井口 雅紀
第10話 借金まみれの男
マンションのエントランスの郵便受けには食み出すほどの封筒がぶち込まれ、その封筒類は、要らないDMやら不動産のチラシやらだろうが、その内、督促状の類が殆どを占めているのだろう。見なくても分かる。
「井口」と記された郵便受けを開け、中を確認せずエントランスに設置されているゴミ箱にそのまま捨てた。みんな個人情報だなんだと気にしてシュレッダーなんかかけて捨てているが、住所と名前を知られたところで、一体何が困るのだ。金を騙し取ろうとするなら、こんな督促状が届いている男から金なんか騙し取れないだろう。仮にこの個人情報の流出で詐欺にあったとしても、これ以上借金が増えたところでどうってことない。詐欺に遭わないようにするには、借金まみれをアピールすることが1番だ。
ゴミ箱に放った封筒の送り主が見えていた。「渡辺法律事務所」からだった。養育費を払っていないせいで弁護士から督促状が届く。この事務所は、最初の女房からか、2番目の女房の弁護士か、忘れた。もしかしたら、先月娘を連れて出て行った今の女房が雇ったのか。今の女房からも離婚の話を持ちかけられている。それはそうだ、こんな借金まみれの男だとは思わなかっただろう。
養育費を払うために、知り合いという知り合いから金を借りまくった。返すつもりはなく借りているので、催促の電話は着信拒否だ。
最初の女房への養育費と慰謝料は、親から借りた。返す当てのない借金で、借りたという意識は薄かった。オレがもう少し稼げるようになったら、返したいなくらいにしか思っていなかった。その内の親も年金暮らしになり、借りることが困難になった。
初めは本当に仲のいい友人から金を借りた。困っているなら期限も利子もないから貸してやる、友人はそう言ってくれた。最初は拒んでいた。本当に大切に思っていた友人だったからだ。その友人は、変なところから借りるくらいだったら俺が貸すから、そう言って貸してくれた。オレはそれに甘えた。
それから2番目の女房と知り合い、結婚に至り、また金が必要になった。その友人に金を返すため、いろんなところから金を借りた。
オレの特技は1度会った人間の顔を忘れないことだ。どんな小さな出来事も覚えていられる。たまに友人と話していて思い出話をすると、オレしか覚えていなくて嘘つき呼ばわりされることがあるくらいだ。1度会った奴とは親しげに話せるから、適当な知り合いはたくさんいた。適当な知り合いに少しずつ借り、大切な友人の借金を返した。そして、少しずつ借りた知り合いにも、また別の知り合いから借りた金で返す、その繰り返しで誰に幾ら借りたかも、もう覚えていなかった。
そう、絵に描いたように借金で火の車だった。他人から借りた金で返すから、借金自体は減ってはいないのだ。
そして元々の根源は、オレなのだ。
そんな借金があるのに、女遊びがやめられないのだ。女遊びは、金を使う。それが理由で最初の離婚。養育費が払えないのに、大切な友人から金を借りているのに、その最中にも女遊びをしているオレ。
そしてまた家族が増える。2回目の家族の生活費と、最初の女房への養育費と慰謝料、またその最中に女遊び。収入は対して増えていないのに、出費ばかりが増え、それが理由で2度目の離婚。懲りずにまたここでも養育費と慰謝料が加算される。そして今現在、3番目の女房にも浮気と借金がバレて、今別居している状態だ。最近知り合った取引先の受付事務の女の子は22歳。初めの女房との長女が今年23歳になったので、それよりも歳下だ。そんな若い子を捕まえるのには金がかかる。
2番目の女房との離婚の時、本当に金を借りる当てがなく、最初に金を借りた友人の元に、また頼みにいったことがあった。彼にだけは借金を返したから、図々しくもまた泣きついた。オレの手当たり次第借金をして返さない話は、どうやら彼の耳にも届いていたらしく、まずは他の人から借りた金を返してからにしろ、と咎められた。
オレには、もう気の置けない友人はいない。どんどん離れていってしまう。
もう知り合いには借りる相手がいなくなったと思ったが、最近高校の同級生と偶然再会した。それほど仲良くなかった相手だ。金を借りるには丁度いい相手だ。
親しげに何度か飲みに誘ったりして、そろそろ借金を申し出てもいい頃合いかと思う。
早速、常田の携帯に電話した。
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