第8話 みずき

 飯の前に、近くの商業施設で服を買うことにした。

 みずきは最初は服なんていらないと遠慮していたが、ショーウィンドウの花柄のワンピースを齧り付くように見ていた。外資系の量販ブランドだったので、値段を見るとそれ程高くはなかった。


 俺には、サイズが検討つかないので店員を呼んだ。みずきはその間、キョトンとした顔で立っていると、店員はショーウィンドウと同じものを、150センチと160センチのサイズを持ってきて、彼女をフィッテングルームに案内しようとすると、首をブルンブルン振るった。その表情は見ようによっては怯えているようにも見えた。

 明らかに店員が怪訝けげんな視線を向けてきたので、俺はワンピースを店員から引っ手繰るように受け取り、みずきの背中に当て、160センチの方を選んだ。ついでにショーウィンドウで合わせている白いサンダルをパッと見で大きいものを選び、店員に渡した。


「これ、ください」


 早く会計を済ませて欲しいのに、即決めたことが接客という仕事に対し不完全燃焼なのか、同じ形で無地のネイビーとホワイトもあります、とおどおどとした声で提案してきた。


「じゃあ、この紺色も同じサイズをください」


 この子を連れて、どこへ行くのか、何日間なのかわからないが、多少着替えも必要だろう。それにみずき本人に聞いても遠慮するだけで答えが出ないだろう。彼女は、いいよ、と小さな声で言いながら俺の袖を引っ張る。怒られちゃうから、と。


「だ、大丈夫だって。お、お母さんには、叔父さんから言っておくよ」


 俺は慌てて、訝しげな表情の店員に聞こえるように、親戚の叔父さんが両親に内緒で買ってあげている態を装った。


「叔父さんも買うものあるから、だよ」


 と、自分の分もジーンズとTシャツ2枚を適当に選び、レジを催促した。店員は、このワンピースは生地が薄くて涼しい反面、透けるのでアンダーにこのタンクトップがオススメです、と恐る恐る声をかけてくる。短時間で一気にセットで買っていくので、言えば追加できると思ったのか、こちらが選んだ商品を抱えて、小出しにチョロチョロ提案してくる。


「じゃあ、それも!」


 まだ追加されそうだったので、みずきには聞かず160センチと書かれて下着の3枚セットも、店員の抱えた商品の上に乗せた。とにかく早く済ませて、ここを出たかった。

 ワンピースとタンクトップが2点ずつ、サンダルと下着、メンズのTシャツ2枚とジーンズの計9点でセール期間中ということもあり2万に収まった。本当はカードで買いたかったが、サインで名前が知れるのを躊躇し、2万で収まったので現金で精算し、そそくさと店を出た。


「オジサン、どこか遠くに行きたいって言っただけで、服まで買ってなんて言ってないよ」


 みずきが、また俺の袖を引っ張る。


「大丈夫だって。取り敢えずサンダルだけでも履き替えなよ」


「いいって。まだ返品できるでしょ。返しに行こうよ」


「セール品は、返品ダメだって書いてあったぞ」


 そこまで確認する余裕はなく、俺は適当なことを言った。大抵こういうものはセール品は返品不可のところが多い。


 みずきの砂だらけの黒くなった足を指し、取り敢えず洗ってきなよ、と俺はポケットから出したハンカチを渡した。

 彼女は急に大人しくなると、ハンカチを両手で握りしめて俯き、トイレの方へ走って行った。


 俺は壁際に寄り、その場でしゃがんで、さっきの店で乱雑に入れられた袋から、サンダルを取り出した。値札を買ってもらうのを忘れた。サンダルの踵のストラップベルトのバックルに付けられた値札は、プラスチックの輪っかで付けられていた。引っ張れば千切れると思っていたが案外頑丈で悪戦苦闘していると、彼女はもう戻ってこないのではないか、というのが頭にぎり、じゃあこんな値札なんか外しても意味はないか、とは思ったが諦めきれず、ライターの火で溶けるかな、とポケットからライターを取り出したが、こういう商業施設はライターを点火した光に反応して、確かスプリンクラーとか消防設備が作動してしまうんではなかったか、と、またポケットにライターをしまい、プラスチックの輪っかの接合部を捻ったりしたが、外れる気配はない。

 サンダルから顔を上げると、みずきが俺のハンカチを綺麗に畳んで立っていた。足を見ると、洗って綺麗になったが、やはり履いているサンダルが小さい。

 プラスチックを外すのは諦め、紙のタグだけ違った。後で100円ショップで鋏を買ってこよう。


 プラスチックの輪っかが付いたままのサンダルをみずきの前に差し出すと、また首を振った。


「もう値札も取っちゃったから。履こう」


 俺は半ば無理やり、新しいサンダルに履き替えさせた。彼女は足を入れると、小さな花がパッと咲くように表情が変え、はにかんで体を左右に振っていた。


「気に入った?」


 彼女は小さく頷く。左右の踵を交互に上げたりして、新しいサンダルを嬉しそうに眺めている。そして目が合うと照れ臭そうに口を動かした。声になっていなかったが、多分「ありがとう」と言ったのだろう。その表情を見て、俺まだ照れ臭くなり、俺の方がモジモジしてしまった。

 それはと客観的になれたのは、後ろから声をかけられたからだ。


「ちょっと、あなた並んでます?」


 やたらにでかい長財布を持った化粧の濃い年増の女が、俺を見下ろしていた。

 みずきにサンダルを履かせるためにしゃがみこんだ場所は、フードコートのラーメン屋の前だった。俺がしゃがんでいるせいで、アホみたいにでかい長財布の女の後ろにも3人程列を成していた。


 すみません、と俺が退くと、年増の女はツンと顎を上げ、アホなデカさの長財布から千円札を乱暴に出しながらカウンターに向かい、味噌ラーメンを注文していた。


 バツが悪くなり、みずきを見ると、彼女は俯いて笑いを堪えていた。俺も恥ずかしくて笑って誤魔化した。

 それにしても歳のいった女の下からのアングルは見るに耐えない、と自分のことは棚に上げて思った。

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