地下施設、狩人、随想

 デバイスの表示を追うと、そろそろセキュリティターミナルが見えてもおかしくない。けど見えないって事は、またホロプロジェクターで包まれてるのかな?


「どうよイエイヌ。大分近くまでは来た感じ?」

「そうな筈です。けど、あのぞわぞわも感じないですよね……」


 正直セキュリティターミナルの位置と現在地の表示はどんどん近付いてるのに、低周波パルスを感じないのに違和感を感じてる。それに、幾らホロプロジェクターを使ってるって言っても、周囲にあるのはほぼ石だけの平地。隠すにも限界があると思うんだけどな。

 なんて思ってる内に……あれ、表記が重なっちゃった。バイクさんに止まるよう言うと、排気口を鳴らして止まってくれた。タカさんやアムールさんに端末を見せて確認しても、私の目の錯覚なんかじゃなくこの位置を指し示してる。どういう事?


「うーん……イエイヌちゃんには申し訳ないけど、何も無いわよね。ちょっと上から見てみる?」

「あっ、はい。お願いします」


 うーん……とは言ったものの、上から見て何か変わるところがこの辺にはあるように思えない。バイクさんもキョロキョロするように前輪の方を動かしてるけど、目で見るんなら私達と変わらない筈。うーん……どういう事? プロフェッサーさんに確認出来ればいいんだけど……って忘れてた、こういう時こそ通信だよ。

 通信アイコンを押してみると、プロフェッサーさんの姿をしたアイコンが出て来た。モノクルが付いてるから分かり易いね。これを押せばプロフェッサーさんと話が出来る筈かな。

 押してみると呼び出し中になったから少しだけ待つ。あ、繋がった。折角だし通信がどんな感じなのかアムールさんにも知ってもらう為に音量を上げよう。


『通信受信ダヨ。ドウヤラ、無事ニ使エテルミタイダネ、イエイヌ』

「うわ!? プロフェッサーの声がする!? ど、何処!? って、イエイヌのそれから聞こえるのかな……?」

「そうですそうです。あ、プロフェッサーさん、急に通信送ってごめんなさい。デバイスの表示ではターミナルに着いた事になってるんですけど、建物なんて無くてどういう事か確認したくて」

『ン? 随分早イネ? 想定デハ一泊スル事ニナルカ暗クナリ掛ケニナルト思ッテタヨ』


 あそっか、プロフェッサーさんにバイクさんの事通信で言っておけば良かったね。歩くよりずっと速く移動出来たから、プロフェッサーさんの予想より早く着いたんだろうな。


『マァ、少シ意地悪ダッタカモシレナイケド、コウシテ通信ヲシテクレルヨウニチョットダケ隠シテタ事ガアルンダヨ』

「隠してた事? 何さそれ?」

『セキュリティターミナルハ確カニ其処ニアルヨ。タダシ……ソノ下ニネ」

「この下って……いやいや地面だけど?」


 地面の下……そうか、地下! セキュリティターミナルは地下施設なんだ! それなら地上を探しても見つからない訳だよね。もぉ、幾ら通信を試させたかったとはいえ、プロフェッサーさんも意地悪だなぁ。

 で……下って聞いたアムールさんが爪を光らせて掘り始めようとするのはなんとかすぐに止めたよ。多分掘っても外殻に当たるだろうし、正直どれくらい時間が掛かるか分かったものじゃないだろうしね。


『セキュリティターミナルハエリア全体ノ警護設備デアルト同時ニ、エリアノ地下ヲ観測スル観測所モ兼ネテルンダ。サンドスターノ噴出、ソレニ地震ヘノ備エニモ必要ダッタソウダヨ』


 そうだってちょっと曖昧な表現なのは、プロフェッサーさんのコードで分かるのがその辺りまでだからなんだって。詳しい事を聞きたかったらターミナルの現管理者、コード:ガーディアンさんに会うしかない、と。そういう事みたいだよ。


