第7話 レンタカー
レンタカーの店に入ると、いらっしゃいませ、と受付の2人の女性スタッフが顔を上げた。1人は俺と同じか、もう少し歳上くらいの
若い女は開いているのかわからないほどの細い目で俺を見て、いきなり「何日のご利用ですか?」とぶっきら棒に言った。年増の方が若い女を小突き、耳元で小声で何かを話し、こちらに顔を向け「どうもすみません。まだ新人なので」と訳の分からない言い訳をした。
「まずは、こちらのアンケートを記入していただいても、よろしいでしょうか?」
そう言って差し出された紙に、必要事項を記入していく。名前や住所を書く欄があり、チラッと女の子の方を見て、嘘の名前を書こうとしたが、どうせ後で運転免許証を見せなければならないので、本当の名前と住所を書いた。
いつから何日間のレンタルか、乗る人数や、運転手との関係。俺は、「当日から」に丸を付け適当に「4日」と書いておいた。「3人」「親子」と記入した。その下には「同乗者名」と書いてある。1人は別れた妻の名前を書き、もう1人は娘の名前を書こうとしたが、娘にもこの子にも悪い気がした。そう言えば、この子の名前を知らない。咄嗟に適当な名前が浮かばず、女の子の方を見ると、
「みずきは、この車がいいー」
と料金表の車の写真を指差し、さりげなく名前を教えてくれた。勘の鋭い子だ。
「任意」の欄には、「行き先」と「レンタルに至った理由」の欄があり、行き先は「八ヶ岳」、レンタルの理由は「自家用車が故障し代車を借りているが、軽自動車なので荷物が乗らない」と我ながらよくできた嘘を書けた。
行き先の「八ヶ岳」は、昔1度だけ家族で行ったことがある場所だった。別れた元女房が、小さい子供でも楽しめるから泊まった方がいいという友人の勧めで、どうしても行きたいと言って予約したリゾートホテルだった。某有名なリゾートホテル運営会社が手掛けた家族向けリゾート施設で、カフェや雑貨店などが並び、露天風呂やプールなど全て施設の中にあり、外へ出なくても充実した時間を味わえると、予約が先まで埋まっているような人気スポットだった。娘は、プールに入ると、1時間毎に起きる人工の波を怖がり、結局ボールプールで1日を過ごしたことを覚えている。
俺が思い出せる家族との数少ない思い出の場所だった。
みずきが指した車に丸を付け、年増のスタッフに紙を渡した。年増は書類をチェックしながは、わあ、いいですねー、と心にも思っていないことを口走りながら、小声で細い目の若い女に指示を出していた。
年増は書類から顔を上げると、楽しみだねー、とみずきに声をかけると、一瞬顔が曇り、みずきの格好を見て怪訝な視線を向けた。
「みずき、またお前そのサンダル履いてるのか!外出る時は、新しい奴履いてこいよ。サイズが合ってないだろ」
俺は慌てて、言い訳がましい言い訳をしたが、余計に怪しまれたのかもしれない。服装も汚い、車を借りたら、飯の前に服を買ってやった方がいいのかもしれない。
俺は知らない子に服まで買ってやり、飯を食わせ、どこへ連れて行くつもりなのか。
これでは本当に誘拐犯ではないか。
「車用意できました」
声をかけられたので、振り向くと細い目の女が無表情で立っていた。俺と目が合うと、細い目の女は一瞬口を歪ませ、また無表情になる。もしかしたら、今の表情は営業スマイルだったのか。気味が悪かった。
ここにはあまり長居しない方が良さそうだ。みずきを助手席に乗せると、俺は急いでそのレンタカーを後にした。
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