会話キャッチボール
ああ、本は良い。
本の世界はどこまでも広がる青空のようで人間のクリエイティブ精神にはつくづく脱帽するばかりである。
窓から吹き込む秋風の寒さも、本にかかる枯葉すらも一種のスパイスだ。
ページがパラパラとめくれ、顔に木のカスが飛んでくるのも秋らしい…誰か窓閉めて。
そして、私のすぐ後ろでやれ彼氏だの遊びに行くだのテストがどうたらこーたら話すクラスのメイングループは劇薬スパイス過ぎたので私はそっとトイレに避難した。
いや、違う。
これは戦略的撤退なのである。なのである。
トイレって落ち着くじゃないですか。自分が世界で1人になる閉塞的な居場所っていうか。人間には不可欠であると思うのです。一生のうち3年間ぐらいはトイレにいるらしいって統計学の本で読んだ。私はたぶん6年ぐらいかないやそんな話はどうでもいいんだよ。
なんで先生は自習なんで生徒というクマの首輪を解き放つことなんかするんだ。会議なら放課後やりなされよ!
……とは言っても落ち着かない。
トイレでこの本の続きを読もうとしても、学校のトイレだと誰か本当に使う人が来たら困るんじゃないかとつい思ってしまう。
校則で禁止の携帯はこっそりポケットの中で持ってきているが動画はアウト、アプリもさっぱりやってないし電子書籍はさっきの理由と同じだ。結局学校にいる以上落ち着かない。
「……はあ……」
とりあえず流ししぶしぶ個室から出る。鏡には貞子みたいな髪をしたへなへなした顔が写っていた。
そして、その情けない顔を見てふとこの前の事が脳裏に浮かんだ。
(……あの人はこういう時どうしてるだろ)
(…私とは違って実はクラスでは上手くやれてたりするのだろうか)
キーンコーン、とチャイムが鳴る。授業は終わりだ。
出もしないトイレを流し、私はトイレから出た。
トイレ前で、あの人がいた。
いや、正確にはトイレ前の物陰に隠れてじっとこっちを見ているのだ。
あとめっちゃ見られてる。すごい見られてる。そりゃイケメン君がトイレの前で物陰に隠れてたらみんな見にくるよ。なにここ処刑場?胃が爆発しそうなんだけど。
そんな私が彼を見つめると、ふと目が合う。
彼はそらす。赤くして。
私もそらす。気まずくて。
何をしてるのだ。私の唯一の友達は。
…多分、きっと、おそらく私に用があるのかもしれない。彼も他に友達はいなさそうなので。
……目をそらすのは可哀想だよね。
私はもう一度彼の方を向いた。
彼は私から数センチの距離に来ていた。
私は訳が分からなくなった。
気がつけば彼の手を掴んでずいずいと早足でその場を離れた。
階段を上って一番上の突き当たりの音楽室の隣に私達は来た。ここなら誰もいない。
私は壁にもたれかかる彼の前に来て、絶妙に目をそらしながら話し始めた。やっぱり会話になると目は無理。出る。
「…何か用、ですか?」
「え、え、そちらは?」
「…私は、特にありませんが」
「え、じゃあ、なんで、ここに?」
キョトンとした顔で彼はそう聞いてくる。…なんか腹立ってきたな。私はあの時観衆の多さに下剤を飲んだ気分になったと言うのに。
「いや、貴方が私を見てたので…何かと」
「あ、ああ、うん…」
彼はうつむきながら返事を返す。
やっぱり理由はあるっぽい。
彼は会話のキャパシティがそろそろ限界らしくポケットからメモ帳を取り出してペンを走らせた。
『連れション?しようと思いまして』
「はい?」
『姉さんの漫画読んで女子は集団でトイレ行くものって感じに描いてあって…友達なら、一緒にトイレ行けるのかなって…』
「……」
『もちろん、トイレ前までのつもりでしたよ。男子トイレは女子トイレの隣だからそこまでなら大丈夫かなと思って。でも見つけた時にはもうトイレに入ってしまって。でもトイレから出た時少し会話出来るかな、と思って………』
困った。
困った。こんなにだっけ。
友達に会話したかったと思われる事が、こんなに心をヤバくするの?
この人の顔がいいから?この人の字が綺麗だから?分からない全然わかんない。
私は思わず目の前の壁に右手をついて下を向いた。
「!?!!??」
どうしよう。こんな時、どんな顔をすればいいのか分からない上に。
顔が髪有りでも見せられない異様に真っ赤な事だけは分かるのだ。
「…人前」
「え?」
私の返答に驚いた彼は思わず声を出した。
「私、人混み苦手なの。だから、話す時は…人があんまり居ない所がいい。今は、まだ」
い、言えた!?ちゃんと言えた!?ここここれでいいのか???なんかえっちくない!?
「は、はい!」
大きな声で彼は答えた。声までこう大きな声で言われりとびっくりするぐらい綺麗で心が揺さぶられる。
「…授業、始まるよ」
私は彼に背を向けて階段を降り始める。
「行こう、竣くん」
足が軽やかになる。一段飛ばす。二段も飛ばしてしまう。
竣くん。
竣くん。
……………お、男の子をこうして名前で呼ぶの幼稚園以来だ……いや苗字だけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます