相思相哀

恋するメンチカツ

相思相哀

「おはよう、小太郎」


 ハムスターの小太郎は、今日も必死になって滑車を回している。


 カラカラカラカラ。


 ペットショップの店員さん曰く、ハムスターは滑車が無いとストレスで死んじゃうらしい……。


 カラカラカラカラ。


 そんなに必死に回しても何処にも行けやしないのに……。


 カラカラカラカラ。


 でもきっと、そうでもしないと心のバランスがとれないんだろうな……。


 カラカラカラカラ。


 わかるよ、小太郎……。


 カラカラカラカラ。


「まあ、頑張って」


 私は、小太郎にエールを送ると洗面所へと向かった。


 鏡に映る私は、やっぱり可愛い。


 パッチリお目目に黒髪ショート。


 小動物の様な出で立ちからは想像出来ないEカップ炸裂の生唾ごっくんボディー。


 そりゃ、既婚者だって分かってても同窓会で告白されますわな。


「ん?」


 私は、ふとコップに並べられた二本の歯ブラシをじっと見比べた。


 優斗さんが使っている青色の歯ブラシは、根元から毛先まで真っ直ぐに生え揃い、シャンとしている。


 一方、私が使っているピンク色の歯ブラシは劣化と摩耗で毛先が酷く荒れ、全体的にくたびれている。


 私は、対照的な二本の歯ブラシを見比べながら、ピンク色の歯ブラシ手に取った。


「ただいま」


 玄関から優斗さんの声が聞こえた。


 手に取った歯ブラシを再びコップへと戻し、急いで玄関へと向かう。


「おかえりー、出張お疲れ様でした」


 優斗さんは、私に荒々しくビジネスバッグを手渡すと足早に二階へと上がって行った。


「洗濯物出しときますね」


 階段を上る優斗さんの背中に向けて言うが、返事は無い。


 ため息を吐きつつ、ビジネスバッグのファスナーを開ける。


 中から着替えのワイシャツ、下着、靴下を取り出した。


「あれ?」


 ビジネスバッグをよく見るとサイドポケットが少し膨らんでいる事に気が付いた。


 サイドポケットに手を入れ、膨らみの元を取り出す。


 白いフリルを施したピンク色のハンカチだ。


 手に取るだけで嗅ぎ慣れない香水の匂いが嫌がらせの様に鼻をついた。


 タン、タン、タン、タン。


 階段を降りて来る優斗さんの足音に気付き、慌ててハンカチをズボンのポケットへとねじ込む。


「洗濯物出しときましたよ」


「おう」


 すれ違った優斗さんからハンカチと同じ香水の匂いがした。


「最近出張多いね?」


「ああ」


「ねえ、ひとつだけ聞いても……」


「おい! 疲れてるから後にしてくれ!」


 私の言葉を遮る様に優斗さんが声を荒げた。


「そうだよね、ごめんなさい……」


 優斗さんは、敢えて私に聞かせるかの様に大きな足音で脱衣所へと向かって行った。


 優斗さんの姿が見えなくなるのを確認するとポケットからハンカチを取り出す。


 鮮やかで品のあるピンク色は、見ているだけで涙腺を刺激し、心臓を握り潰す様に痛めつけた。


 痛い……。


 痛い、痛い……。


 痛い、痛い、痛い。


 抗えない胸の痛みに服の上から左胸を掻きむしった。


 落ち着こうと胸に手を当て、ゆっくりと鼻から息を吸い込む。


 すると、ハンカチに染み付いた香水の匂いが嘲笑うかの様に胸の痛みを助長した。


「はっ、はっ、んっ、ぐっ……」


 激しい動悸に息が詰まり、うまく呼吸が出来ない。


 ブーブー、ブーブー。


 ポケットの中でスマホが震えた。


 スマホを手に取り、画面を確認する。


 電話の着信だ。


「もしもし。……。ううん、泣いてないよ。……。明日も来てよ。……。うん、出張だってさ。……。私の事好き? ……。ありがと。……。うん、そしたら明日待ってるね」


 私は電話を切ると、何事も無かったかの様にハンカチをビジネスバッグのサイドポケットへと戻した。


「ふー」


 もう平気。


(カラカラカラカラ)


 心の中で滑車の回る音がした。

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