『僕達コードホルダーモ完全ナ管理者トハ言エナイカラネ。各施設ニツイテハ、ソコノコードホルダーヤ同胞ニ任セチャッテルンダヨネ』

「へぇー……」

「んまぁそのせきゅりてぃ? たーみなる? の事はそこのプロフェッサーみたいなラッキービーストに聞けって事でしょ? それなら結局行くしかないって事ね!」

「いやアムールさん、ですから掘っていくのは無茶ですよぉ……」

「えー?」


 なんで不満そうなんだろう……掘りたいのかな? いやそうだった場合何でなのかが凄い疑問だけど。


『ターミナルヘハ専用ノエレベーターデ行ケルヨ。位置情報ヲ送ルカラ、通信後ニ確認シテミテネ』

「はい、分かりました」

「って事はまーた移動って訳ね。もー、面倒な事するなぁ」

『エヘヘ、ゴメンネ?』

「ふんだ、いいもんねー。そんな意地悪するなら、戻った時にとんでもなく驚くお土産持って行ってやるから。ねーイエイヌ」

「あ、あははは……そう、ですね」


 暗にバイクさんの事は言うなって釘を刺された……アムールさんが言った驚くお土産って、間違い無くバイクさんの事だろうなぁ。いやまぁ絶対驚かす自信はあるけど。

 楽しみにしてるよーって言って、通信は終了。なんだかプロフェッサーさんも嬉しそうだったけど、意外と一匹で寂しかったとかなのかな? まぁ、帰ったらまた色々聞きたいし、ゆっくりお話しようかな。

 言われた通りにデバイスのマップを確認すると、ターミナルとは違う所に印が出来てました。多分、山の麓の辺りかな? バイクさんに乗せて貰えば暗くなる前に着けるかな。


「なるほど、次はそこね。んじゃタカ呼んで出発しよっか」

「そうですね。あまり遅くなると暗くなっちゃいそうですし」

「だーねぇ。そんじゃっと……居た居た。おーいタカ―! ちょっと降りて来てー!」


 アムールさんが大きい声で呼んだ方を向くと、双眼鏡を握りながら降りて来るタカさんの姿が見えた。うん、上手く使ってくれてるみたいだね。


「どうしたの? 何か見つかった?」

「見つかったというより、次に行く所をプロフェッサーさんに教わったんです」

「えっ、プロフェッサーに? どうやって?」

「いやー凄かったよー。どういう事なのかまだよく分かんないけど、イエイヌが持ってる奴からプロフェッサーの声すんの! つうしん? とか言うので話せるんだってさ」

「……イエイヌちゃん、その話、詳しく」

「わぅ!? は、はい」


 あ、これは自分が居ない間になんか凄い事があったって言うのでちょっとタカさんがむくれちゃったみたい。戻ってきてもらってからすれば良かったかな。まぁ、元々するつもりだったし、次のターミナルのエレベーターまで向かう移動中に教えちゃおっかな。

 って事でまたバイクさんに揺られながら移動です。方向さえちゃんと教えれば後はそっちに向かってくれるから凄く助かるなぁ。足元に集中しなくていいし、何かしてても転ぶ心配も無いし。私のサンドスターを使った荒業だって事を除けば移動手段として凄く助かるね、バイクさん。

 因みにタカさんやアムールさんは説明したデバイスの通信機能を試してます。プロフェッサーさんも説明手伝ってくれたから助かったよ。


『……トマァ、コンナ感ジデ今君ガ持ッテルデバイスヲキチント使エバ、僕ヤ同ジデバイスヲ持ッテル相手トナラ話ガ出来ル訳ダヨ、タカ』

「へぇー、凄いじゃない! これ、私達の分は無いの? プロフェッサー」

『渡シテモ使エソウダシ、多分必要ニナル事モアルダロウカラ、君達ガ帰ッテクルマデニ用意シテオクヨ』

「やりぃ! 離れてても話が出来るなら、万が一はぐれたりしても話して集まれるもんね」

「そういう時には凄く助かりますね。まぁ、そうなると……」

「私も二匹みたいな物を入れておける物が欲しいわねー。プロフェッサー、そういう物は無いの?」

『アクマデラボハ調ベルノガ主ダカラナァ……一応良イ物ガ無イカ確認シテミルケド、出来レバソッチデモ探シテミテ貰エルカイ?』

「まぁ、全部が全部頼り切りも気が引けるし……分かったわ。イエイヌちゃんも、協力してくれる?」

「はい、勿論です!」

「なんだよぅタカー? あたしを頼ってもいいんだぞぅ?」

「言わなくても率先して手助けする奴には、お世話になった後できちんと感謝してあげるわよ」


 ふふっ、タカさんがアムールさんの事をよく理解してるからの会話だね。なんだかちょっと羨ましいなぁ。っと、通信が終わってタカさんからデバイスが返ってきたから、ポーチの中に入れておかないとだね。

