高嶺コミュニケーション
あれは夢だったんじゃないかと今でも思う。
だってそうだろう。
泣いて、愚痴って、謝って。
そしたら明日会おうって。
ひょっとして極度の錯乱状態で幻覚を見たのでは?
都合の良いイマジナリーフレンドが洗脳を図っただけなのでは?
考えれば考えるほどそんな気がしてきた。
考え尽くした結果、朝になった。
「………」
窓の光は清々しいくらいに輝き、一睡もできなかった僕は呆然と布団を握りしめていた。
「…シャワー浴びてスキンケアしよ」
日課のランニングはこの疲れた状態では出来ないと悟った。
シャワーを浴びたら化粧水、ニキビ防止ケア、美顔ローラー、爽やかな柑橘系の香水をサッと振りかける。僅かな髭もそり眉を整える。歯磨きも10分かけて行い櫛とワックスで髪をセットする。これがいつもの彼、竣玲太の朝の過ごし方である。が。
今日の彼は、寝不足とテンパリ具合で準備が明らかに遅れている。
(やはり夢……白昼夢、夢遊病、原因は…メンタルだよね)
ガラスを見つめ、溜息を吐いてガラスが曇る。
彼が密かに「ガラスの王子様」と呼ばれている事を彼自身は知らないがその名にピッタリな様に見えた。
「……あんた、いつまで洗面所にいんの?」
「ヒィッ!?」
驚いて彼はハンドクリームを床に落とし
てあたふたする。それをスッと拾うとそれで頭を軽く小突いた。
「…いまどく。おはよう、ねえ」
「おはよ。いつもアタシより長いけど今日は相当だな」
呆れた顔で僕の姉、竣亜香里は寝癖が立った髪と薄着のキャミソール姿でそこに居た。うちは両親共働きなので朝は大抵僕と姉さんだけだ。加えて朝7時20分。もう2人は家を出てしまっている。
すごすごと僕はどき姉さんに洗面所を譲り、そのまま居間に向かい置いてあったトーストをかじって座った。
味が全然しない。脳がパンクしてるからだ。
『明日ならいいです。図書室で』
「ウオオオオオオオオオオオオ!」
「なっ!どうした壊れたスピーカーみたいな奇声上げて!」
姉さんが心配して居間に戻ってきたが、僕はそんな姉さんに目もくれずヤケになって机の上のコーヒーを流し込んだ。
……苦い。今の気持ちにピッタリだ。
朝学校についても気分は晴れない。
…いや、いつも毎朝気分は晴れないのだ。
学校を歩くたびにまるで針のむしろの様な気分になる。
みんなが自分を見ているように感じて体は強張るし、視線が筋肉を凍らせる様に突き刺さる。
みんな僕を見て好き放題言っているような気分になってとても居心地が悪い。
僕の前も後ろも誰も歩かない。気味悪がられているのかもしれなくて、確かめようにも確かめる相手もいない。
つらい。
本当に、つらい。
「あ、あの…」
後ろから声が聞こえた。
「!?」
慌てて振り返る。昨日を除けば話しかけられたのは先生を除くと113日ぶりだ。
もしかして運が僕に追い風をしてくれているのだろうか。そうだきっとそうだ。
テンションが一気に爆発しそうになる。スキップで駆けたい気持ちを抑え、声の主と正面から向き合う。
声の主は自分より一学年上の女性。
ポニーテールが眩しい背の高い人だった。
「そ、その…君に話が…」
な、何か用があるのか。黙ってないで何か、なにか返事をしないと偏屈な人だと思われつしまう。口を開け。腹から声をかき集めるんだ。いけ竣玲太!
「ハ゛ア!!」
「はい!」と返事が出た!!!や、やっぱり昨日の奇跡からブーストがかかってる!今の僕はコミュニケーション能力ケージMAX!!!な気がする!これは、これは友達が出来るのでは!?
僕は勢いで閉じていた目を開き、彼女を見つめた。
彼女は自分から逃げる様に校舎に走っていった。
「なんだ、モテるんじゃないか…」
死にたい。死ぬか?死のう。
……そんな度胸があるならもう友達の1人ぐらい出来ている気がする。
女性を泣かせるとか最低だし、今思うと声裏返って変にドス効いちゃったような気もするしああもう反省点しか出ない。
ぐちゃぐちゃの気分のまま、時は過ぎ去り昼休みになった。
………図書室。明日。
居るのかいないのかわからない。本当に白昼夢だった気さえしてくる。
足はすくむ。また逃げられるのではないかと身体中が悲鳴をあげる。
「………」
僕はノートと筆箱を掴んで無理矢理席を立った。
図書室に着くと周囲を見回す。涙目に加えて錯乱した昨日の視界からあの約束の早口の女の子を探す。確か、髪が長くて顔も半分髪に隠れてた。貞○みたいに綺麗だったけれど。
人を探すと言う慣れない行為に変な気持ちになりながら奥の方へと入っていく。
一番奥のテーブルに、それらしきシルエットを発見した。
ほ、本当に居る…!夢じゃなかった…!!
いや別人かもしれない!まだ分からない!!
朝の失敗を繰り返さずに、今度は自分から行くんだ竣玲太!!
心臓の鼓動が訳分からないぐらいに早くなって、一歩一歩進むたびに緊張で視界すら歪む。
でも、確認する!しなきゃならない!
「あ、あの…」
よし、今度こそちゃんと声は出た!
そう思ったのもつかの間。
子鹿の様に震えていた僕の足はバランスを崩した。
そうしたら。
彼女の肩を掴んで転ばない様な体制になった。
(!?!⁇)
お、お、女の子の肩に触れた。触れた。触れてしまった。
それだけに留まらず、ぐるぐる回る瞳が彼女の顔を捉える。
肩を掴まれた衝撃で前髪が左右にズレて彼女の顔がよく見える。
大きな目。スッと長い鼻筋。白くきめ細やかな肌。とろみさえ感じる唇。
黒いカーテンの向こう側には華が咲いていた。
ガラスの瞳と華の瞳が重なり合う。
心臓の鼓動が全ての雑音をシャットアウトする。
2人は、そのまま彫刻のように数秒固まった。永遠に感じた数秒。そして。
「オゲエエエエエエエエエエエエエ!!!」
「わ、わああああああああああああ!!!」
彼女はゲロを吐き、彼はゲロを手で受け止めた。
が、手だけではどうにもならずゲロは無残にも図書室にぶちまけられた。
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