って食べないと火傷しかねないですからね」
「へぇー、考えられてるのねぇ。それじゃあこれも一緒に持って行くわね」
「すいません、それじゃあお願いします」
食堂のアムールさん達が居る方の席にシチューを持って行くと……おぉう、アムールさんとビーバーさんが机に突っ伏してる。というか蕩けてる。あー、シチューの出来上がっていく香りに中てられてこうなってるみたい。
「拷問ッス……これは拷問ッスよ……お腹空いてる時にこんな良い匂いの中でひたすら待たされるなんて……!」
「もう本当、もうちょいイエイヌ達が来るの遅かったら作ってるところに突撃するとこだったよ……」
「あ、あははは……ちょっと本格的な物作ろうと思ったら時間掛かっちゃって。すいません」
「時間は掛かった分味は私が保証してあげるから、そろそろ体起こしなさいよ」
「……その口ぶり、タカ、お主……先に食べたなぁ?」
「味見だけよ。今から皆で食べるんだし、それくらいいいでしょ?」
うわー、アムールさんが分かり易く抗議の視線を私に送ってる。こ、今度何か作る時はアムールさんに味見してもらうって事で納得してくれました。まぁ、ビーバーさんも立候補してくるのはちょっと意外だったかな。
「オー、シチューダ。 コンナニ本格的ナノ、製造サレテ初メテ見タヨー! イエイヌ凄イネ」
「ガードさんには食べて貰えないのが、少し残念ですけどね」
うわ、ガードさんがそうだった……って言って物凄い俯いてる。せめてもだって言って、どうやらシチューの写真を撮ってるみたい。これ見せて喜ぶ他のラッキービーストさんって居るのかな? あー、驚くラッキービーストさんなら居そうかな?
とにかくガードさんの撮影も終わったみたいだし、食べようか。というか、ビーバーさんとアムールさんの催促の視線が凄い刺さってくる。えっと、スプーンの使い方だけ教えて、と。皆揃って頂きますだね。
う、うわぁ……一口食べたと思ったらアムールさんもビーバーさんも一瞬止まって、そうかと思ったら凄い勢いで食べ始めた。物凄い食い付きだよ。
「な、なんッスかこれ!? こんな美味しい物食べた事無いッス!」
「よ、喜んでくれたなら良かったです、はい……」
「あ、あんた達ね、もう少し落ち着いて食べなさいよ」
「お替わりー!」
「早い!?」
何も言わずに完食したアムールさんのお皿を受け取って、お替わりを鍋に取りに行く。張り切って少し作り過ぎたかなーと思ったけど、これなら心配要らないかなぁ……。
都合、お皿八杯分くらいあったシチューは完食、これは不味いと思って出したロールパン八個も綺麗に無くなりました。……主にアムールさんとビーバーさんのお腹の中に。私もタカさんも一杯で満足しちゃったから、ビーバーさんとアムールさんで六杯、それぞれ三杯ずつを消費した事になります。パンも同じ数ね……。
「うふぃー、ちょっと食べ過ぎたー」
「あたしもッスー」
「私やイエイヌちゃんの倍以上を平らげたあんた達に私は驚きを隠せないわ……」
「ま、まぁ、残らず食べてくれたのは嬉しいですよ。ビックリしたけど……」
「マタ見事ナ食ベップリダッタネェ……」
これは、何かするのは食休みしてからだね。というか、お昼にこんなに食べて良かったのかなぁ? そして晩ご飯にもそれなりの量が要りそうだし、何か献立を考えておこうか。
さてさて、献立もそうだけど、ガードさんに聞く事も考えなきゃだね。その為にターミナルに泊まる事にしたのに、着替えて寛いでご飯食べてだけじゃ何しに来たのって話になっちゃうもん。お鍋とか洗いながら、少し考えるとしようか。
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