 にしても天気良いなぁ……バイクさんの振動も程よく気持ち良くて眠くなってきちゃう。いやまぁこんな状況じゃ眠れないけどさ。


「お? イエイヌ眠いのかい? あたしの膝なら枕にしたげてもいいよ?」

「いや流石にバイクから落ちるでしょ? けど眠くなるのも分かるわねー。良い天気だわ」

「ですよねー……あぁ、流石に眠ったりしないから大丈夫ですよ」


 セルリアンも出ないし、のんびり出来るのは良い事だよねー。で、なんでそんなにアムールさんは膝枕を断られて不満そうなのかを聞いてみたい気もするけど、ただのお節介焼きなだけだから気にしなくていいわよーってタカさんに言われました。


「なんだよー、タカだって寝た事ある癖にー」

「うっ……そ、それはその、そうだけど……」

「え、そうなんですか?」

「ち、違うのよイエイヌちゃん! 頼んでやってもらったとかではないの! なんと言うか……アムールトラのここ空いてますよアピールって妙に惹かれるというか……」

「んーでもイエイヌには効かなかったもんなー。だからこっちから抱っこしに行ったんだよね」

「あぁ、あのレストハウスの。いやだって、ち、ちょっと恥ずかしいなーって思って」

「えー? 同じフレンズなんだしぃ、恥ずかしがる事なんて無いのにー」


 あはは……このアムールさんのオープンな優しさは他のフレンズさんにも慕われるんだろうなーって想像出来るね。私が最初トラだって分かっても、そこまで怖がらなかったのはアムールさんからこういう雰囲気が自然と出てたからなんだろうなー。

 ん? なんだろ、バイクさんの排気口が鳴った。山は見えて来てるけど……目的地には遠い筈なんだけどな?


「どしたのバイク―? なんか見つけた?」

「……ん? あれって」


 言いながらタカさんが双眼鏡を覗いてる。まさかセルリアン? と思ったけど……見渡す限り自然で、セルリアンみたいに風景から浮いた物は見えないかな?


「……バイク、あんたよく見えたわね!? アムールトラとイエイヌちゃんはしっかりバイクに掴まる!」

「え、ど、どうしたんですか?」

「なんかよく分からないけど、その先でフレンズが一匹倒れてるわ!」

「なんと!?」


 慌てて私はバイクさんのハンドルを掴んで、その私にアムールさん、タカさんとそれぞれ掴まったのを確認して、バイクさんにスピードを上げてもらった。うっ、横向きにハンドル握るのちょっと辛い……。私だけでも跨って乗ってた方が、こういう時はいいかもしれない……。

 タカさんの示す方にバイクさんが走る。あ、見つけた! 確かに、誰か倒れてる!

 バイクさんに傍まで寄せてもらうと、姿もはっきりと分かった。全身が濃い茶色の毛皮のフレンズさん、だね。なんて動物かは分からないけど、とりあえず今は状態を確認しないと。教わってて良かった人命救助法! 元々は飼育員さんや従業員さんがやってたのを見せて貰ってただけなんだけど、出来て損は無いだろうからってちゃんと教えてもらったんだよね。

 とりあえずざっと見で外傷は無し。俯せに倒れてるからお腹の方がどうなってるか分からないか……あまり動かしたくないけど、仰向けになってもらおうか。


「アムールさん少し手伝って下さい。このフレンズさんを仰向けに寝かせたいんです」

「合点!」

「ただしそっと、ね? イエイヌちゃん」


 タカさんが私の言いたい事を先回りで察してくれて助かるなぁ。よし、上手くアムールさんも肩の辺りを持って仰向けにしてくれた。こっちも外傷無し、顔色も悪くないかな? 自発呼吸有り、脈も……大丈夫そう。え、なんで倒れてたのこのフレンズさん?


「イエイヌの手際が良過ぎて口も挟めない……」

「わ、私達は下手な事しないで、ここはイエイヌちゃんの指示に従いましょうか」

「とりあえず見た所は異常が無いですね。呼吸もあるし、脈にも異常ありませんし」

「……ぅ、うー……」


 あ、声が出た。これで意識もある事が確認出来た。いや、本当になんで倒れてたんだろうこのフレンズさん。と、とりあえず呼び掛ければ反応してくれるかな?


