隙間センチメンタル

朝。

今日は10月1日、つまりは月初めである。

この中学校は1ヶ月に一度全校朝会があって全校生徒は30分早く登校して校長先生の話を聞かなくてはならない。

僕はこの全校朝会が好きではない。むしろストレスの元と言ってもいい。

誤解しないで欲しいのは校長先生の話がつまらないという事ではない。うちの校長先生は若い頃お笑い芸人を目指していたと自負するだけあって意外とトークは上手いのだ。昼休みにも週一で面白エピソードを校内放送してくれたりする。他の生徒も、たぶん、そう思ってるとは思う。

じゃあ何故ストレスなのかと言えば。


体育座りしてる僕からみんな一人分距離を開けるからだ。


立ちながら話は辛いのでみんな体育館に体育座りで校長先生の話を聞くのがうちの全校朝会で、ならべく男女2列で詰めて座れ、と言われているのに。

僕は、人一人分スペースを空けられて座っている。

隣の女の子はこっちが隣を向いて目が合うと逸らすし、前の男の子は触れるのを怖がるかのようだ。


これが、チクチクと心に響く。

でも、僕にはどうすることもできない。


朝会が終わり、みんながバラバラに教室へと戻っていく。

友達同士のグループで固まって歩く中、勿論僕は1人で戻る。

そうして歩いていたら。

「あっ」

華詩さんだ。隣のクラスの目立つ集団の一番後ろにいる。

ど、どうする。朝の挨拶でもしようか。でもすぐお互いの教室に戻るのだから、後でも。

……勇気出せ!

僕は少しだけ駆け足で彼女のすぐ後ろまで行った。

呼吸が荒くなり、汗が垂れる。

「華詩ひゃっん」

………噛んだ!?いや続けろ!!!

「おっ、おお、おはよう」

……振り向いた彼女は呆然としていた。

「……おはよう」

彼女はそう返して、立ち止まる。

「……噛んでごめんなさい」

「い、いや謝る必要はないよ。竣くんがそういう事するのはなんとなく分かるから。それに声かけてくれた事は普通に嬉しかったわけでして、気にしないでくれるとありがたいですと言う感じの」

彼女はまくしたてるように早口で喋る。…励ましてくれてるのか失望されてるのかわからない。

「えっと…とりあえず戻ろうか」

「…うん」

そして僕らは歩き出した。

隣で。2人で。

「ひ、人が多くて狭いね」

「そ、そうですね」

人混みの波は収まらず、少し離れて歩いていると人にぶつかりそうだ。

そんな事を考えていると前を歩いていた華詩さんは、突然こんな事を言い出した。

「あの。もう少し…くっつきませんか」

「………え」

「いや変な意味ではなく、やましい事はこれっぽっちもなく、その、あんな感じに…」

華詩さんの視線の先には4、5人でくっついて笑い話をしながら歩くグループがいた。

「……そ、そうだね!狭いし」

僕はその提案に乗った。

多少後ろにいた距離を詰め、彼女にギリギリまで近づく。

「で、では」

「しゅ、しゅっぱつしんこー?」

謎の合図と共に僕らはまた歩き出した。

その隙間は、ほんの数センチだ。

…こんな距離で楽しくできる人達、すごい。


教室に戻り、僕は自分の机に座ると左手を見つめた。

そしてあのかすった感触を思い出す。

「………」

人一人分ない隙間は、こんなにも嬉しいものなんて僕は知らなかった。

……そのうち、触ったり出来るのかな?

いやいや、女の子だしそれはダメだよね。


「見て…!竣くんが笑ってるわ!あのいつも黄昏れて本読んでるガラスの王子様が…!(ヒソヒソ)」

「何か私たちには想像もつかない幸福極まりない出来事があったのね!(ヒソヒソ)」

「うるせえぞ女子、イケメン様ばっか見てもお前らには脈が死体並みにねーよ!」

「アンタは女の子に生きていても相手にされてないわよ、死んだ方が人気出るんじゃない?」

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