シュミレーション想定外

昨日勢いだけで約束を取り付けた男の子が。

知らない女の人に告白されてた。


「なんだ、モテるんじゃないか…」

髪の隙間から覗く光景に私は1人愚痴を募らす。朝っぱらからなんてトラウマ再発物質を見せつけられなくてはならないのだ。風紀委員恋愛禁止にしろ。…うちの中学に風紀委員会などないけど。

まあ、会話が出来なくても彼のガワの精度は高い。会話してないならそういう事も考えられる。私はめちゃくちゃな言語で話しかけて泣かれたけど。

………男の子を泣かしたのなんて幼稚園以来かもしれない。しかもその泣かせた男の子と約束をしてしまった。

なんだなんだなんだ私は。情緒不安定にも程があるぞ。つまらん3流漫画のヒロインかよ。

「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

私は膝を抱えてしゃがみ込んだ。

昼休みがこれほど来てほしくないと思ったのは初めてだった。


だが現実は非情である。

給食が目の前に出てきている。それはすなわちカウントダウンが始まった事。

いつもなら会話する友達なぞ居ない私は速攻で食べ終えて1人の自由を満喫しているのだが今日はそうはいかない。

もっそもっそとおかずを摘む。憂鬱で味は分からない。……いっそドタキャンしてしまおうか。

いやいやいや。私から誘ったのにそれは最低だよ。酷いよ。オニデビル様だよ。

……私から誘った理由、か。

彼があの時書いた愚痴。悲鳴のような本音。

私の胸に飛び込んできたストレートボール。

………あの続きを聞いてみたかった。彼の愚痴の先にある、彼の何かを。

そしたら、きっと、私も。

「………傲慢だよね」

「ん!?」

隣の席の子が私のこぼした愚痴に驚いてゲホゲホむせていた。

「ご、ごめん、なさい私独り言長くて…濡れてないですかティッシュありますからちょっと待ってください、……ありましたありました1個あげます、あげますから許してください貴方に言ったので断じてありませんと心の底から謝罪いたします…」

「わ、わかった…」

……喋りすぎて引かれてしまった。

私はいつもこうだ。話そうとしても心の迷いとか独り言まで全部口から飛び出してしまう。取捨選択が全く出来ない。

これで、彼と会話が成り立つのだろうか。


軽く行こう。

コンビニでコーヒーを買うが如く。ディスカウントストアに並ぶ安売りの化粧品が如く。

気楽に、プレッシャーを感じずに行くのだ。

小粋なジョークの一つでもぶちかますつもりで行くのだ、いざ尋常に!

給食を流し込み昼休みのチャイムと同時に私は教室を猛然と飛び出した。女は器量とは言うが、今の女は度胸もないとこの先どうにもならない事が多すぎる。

………あの男の子と話した時の感情も行動も一昨日までの私には出来なかった事だと思う。

私は、私が望む私になれる可能性があの男の子にはあるのかもしれない。

もっとあの男の子を知りたい。

私が、私になるために。


図書室の解放と共に何時もの席に着く。

適当な本を広げ、その横にはノートを広げる。

1-4時間目全てを使って書きなぐった会話のアイデアノート。これをあと数分で会話シュミレーターとしていじくり回さねば。

私はさっそくペンを走らせようとシャーペンを持って書き始める…予定だった。


目の前に、あの男の子が立って居た。


………早ああああああああああ!!!そそそそんなに私との約束を楽しみにしてたのかい!?!?まってまって会話シュミレーション足りない!

そうこうしてる内に彼はのっそりのっそりと亀のようなスピードでこっちに歩いてくる。無言で。

脳細胞をトップギアにするんだ。稲妻よりも思考を上げろ。私の全てを総動員して何か。何か、インパクトある挨拶を噛ませ!!華詩陽代オオオオオオオオオオ!!!

「あ、あの…」

彼が、声を発した。

は、は、はい?彼が普通に喋った?泣き声と筆談しかなかった彼が?

というか顔面が暴力なのに声までカッコいいの駄目では?

私の会話シュミレーターは真っ白に消えた。

そしたら。


彼がいきなり私の両肩を掴んで顔を至近距離で近づけてきた。

髪がめくれ、視界が彼の顔面一色に染まる。

あ。


私の理性が溶けた。

「オゲエエエエエエエエエエエエエ!!!」

「わ、わああああああああああああ!!!」

私の理性は床と彼の手のひらにぶちまけられた。


それからは大惨事である。図書委員総出でゲロ掃除は始まるし私と青白い顔になった彼は保健室に行けと追い出された。当然だよ。

でも、アレは駄目だよ。声と至近距離のコンボの暴力は喪女の私のライフをとうに超えている。

そんな外道コンボを決めてくれやがった彼は……手をティッシュで拭きながら放心状態である。

いや何故?私がそうなるべきなのでは?

くっ落ちつけ!まずは謝るべきでしょう!手で受け止めてくれたんだよ!多すぎて溢れたけど!

ととととにかく!言う事が私にはある!

私は小走りになって彼の目の前に立った。

彼も驚いて止まり、ようやく心が戻ったが如く驚きで目を白黒させている。

「……にーはろー?」

「……………!?」

彼の肩が異常に震えた。

…スベったああああああ!中華とアメリカはベストマッチじゃなかった!小粋な軽いトーク無理!何故普通の会話が困難なのに上級レベルに挑んでしまったんだ私はよお!やっぱり最初は謝罪から入るべきだったあああああ!!!

私はその場つまうずくまって頭を抱えた。

「死にたい………」

明日からもう学校来るのやめたい。

「…………!?」

私が変わるとか、どだい無理な話だったんだ。

「…………」

口下手なイケメンな人とちょっと話しただけで舞い上がって変われるなんて期待を押し付けて。身勝手だ慢心だ傲慢だ。

「…………」

私はどうしようもない臆病で卑怯で、情けない奴でしかないんだ。

「……………!」

もういいよ。こんな馬鹿に付き合わせてごめんなさい。もう私は口を開くのも恐ろしくて出来ません。だから置いていってーーー


「へ?」


私の視界はまた暴力に晒された。

体は浮かび、手足は掴まれて動けない。

これは。巷で言う。

お姫様抱っこ。

「………!!!」

「まっ、うわあ!?」

彼は私を抱き抱えたまま走り出した。

ゆさゆさと揺れる視界の中で私は。

涙を止める事が出来なかった。


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