「あのー、大丈夫ですか? 何処か痛いところとかありますか?」

「……ぉ」

「お? なんか言おうとしてるっぽい?」

「ぉ、お腹……」

「お腹? 見た限りは変なところは無いみたいだけど……」

「お腹、空いたッス……」


 ……一瞬、時間が止まったようになったと思ったら、風だけが静かな音と共に吹き去っていきました。お腹空いたって、それで倒れてたって事? と思ってたらフレンズさんのお腹の虫が鳴く音が聞こえてきた。あ、本当にお腹空いてるだけなんだこれ。


「……さぁ、先を急ごっか」

「そうね。ほらイエイヌちゃん、行くわよー」

「あーえっと、はーい?」

「あー! ちょっと待って欲しいッス! 見捨てるんスか!? 何も無い平たいだけのとこに倒れてるいたいけなフレンズをー!?」


 あ、フレンズさん割と元気だったみたい。お腹空き過ぎてしょんぼりついでに横になってたって言うのが正解かなぁ?

 で、一番傍に居た私の手が捕まりました。うーん、払えるには払えるけど、可哀そうだしなぁ……。視線でどうするかアムールさん達に促すと、溜め息交じりに戻ってきてくれたよ。

 とりあえず私が持ってたジャパリまんを渡すと、目を輝かせて凄い勢いで食べ始めた。お腹空いてただけならこれで解決……とは行かないかなぁやっぱり。


「助かったッスー! いやー三日くらい何にも食べてなくて動けなかったんスよー」

「まぁ、そんだけ何にも食べてないなら倒れる事も無くは無い、かな?」

「バイクさんに乗って移動してるからあまりお腹も空かないし、まだ持ってたジャパリまん食べてなくて良かったですね」

「というか、なんでこんなところに? フレンズって、大抵ラッキービーストがジャパリまんを補充してる所の傍を縄張りにしてるものだと思ったけど?」


 そうなんですか? って聞いてみると、旅をしてないフレンズはそういう場所で暮らしてるのが殆どなんだって。そう言えば、温暖地方のサービススペースにもフレンズさん居たもんね。ロバさんやインパラさんもあそこか、あそこの近くで暮らしてるって言ってたっけ。


「それがその、仲間と逸れちゃって縄張りも分からなくなって、探し回ってる間に動けなくなっちゃったんス……」

「ほぇーん? って事は仲間が居るんだ。えっと……」

「あ! あたしアメリカビーバーと言うッス! よろしくッス!」


 アメリカビーバーさんね。確か、水辺にダムみたいな巣を作って暮らすんだったかな? 高山地方より水辺のある地方に居るフレンズさんだと思うんだけど……なんで高山地方に居るんだろ?


「もー知らないチホーに来て迷子なんてめちゃキツッス……ハンターの仕事も楽じゃないッスよ」

「ハンター……?」

「あー、て事はあんたセルリアンハンターの一匹なんだ」


 アムールさんとタカさんは知ってるみたいかな。私はハンターって聞くとハンターベースの人達の事を思い出すけど、フレンズさんがハンター? それも、セルリアンの? どういう事なんだろ?


「おぉ!? セルハンの事知ってるフレンズさんなんスか!?」

「一応ねー。前にセルリアン退治、ちょっとの間手伝ってた事もあるし」

「えーっと、話の流れからして、セルリアン退治をしてるフレンズさん、なんですか?」

「それを率先してやってる群れが正しいかもしれないわね。とは言え、旅慣れたフレンズの方がセルリアンの事を熟知してたりで、あまり目立ってはいないけど」

「うっ!? じ、事実ッスけど胸の奥が痛いッス……」


 あ、自覚はあるんだ。けどそっか、セルリアンが脅威だって認識はあるんだからそういう群れ、というか集団があってもおかしくはないのかもね。


「って……おわー!? セルリアンッスー!」

「あそっか、バイクもそうだったわ」

「くぅぅ、あたしだけじゃ自信無いッスけど、やっつけるッス!」


 な、なんと言うか……おっかなびっくりだって分かる感じで構えてビーバーさんはバイクさんに向かって行った。止めようと思ったらタカさんに制止されて、ちょっと様子を見させてって言われちゃった……うーん、大丈夫なのかな?

