話したい。
ガラスノ王子様
私は綺麗な華だった。
私は好かれていた。
私は嫌われた。
私は、友達がいない。
昼休み、給食をそそくさと食べ終えた私は図書室に直行する。読みかけの本がまだ4冊も残っているのだ。借りればいい?私は物忘れが激しいのだ。
階段を上がって2階の図書室の奥に行く。この一番奥の狭いテーブルは私だけの庭だ。ここなら誰にも邪魔されない。
ここなら。
私はさっそく本を開く。昨日まで読んだページは覚えている。そうそうここだ。
今回の本は恋愛小説。くたびれたOLが毎朝でバスで隣に座るアロハシャツの男ともどかしくぼのぼのと距離が近づいていく恋愛物。これは良いよ良いよ。私は読書雑食だけど恋愛物は女の子ですもん。好きだよ。見るだけなら。
恋愛は見るに限る。あの甘酸っぱい青春の味も泥にまみれた腐った記憶も、当事者はもういい。
「ね!ね!ほんとにいるのかな!」
「ホントだって!目撃情報がゆっこから入ってきたもん!」
「でもうさんくさくなーい?『図書室のガラスの王子様』なんてさ」
……墨みたいな記憶を思い出したら一番その記憶を刺激しそうな奴らがやってきた。あっちいけ!!どうせケータイ小説や邦画のジュノンボーイローテの恋愛映画しか見ない人種が!ミステリやローファンタジー、時代劇物の良さなんか一生分かんないくせに!!大体ガラスはシンデレラだしテニスでもやってなさいっさ!いや今は私も恋愛小説読んでるけど!
………勿論そんな言葉を出す勇気はこれっぽっちもない。私は無理矢理目線を本に戻した。
「あ、華詩さん。知らない?ガラスの王子様!」
戻せない!というか大声で呼ばないで!!ここ図書室!!
私は首をぷるぷる振った。目も合わせずに。
それしか出来ません。そんなダサい噂なんて私は初めて聞いたのですよ。
「そっかー。ゆっち、ミーコ帰ろー!馬鹿馬鹿しー!」
「そうだねー、お菓子持ってきたんだー。センコに見つかんないよに食べよ」
「トランプもノートで作る?」
あああああ学び舎をなんだと!家でやらないか!駄目だ、もう本の中身が頭に入らない。
……いっそこのままチクリにでも行こうか。
どうせ、クラスで浮いてるのは変わらないし。またいじめなんかが起こったら不登校でもすればいい。すぐ飽きる。
………そうは思ってる。思ってるけど。
そんな勇気は、私には全然ない。
「好きじゃないなら、やめてよ!」
胸が痛んだ。
……やっぱり教室に入って狸寝入りだ。そうしよう、うん。そうしよう。
「「「キャー!!!」」」
そう思った直後、前から悲鳴がした。
その悲鳴の主は3人で、一目散に廊下を走っていく。怒られちゃえ。
…でも、何を見て驚いたのだろう。
私はゆっくりと悲鳴の聞こえた本棚の方へ歩む。
顔だけを出してその本棚の通路を覗き込んだ。
ーーーーキラキラがあった。
整った鼻筋。控えめだが主張する二重瞼。軽く筋肉がついた体付き。身長は本棚を追い越す勢いを感じた。
髪は艶やかな黒で、肌は絵画のように綺麗。
「美」男子。
イケメンという括りで言ってはならぬ人物がそこに居た。
「…ッ!」
私は思わず本を落とした。普段ならこんな事絶対にしない。
そしてバタン、と音が鳴る。
そこで男の子は目線を私に合わせて、それで。
「ヒィッッッッッッッッッ!?!?」
私より何十倍も訳の分からない奇声をあげて震えた。
私は彼女らのようには逃げられない。
何せ、今逃げる足すらもびっくりして動かなくなったのだから。
その状態のまま暫く経った。
いや誰か。いやでも誰かきてどうなるんだ。無理。何これ。
私は震えて像がぼやけるイケメンを見上げている。この訳の分からない体験はそれこそ永遠に感じた。
でも、やっぱり結構長かった気もする。
とてもゆっくりと、彼の右手は私に差し出されていたのだから。
…地震の時の小枝並みの震えだったけど。
掴んでなんとか立ってが、私はそこからどうすればいいか全く分からない。
だって目の前にはマッサージチェアのように震える男の子とここ3ヶ月学校で口を開いた事のない私。
会話が、成立しない。
私の心臓も脳も完全にパニックを起こしている。異性と話すのはあの真っ黒な時以来でもう、もう、無理。
で、でもありがとうは言わないと。
「あ、あ、あ、あえ」
何回噛むんだ私!お礼一つ言えない情けない子め!言う!言う!!言え!!!
「あ、ありが、とうございました!こんなわたしくしめの手なんぞ握らされて迷惑だったでしょうイケメンさんそれではこれで!!!」
うああああああああ!!!何口走ったんだ私!!!!どんな口調だよ!おまけに初対面の男の子をイケメンさんって何!ああああやっぱり無理!!私には話す事なんて無理!!!
