ボーイ・友達・ガール・プリーズ
僕たちは勢いよくノックもせず保健室に飛び込んだ。
彼女を素早く椅子に腰かけさせる。そして。
僕も安堵で床に倒れた。
「き、君―!?」
保健室の先生のうろたえを聞きながら僕は気絶した。
「きゃあ、あ、あにゃあ‥‥‥」
「‥‥知ってる天井だ」
保健室で寝たことは一学期に1回あった。あの時は‥‥そう、林間学校に行くのが嫌すぎて林間学校前日に家から持ってきた下剤を飲んで保健室で午後を過ごし、そのまま流れで林間学校を休むことに成功したのだ。後日暫く下痢癖がついたのだが。
‥‥何分ぐらい寝てたのだろうか。とりあえず起き上がろうと一度寝返りを打った。
さっきお姫様抱っこした女の子と目が合った。
僕は全力で逆方向に寝返りを打った。
‥‥‥カーテン閉めてよ先生‥‥!
こ、これは不味い。さっきの事からそう時間は立っていないのかもしれない。
動転してたとは何てことをしてしまったんだ。
謝るべきだろうか。いや謝れ。駄目だよ謝らないと。
「あの‥‥‥」
よしいいぞ、腹から声出せ。
「ごめんなさい」
良し言え……ん?
僕はゆっくりと振り返る。
彼女はこちらを向いていた。紙で顔はすっぽり覆われどんな表情をしているのかもわからない。
「私、わがままを言って勝手に、自滅、して困りました、よね」
………。
「舞い上がっちゃって。身勝手に共感とか期待して、押し付けて。私はいつもそうで。こんなのばっかり」
…………。
「私、いつも誰かと話すとその誰かに迷惑をかけるんです」
「私は誰ともお話しできないんです」
「私は、好きな本の話も、好きな芸能人の話も、昨日の何気ない出来事も、話せません」
彼女の言葉は今までに聞いたことがないくらい流暢だった。心の声がそのまま吐き出されてるぐらいに。
「私、昔は友達がいたんです。でも、その友達とこじれたんです。男の子が私にとられたって。クラスの真ん中で泣いて。私とその男の子は委員会が一緒で何回か話しただけだったんです。でも、私は何も言えませんでした」
「私、その男の子の事別に好きとかじゃなかったのに。噂された事がなんとなく優越感を感じていたんです。私は人気の男の子にモテちゃうんだって。最低です。性格ブスです。だから私は何も言えませんでした。」
彼女の声が震えていく。
「毎日無視されました。毎日嫌がらせを受けました。私は怒れませんでした。だって一番私が怒っていたのは自分自身で、いつしかその怒りも冷めてしまって。私は学校で話すことをやめました」
僕は頷いた。
「そしたら分からなくなったんです。どうやって話かけていたか。どうやって友達を作っていたか。どんな話をしたらいいのか。クラスも変わって、中学生になってその頃の子達と離れても何も、思い出せなくなりました。声の出し方すら忘れました。阿保ですよね。
そのうち私は、何を考えているのかも分からない人の顔を見るのも怖くなりました。だから髪を伸ばして顔を隠しました。顔を隠せば、もう昔みたいに誰かに変に好かれる事はないのかなって言い訳して。違うのに、違うのに…!」
僕は黙って、頷いた。
「私、私、怖いんです」
彼女の髪の隙間から微かに見えた瞳は潤んでいた。
海の雫みたいで、美しささえ感じてしまう。
「誰かと話すのが怖い、誰かを傷つけるのが怖い、誰かに期待されるのが怖い…臆病者です、卑怯者です」
今度は、こっちが聞く番なんだ。
「私は私が嫌いなんです」
「…ごめんなさい。一人で勝手に喋って。忘れてください。私も、貴方の愚痴は忘れます。ごめんなさい。ごめんなさい」
彼女は最後は淡々と締めくくるような謝罪を続けた。
僕はいつのまにか起き上がり、手に持っていた鉛筆をノートに無我夢中で走らせていた。
「それ、では…」
彼女はベットから起き上がり、上履きを履いて、退出しようとする。
彼女が立ち上がって、カーテンに手をかけた。
僕はテンパってノートを彼女の頭に投げつけていた。
「!?」
彼女は頭を抑えてこちらを見る。
な、何してるんだ、他に方法あったでしょなんで暴力!
オロオロしている彼女に頭を下げながら、僕は震える手でノートを指差した。
彼女がそれに気づき、おそるおそるノートを拾って中身を見る。
「え、もしかして……全部、メモしてる?そして‥‥‥添削?私の…自虐と謝罪だけを?」
僕は首を上下に振った。
彼女の顔が真っ赤になり、腰が抜けるようにぺたりと床に座り込んだ。
顔を覆い髪をかきむしり、へなへなである。
「‥‥‥謝ることは、ないです」
我ながらとても小さな声だった。届いていることを願って、紡げる。
「貴方は、悪くないと、思いますから。それに、もう、話せてると思い、ます。僕より」
動悸は激しく、視界はくらむ。
でもここで言わなきゃ、男じゃない。
「誰か話すのは、怖いですよね」
「でも僕、怖いけど貴方と話せました」
「貴方となら、怖くなくなる気がしたんです」
…嬉しかった。考えている事はよくわからなくても、傷ついているのに慰めの1つも出来なくても、昨日のあの一回の会話が。
だから、もう一回。
僕は貴方と話したい。
「いや、でも…」
「僕も昨日、謝りました。お互い、一回謝ったので、おあいこで‥‥‥」
「‥‥‥了解」
そこで僕の話も終わった。
「あの」
「はい」
「‥‥‥な、なま、え、教えて、ください」
「は、はい!竣玲太です!よろしくお願いします!」
‥‥‥自分の名前を名乗ったのは入学式以来だ。ものすごく緊張するがお姫様抱っこと比べたら些細な事だ。
「‥‥‥華詩陽代、です。よろしくお願いしま、す」
「は、はい。あの、その」
「私も、あの、えっと………」
「………………」
「友達に、なりませんか?」
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