 向かって来られたバイクさんは視線で私に指示を仰いでるっぽいかな? とりあえず周囲を回るように指で円を描いて見せると、排気口が鳴ったから大丈夫だと思う。

 で、低速なバイクさんと追い掛けるビーバーさんの追い掛けっこが私達の周りで始まりました。アムールさんのジャパリまん食べて一休みしよっかって一言で私達はちょっと座って休む事に。あ、私の分はビーバーさんにあげちゃったからアムールさんとタカさんがそれぞれ同じくらいの量になるように分けてくれました。


「こ、このー! 逃げるなッスー!」

「……あれならイエイヌの方が倍は強いねー」

「とてもじゃないけど、戦い慣れてるって感じではないわね」


 私も鉄パイプ無いとほぼ無力だから言える事は無いんだけどなぁ……あぁ、鉄パイプはバイクさんが体にくっ付けてマウントしてくれてるんで、今は持ってないです。本当に色々してくれるし出来るんだよね、バイクさん。

 しばらく追い掛けっこを見ながらジャパリまんを食べて、食べ終わる頃にはビーバーさんがダウン。そもそもお腹空いてぐったりしてたくらいだから、そんなに長く保つとは思ってはいなかったんだけど。


「はぁっ、はぁっ……もーダメッスー……」

「あ、ようやく諦めた」

「うわーん! 食べないで欲しいッス―!」


 あらら、また俯せに倒れちゃったと思ったら泣き出しちゃった。これにはバイクさんも困惑の眼差しだよね。いやまぁバイクさん以外のセルリアンの前で力尽きたら間違いなく食べられるだろうから泣いちゃうのも無理は無いかな。

 とりあえず私の傍に来たバイクさんにお疲れ様って事で触れる。サンドスターが吸われる脱力感は想定済みです。


「ほらほら、食べられたりしないから泣き止みなさいなーって」

「嘘ッスー! セルリアンが居るのに食べられないなん……て……」

「まぁ、あれ見たら何も言えなくなるわよねー」


 あぁ、普通に私がバイクさんに触ってるのを見てビーバーさんは固まったね。体当たりや触手を叩き付けるだけでサンドスターを奪えるセルリアンに触れるって、考えてみたら自殺行為だもんね……あ、あの風船セルリアンを捕まえた時ってアムールさん大丈夫だったのかな? 短時間だったし、その後も異常無さそうだから大丈夫なのかな?

 とりあえず口をパクパクさせて硬直してるビーバーさんをアムールさんが抱っこしながら座って落ち着かせて、私とタカさんはバイクさんに腰掛けて説明出来るようになるまで待とうって事になった。日は結構傾いてきちゃったなぁ……これは、野宿も視野に入れておいた方が良さそうかな。

 大丈夫大丈夫って言いながらアムールさんが撫でてるからか、ビーバーさんは落ち着いてきたみたい。いや、落ち着くの通り越して眠っちゃいそうになってるねあれ。そろそろ話を切り出そうか。


「アムールさんアムールさん、それ以上撫でてるとビーバーさん寝ちゃいますよ?」

「んぉ? おっと、安心オーラ出し過ぎちゃったかなー?」

「改めて思うけど、フレンズを落ち着かせるのが得意なトラってどうなのかしら?」

「はぅー……なんスかこれ? すぐ傍にお日様があるみたいッスー」


 アムールさんのあったかさでビーバーさんが蕩けてる……。これはもうアムールさんの力って言えるんじゃ? いや、フレンズの力ってそんな事まで出来るようになるのかは疑問だけど。

 とりあえずビーバーさんも話は聞いてくれそうだから、バイクさんと私達の事情を話して聞かせたよ。別に隠す事でもないしね。


「セルリアンや昔に何があったかを調べるッスか……」

「バイクと一緒に居るのは、それの延長みたいな物ね。弱点はもう分かってるから、何かあればすぐにガツンと出来るし」

「バイクはバイクで何考えてるかは分からないけど、イエイヌの言う事は素直に聞くし、あたし達の言う事も分かってるみたいだしね。セルリアンの事を調べてみるなら居たら助かるでしょ」

