第117話 全てを晒せ

 自分の罪の答えが出ないまま、次の試験を迎えた。

 また神奈川県だった。

 チホとほぼ同時期にSNSでやり取りしていた子も神奈川の子だった。

 今度は止める、それが正解かわからないが、自殺を止めることができるのなら、その方がいいに決まっている。ただ止めるのではない。本人が希望を持って生きてくれる、本当の意味で止めなければダメなんだ。


 結果は同じだった。

 僕はまた、その少女が首を括るまで何もできなかった。


 何個も受験をしたが1浪した。実家から解放されるのが1年遅れた。次の年に静岡の大学に受かった。僕は大学生になった。実家から解放され、普通に勉強して遊び、普通に友達ができ、普通に大学生活を過ごした。

 浪人中にも2人、大学生の時にも3人、会って話をした。北海道や九州の子ともやり取りをしていたが、実際に会って話をするのは住んでいる静岡を避け、日帰りで帰れる範囲に絞ると、山梨あたりまでが限界だった。それが3年になり卒業を間近になってくると、時間を取ることが難しくなり、静岡でも会うことになってしまった。もちろん悩んでいる子を助けるのが名目だが、だんだんと自分が何をしているのかがわからなくなってきた。

 結局、結果はどの子も同じだった。僕はSNSの子供たちに会う度に、自殺を止める気持ちがだんだん薄れているのに気づいていた。僕は彼女たちの死ぬ瞬間を見たいだけではないのか。山梨では1人、男の子に会った。その時は何も思わなかった。死ぬ間際を美しいとは思はなかった。この時に自分の異常性に気づいた。

 こんなことを、もう終わりにしなければいけない。

 公務員試験に受かり、大学を卒業すると警察学校に入ることになった。個人的な通信手段がなく、警察学校のパソコンからアクセスするわけにもいかず、僕のSNSパトロールをすることが不可能になった。これで終わらにすることができる。僕は、自殺願望のある子だけではなく、これからは一般の市民を助けることが仕事になる。警察学校では犯罪心理学の授業もあった。犯人の犯行動機などを学ぶのだが、他人事と思えなかった。やはり、こんなことは正しいことではないと思えた。

 僕は贖罪の気持ちから、交番勤務の時にも、どんな小さな事件にも全力で取り掛かった。小さな事件を1つでも解決することで、罪の意識は薄まることなどなかった。無かったことになどできないのは分かっているが、取り憑かれたように困っている人を探し、誰もが放っておく小さな案件にも携わった。その行動が評価され、希望していた刑事課に配属された。


 僕の教育係は篠山さんだった。

 愛想のない、岩みたいな怖い顔をしていた。始めは怖かったが、ずっと接するうちに、篠山さんの優しさに気づいた。


『事件に大きいも小さいもない。目の前の人を助けるのが仕事だ』


 篠山さんの口癖だった。僕の理想の上司だった。


 僕は椎名恵や、自殺を見守った子供たちのことを考えた。やはり、あの子たちを見守ることは間違いではなかったのか。そう思いたかった。また、SNSを『チャミュエル』の名で覗いてしまった。

 そこでまた数名の少女たちと繋がってしまった。

 そのうちの2人が山本伊織と関みずきだった。


 今度は何としても自殺を止める。そう誓った。


『事件を解決することが仕事ではない。人を助けることが仕事だ』


『犯人を検挙のが事件解決じゃない。助けるっていうのは、本当はその後が問題だ』


『俺たちが介入できることには限界がある。でも、その限界まで付き合わないとな』


 今まで篠山さんから教えてもらったことを反芻する。

 僕は自殺を止めた後のことまで考えていなかった。篠山さんは事件を解決した後も、被害者遺族の元を訪問したり、徹底して最後まで付き合っていた。虐待を受けていた子供たちを助けるためには、その虐待から無くさなければならない。今度は最後まで付き合うつもりだ。


 だけど結果は同じ。

 目の前にぶら下がる山本伊織を見つめ、僕は自分の無力さを知った。もう、誰かに止めて欲しかった。そのを考えた時に、篠山さんの顔が浮かんだ。僕は山本伊織を埋めなかった。

 こちらの思惑通りに、山本伊織の遺体はすぐに見つけられた。続くチャミュエルの犯行が公になった。


 同時期に関みずきとも連絡を取っていた。自分の無力さに、途中から適当なコメントしか入れられなくなっていた。会う約束まで取り付けてしまったが、行くつまりはなかった。


 だから関みずきが誘拐されたと聞いて驚いた。僕じゃない誰かぎ『チャミュエルの手』として関みずきを誘拐している。そんな不思議なことがあるのだろうか。偶然が偶然を呼び、常田祐司という男が容疑者になってしまった。彼に罪を背負ってもらうしかない。彼が連続幼女誘拐の容疑者として事件を終わらせれば、僕も終わらせることができるのかもしれない。


 僕は卑怯だ。

 常田祐司は犯人ではない。犯人はこの僕なのだから。

 捜査本部も常田祐司のことを真犯人だと考えていない。それなのに常田祐司を犯人としてこの事件を終わりにしようとしていることがわかった。僕の思惑とは違うが、求めている結果は同じ。常田祐司の供述が取れないようにしようとしている。僕は中央署の廊下を歩いていると、喫煙室の前で不穏なニオイを感じた。タバコ臭いニオイの中から、何かぎ腐ったニオイを感じた。僕のニオイを察知する能力では、何か悪いことを考えている人のニオイが、腐ったニオイとして感じる。喫煙室には馬場課長と取り巻きたちが首を揃えていた。井口の供述を利用し、拳銃を所持していることを理由に射殺しろ、馬場課長はハッキリそう言っていた。

 僕はそれに乗っかった。


 それに僕はズルい。

 この事件の結末を、定年前の篠山さんの花道にすることで、自分の罪から目を背けようとしていた。


 そしてあの立て籠り事件だ。

 馬場課長と結託していたわけではない。思惑が一緒だっただけだ。捜査員に付けられていたインカムでは、野々村さんが「待て」の指令を出していたが、遅かった。狙撃手が撃った。それが常田に命中した。篠山さんに手錠を掛けさせるため、篠山さんの腕を引き、常田の側に寄った。やはり日本だ。いきなり頭を撃ち抜くことはない。常田に近寄ったのも、息があれば止めを刺さなければと思っていた。だが、救急隊員に止められた。まったく計画性がなかった。

 彼が死ぬまで気が気ではなかった。これで彼が助かれば、もう自首するしかないと思った。

 もう終わらせなければならない。もう疲れた。

 だが、彼は死んだ。自分の不安と罪の意識から解放されることはなかった。


 関七海の声が木霊している。


 今までの罪を白日の下に晒せ、と。

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