そして私は逃げようとして。
彼に袖を掴まれていた。
「ご、ご、ごごごごごごご」
その声は私よりもずっと震えていて。
泣きたくなるぐらい綺麗で。
「ごめんな゛ざあ゛あ゛い゛い゛い゛」
…気づけばあっちが泣いていた。
この中学校には中庭がある。概ね縄跳びやら一輪車が貸し出しされていたりするが大抵運動したけりゃグラウンドか体育館に行くのでここは絶望的に人気がない。ましてや、その奥の曲がり角の狭いスペースには誰も居ない。
「…………」
「…………」
私たち以外。
いや、私は何をやっているの!?
突然泣き出して袖掴んできた彼もそうだけどそのまま中庭まで引っ張ってきて座らせた私も私だよ!!
「〜〜〜〜〜ッ」
頭の中がマグニチュードまで起き始めた。人はイケメンと話すだけでこうなるの?違う、絶対違う。
私は顔を伏せて泣きそうになっていた。
そして横目で見たさっきまで泣いていたイケメンさんはと言うと。
「………」
私と同じように顔を伏せていた。
まあ、泣いたものね、しかもこんなところに連れてこられたもんね。怖いよね。
だから、もう一回謝らないと。
「〜〜〜」
唇を噛み締める。
どうして。どうしてこんな言葉一つ言えないのだ。
私はまだ意地っ張りの、臆病者なのか。
口先すら言えない卑怯者なのか。
嫌だ。もう自分が嫌だ。
どうして私は。
ぐい、と。
袖を引っ張る感触がした。
え。
思わずその方向を見ると。
『ごめんなさい。急に泣き出したりしてしまい。しかも人気のない所で涙が止まるまで待っていてくれてありがとうございます』
達筆だった。
凄い綺麗な字で、地面に枝で書いてあるのに完璧に読める。
「………」
私が字に見とれていると、彼は次の言葉を紡ぎ始めた。
『僕、喋れないんです。病気じゃなくて……でも、喋れないんです』
うん、見てればわかるよ。
だって私も、おんなじだから。
『昔から喋るのが苦手で。話して暗い空気にさせる事ばかりしてきて。
僕が口を開くと皆が気味悪がるような気がして。さっきも、肩がぶつかった人に話しかけようとして、逃げられて』
君の顔が良すぎて驚いたんだ、と脳内に過ぎったがそんな事恥ずかしくて言えない。
『話したいのに、勇気が出ないんです』
彼は書き続けた。私はうなづきながら黙って見ていた。
『つまらない話をして嫌われたらどうしよう』
『空気の読めない事をして嫌われたらどうしよう』
『僕が喋るたびに誰かが嫌な気持ちになったらどうしよう』
『どうしよう。どうしよう。どうしよう』
そこで手が止まった。
彼は膝に顔を埋めていた。
数分ほどで、彼は我に帰ったように
『ごめんなさい。つまらない愚痴をしてしまいました。忘れてくれて構いません。では』
キーン、コーン、カーン、コーン……
チャイムが鳴った。
彼が立ち上がった。
背筋を伸ばした足取りで私の前を通り過ぎようとする。
私は彼の袖をもう一度掴んだ。
彼が驚いて振り向く。
私はくしゃくしゃの顔をしていたと思う。
私の心臓の鼓動は疾風よりも早くなってる。
口からは要領も得ない感情だけが溢れてた。
顔は真っ赤で髪はさっき掻きむしってぐちゃぐちゃ、足は子鹿のように震えてる。
私は、それでも。
「あ、や、え、えっ、っ私、忘れません。絶対絶対忘れません。貴方のっ、綺麗な字の言葉、私もちょっと、ちょっとだけ分かります、おこがましいかも、ですが私も、友達も、勇気もなくて、その話、いや字もっと、聞きたいんです!!!だ、だ、だから」
「サボりましょう!!!!!」
私は盛りのついた猿か。
顔が赤から青に一気に変わる感覚が襲ってきた。
終わった。これは終わった。
初対面の男の子を誘ってサボりましょうなんてエッチな本の女の人じゃないか。
私は手を袖から離して、だらんとした。
消えてなくなりたい……逃げようにも足が動かない……。
ああガラスの王子様くん、早く何処かへ……
私は俯いて涙を堪える。ここで泣いたら名前も知らない彼の事を傷つけてしまう。
さあ早く、こんなメンヘラ女なんて無視して教室に行くんだ。早く。
凍りつくような静寂が流れる。もう5時間目は始まっている。
その静寂が破れたのは。
カラン、と木の枝が落ちた音だった。
私は思わず目を開けてしまう。
『サボりは駄目です。でも、』
そこで止まっている。
私が顔を上げると、彼はぐちゃぐちゃな心が見てる顔で震えていた。汗が垂れて、涙を滲ませ、手足は震える。
やっぱり、ガラスの王子様なんて噂は嘘だ。
彼には、ぐちゃぐちゃな血が流れて必死で生きてるんだ。
私よりも、ずっと。
気づいたら私は木の枝を拾っていた。そのまま勝手に続きを横に書いた。
『明日ならいいです。図書室で』
私は書き終えると、彼の横を通り過ぎて中庭を一目散に出て行った。
私はぐちゃぐちゃな雑草だ。
私はビッチかもしれない。
私は走っている。
私は。
ガラスのハートの、男の子。ガラスの王子様と約束をした。
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