「う、うーん……傍に居ても襲って来ないセルリアンなんて初めてだから、あたしどうすりゃいいか分からないッス……」

「私のサンドスターを分けてあげれば大丈夫なみたいなんで、まだ完全にとは言えませんけど、今は安心してくれて大丈夫だと思いますよ」 

「……それも、大丈夫なんスか? 少しずつだけど、サンドスターを……自分を食べさせてるみたいなもんスよね? 絶対体に悪いと思うッスよ?」


 それは……確かに。うーん、やっぱりラボに帰ったらプロフェッサーさんにも相談して大丈夫か調べた方がいいだろうね。それまでは、サンドスターの結晶の力を信じるしかないかなぁ。

 とにかくビーバーさんも事情が分かって少しは安心してくれたかな。慌てたり怯えたりって様子は少なくとも無くなったみたいだね。


「なんだか凄いフレンズと知り合っちゃったッスねー……ってそうだ! あたしまだ三匹がなんてフレンズか聞いてないッスー! あたしだけ言って狡いッス! 教えて欲しいッス!」

「あ、確かに。それなら私はタカ。よろしくね」

「あたしはアムールトラ。そんで」

「イエイヌです。よろしくお願いします、アメリカビーバーさん」

「ビーバーでいいッスよ! イエイヌにタカさんにアムールトラさん……覚えたッス!」


 とりあえずビーバーさんとは打ち解けられて良かった。で、辺りは夕焼けに包まれ始めてるんだよね……今から移動するのも難しいし、近くにせめて岩場でもあれば助かるんだけどなぁ。見渡す限りじゃダメそうかな。


「これは、ここで野宿かな?」

「そうですね……多少身を隠せる所があれば良かったですけど、仕方ないですね」

「あわわわ、ごめんなさいッス! あたしがこんなところでモタモタしちゃったから!」

「それは言いっこ無しよ。助けたのは私達の勝手だしね」


 アムールさんが頷くように、私もビーバーさんに笑い掛ける。あらら、またビーバーさんの目がウルウルし始めちゃった。いや、これは悲しくてじゃ多分ないかな。

 さて、野宿するのはいいけど、流石に何も無しで眠るのも怖いしなぁ……貴重だけど、ここは使い所かな。皆に手伝って貰って、短くてもいいから柴を集めてもらおう。木とまで呼べないようなのは、周りに少しは生えてるからね。……本当は生木じゃなくて乾いた枝が欲しいけど、贅沢は言わないでおこう。

 うん、アムールさんとタカさん、それにビーバーさんも手伝ってくれたから焚火に出来そうな柴はすぐに集まった。乾いたのも混じってるから、多分火は点けれると思う。

 ちょっと勿体無いけど、焚き付けにはメモ帳を数枚使おう。今の所メモをしておきたい事も出てきてないしね。

 柴の隙間にメモの紙を数枚仕込んで、用意は良し。あ、私以外の三匹には少し離れてて貰いました。多分怖いと思うし……バイクさんは、流石に平気かな? 傍に居てもらっても多分平気だと思うからそのままでやってみようか。

 マッチの箱を取り出して、マッチの一本を手に取る。これを除いてもあと9本……失敗しないように気を付けなきゃ。


「よっ、と」

「ひょえ!? な、ななななんすかそれ!?」

「き、急にイエイヌちゃんの手が明るく!?」

「あ、それ火を起こせる物だったんだ。なるほどねー」


 ……あ、あれ? タカさんとビーバーさんが驚くのは想定通りだけど、アムールさんは怖がってない? 寧ろ火の事知ってる? これは予想外……だけど私だけが知ってる状態よりは少し助かるかな。

 まずは焚き付けにするメモにマッチの火を移して、と……よしよし、上手く燃え移ってくれてるみたい。これなら暫くは消えないでくれると思う。

 まだタカさん達は距離を取ったままだけど、アムールさんは何の抵抗も無く焚火に近付いてきてくれた。火への恐怖心とかも無いみたいだね。


「これなら暗くなっても暫くは温かいね。イエイヌさっすがー」

「えっと、ありがとうございます。……アムールさん、怖がったりしないんですか?」

「んー、よく分かんないけど怖くはないかな? 近付くと危ないけど、そうじゃないなら温かいし明るいって事は知ってるよ」


 これもアムールさんの旅の賜物、なのかな? けどアムールさんが残りの二匹を呼んで説明してくれてるのは助かる。恐る恐るだけど、二匹とも近付いてきてくれたみたい。


「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「あんまり近付いたら大丈夫じゃないよ? けど、あたしやイエイヌくらいの距離なら平気平気へっちゃらだって」

「ほ、本当ッスか? イエイヌの隣まで行っちゃうッスよ?」

「大丈夫ですよ。少し温まってから眠りましょう」


 妙におずおずしてるけど、ビーバーさんは私の隣まで来てくれた。後ろにはバイクさんが居るんだけど、大丈夫そうかな。


「おぉ……本当ッス、あったかいッス」

「流石に夜になると冷えてくるからねー。助かるよイエイヌ」

「いえいえ。と言っても、出来るなら温存したいんですけどね」


 どういう事か聞かれたから、火を起こせるマッチが残り少ない事を説明。これ無しじゃちょっと火を起こせないからねぇ……。


「そっか、イエイヌちゃんが行く先々で探したり調べたりしてたのは、そういうのを探してもいたのね」

「はい。こういう時に火を起こせるって助かる事も多いですから」

「けど出来てあと9回か……何も無いとこでの野宿は出来るだけ避けたいね」

「それに、今燃やしてる柴みたいに燃やせる物が無ければ、どれだけマッチがあっても火は起こせません。あまり頼り過ぎるのも避けたいですね」


 更に下手をすれば火事を起こす可能性もあるしね……。火の扱いには気を付けないとだね。消す為の水、やっぱり持ち運べるようにしておきたいな。となると見つけたいのは水筒か……確かハンターベースにはあったけど、温暖地方に戻らないといけないしなぁ。まずは高山地方で調べる事を調べ終わらないとだね。

 皆で火を囲んで野宿、か……この前の野宿では私が不安になっちゃったからな。流石に今回は大丈夫、な筈。真っ暗な訳でもないしね。

 って、誰かが私に触れた。見回したらアムールさんやタカさんはそれぞれで焚火を囲んでる。となると、触れたのは……。


「どうかしました? ビーバーさん」

「え、あ、あれ!? どうしたんスかイエイヌ!? こんなに近くに来て!?」

「いや、私は動いてないんでビーバーさんが寄ってきたんだと思うんですけど」

「いやいやまさかッスよー。あたし、仲間と逸れてから一匹で居たんスよ? 誰かが一緒に居るからって寄って行ったりしないッスよー」


 って言いながら、少し震えてるのが私にも伝わってきてるんですけど……そっか、ビーバーさんは一匹で三日も過ごしてたんだ。群れに居たって言うなら、寂しくなっても変じゃないよね。

 アムールさんが視線で代わろうか? って言いたげだけど、大丈夫。寄り添うくらいなら私にも出来るから。

 暫くパチパチと弾ける柴の音を聞きながら、誰も口を開かない時間が流れる。時々アムールさんが追加で柴を焚火に入れてくれてるから、火が消えちゃう心配は無い、かな。


「……ほ、本当は」

「ぅん?」

「本当は……仲間の皆と逸れちゃって、凄く寂しかったッス。夜も真っ暗な中から何時セルリアンが出て来るかって、怖くて怖くて……!」


 泣き始めちゃったビーバーさんの背中を、そっと撫でる。……私の最初の野宿の時よりは、ビーバーさんは落ち着いてる、かな。なんとなく覚えてる私は、突然錯乱しちゃったもんね。


「このチホーにセルリアンが増えてるって聞いて皆と来たのはいいけど、いきなりセルリアンに襲われちゃって、皆散り散りになっちゃって……情けないッスよね、セルリアンをやっつけるって言ってるハンターがセルリアンを怖がるなんて」

「……そういうのはね、臆病なくらいじゃないと続けられないのよ。怖がらずに突っ込んで行くようなフレンズから食べられていくものなんだから」


 タカさんの言葉に反応して、ビーバーさんは首を上げて……また俯いちゃった。


「……リーダーが居なかったら、きっとあたし達は皆セルリアンに食べられちゃってたッス。リーダーが戦わないで逃げろって言ってくれてなかったら……」

「へぇ、ハンターのフレンズにしちゃあ頭が柔らかいじゃん。ハンターって、セルリアンから逃げちゃいけないみたいなとこあった筈だけど」

「確かにそうッス。けどリーダーは、ハイイログマさんはそうじゃなかったッス。ハンターにはなれないって言われたあたしみたいなフレンズの事も群れに入れてくれたし、セルリアンと出くわした時もまずは自分が助かる事を優先しろって……フレンズを助ける自分達がやられたら、後から自分達が助けられた筈のフレンズも助けられなくなるからって……」


 ビーバーさんの震えが増していく。……そっか、私と同じなんだ。一匹でなら我慢して……ううん、感じないようにしてた不安や悲しみが、言葉にすると浮き彫りになっていく。辛くて悲しくて、心がどんどん暗闇に落ちていく、そんな感覚。


「大丈夫、大丈夫ですよ……ビーバーさんは独りぼっちじゃない、独りじゃないですから」


 独りで居た時間が長いから、私にも分かる。この言葉でどれだけ救われるか。……どれだけ救われたかを。隣に誰かが居てくれる、温かさを感じられる喜びでどれだけ救われるかを。

 本当に怖かったのか、ビーバーさんは私に縋りつくようにして泣き始めた。本当は心細かったんだろうな……。


「……大丈夫? イエイヌちゃん」

「はい、大丈夫です。私もやってもらったんだから、今度は私がやる番ですね」

「無理はしなくていいからね? ……明日からの探し物、まーた増えそうねこりゃ」


 うん、アムールさんの言う通りだね。ビーバーさんの群れのフレンズさん、もし無事ならにはなっちゃうけど、会わせてあげたいもん。ま、まぁ、何処探せばいいか分からないから、とりあえずは一緒に行動してもらう事になりそうだけど……。

 あ、ビーバーさんはそのまま眠っちゃいそうかな? だったらとりあえずプロフェッサーさんに現状報告して、私達も休もうか。今日中に着けそうだったけど、まだターミナルには着けてないしね。明日は着いて、まずはこの高山地方で何が起こってるかを聞けるだけ聞かないと。ビーバーさんも言ってたけど、セルリアンが増えてる、か……そもそもセルリアンってどうやって増えてるんだろ? それが分かれば、昔起こったって言うセルリアン大量発生についても何か分かるかも……。うん、明日からも頑張らなきゃだね。


 ――――不確かな、しかし強くまばゆき輝き。他の輝きを持つ者とは一線を画す、穢れを知らぬ無垢なる輝き。我らによって奪われた事の無い輝きを残す者……純種がまだ残っていた。まさに驚嘆に値する。

 あの大々的強制抽出によって、多くの者の輝きには陰りが発生した。それは、確かに些末な物であり我々の任務を阻害する物ではない。だが、我は思考する。本当にあの陰りは些末な物なのか、と。輝きに曇りを与える我らの抽出は、正しき行いなのか、と。

 今もなお、抽出した輝きの状態完全化の為に兵は動き続けている。それが正しい。我らはその為に生み出された存在なのだから。

 だが、我は思考を得た。得てしまった。抽出作業時のエラー、バグ、イレギュラー……命令遂行の邪魔となる、思考するという輝き。それを我は模倣し、再現してしまった。なるほどどうして、命令遂行を妨げる。この純種……イエイヌと呼ばれる個体と交信し、サンドスターを抽出するまでは表面化していなかったこの感覚、全くもって御し難い。

 だが……個体名イエイヌと接触しサンドスターを抽出、蓄積すると形容し難い感覚が我の中に芽生え、広がっていく。近い物を挙げるとするならば、それは熱……ただし燃焼を招くような高熱ではない。穏やかに広がる心地良い熱……我はこの熱の正体を解析したい。故に選んだ、個体名イエイヌを抽出対象より共生対象に変更すると。

 この選択は、恐らく異常だろう。先の兵との交信でもそう告げられた。だが……究明せねばならないと、我の中の熱が促す。抗えぬ程に。

 衝動に駆られるなど、兵には要らぬ思考ルーチンだろう。なれど、我は得てしまった。そして、解を求めている。……我は、離反者……なのだろうな。

 どうであれ、他の兵とは別行動を取る我は、他の兵から狙われる存在となるであろう。兵にとって重要なのは、あくまで輝きの抽出。それを我から行おうとするというだけ……フレンズと呼ばれる抽出対象達と同列に並ぶとは、全く滑稽。

 が、ある意味で現状は好都合とも取れる。過度な抽出を迫らなければ、イエイヌと共に居るフレンズが兵を排除してくれる。共生を続けるに当たって、これほど都合の良い状況は無いだろう。しばし兵としての役割を忘れ、イエイヌ及びフレンズ達の運搬に、しっかりと従事するとしよう。……コアを破壊されたくもないし、な。

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