外伝 鉄塔の上の天使(1)

 今にして思えば馬鹿馬鹿しい思い出です。でも、あの日の出来事はよく覚えています。

 当時日本は未曽有の大震災と原発のメルトダウンに見舞われて、いくつもの町が放射能に飲み込まれ、政府は国内の防災対策を推進を開始しました。その際、政府が防衛省をの熱心な要塞建設派を抱き込んだ結果、僕らの地元は戦争と災害のために巨大要塞の一部になることを運命づけられたのです。

 町の近くに突如持ち上がった官民合同の空港計画。山の持ち主たちの願い空しく、建設は進行していき、それはやがて暴力的な闘争へと発展していきました。

 僕の父は当時林業で生業をたてていた身、周りの地主たちに言われるより早く我が家と父の小さな会社は闘争の準備に入りました。昔を懐かしむようにゲバ文字で書かれたヘルメットを眺める父の姿は今も覚えています。

やがて空港建設が本格的に始まると闘争もそれに伴い大規模なものになって。そして、いつの間にか空港は完成して、そこには空港が使えるかを調査するための飛行機を飛ばさないための大きな鉄塔が建てられていました。

ともかく僕はそんな決起小屋の父に毎日母の手作りの弁当を渡しに夕方その現場に行くことが日課になっていました、父や地主の「仲間」は全国からやってきていましたが、私の彼らの根城への侵入は誰も異を唱えないどころか歓迎され、逆にお菓子をもらったり、苦手だった勉強を教えてもらったりと結構な優遇を受けていました。

 後になって知ったことですが、彼らの根城では父にも配食がされており、僕が毎日持っていった握り飯には時より母が受け取った「外部」からの情報が隠されていたのです。つまり、僕はただ、利用されていただけという訳です。

 そんな生活が続いた時の夏だったと思います。「彼女」が私の前に現れたのは。

 その日は警察の包囲網が強固で、僕は父に教えたもらっていた地下トンネルを使って鉄塔の真下に出ました。暗い地下道をやっと出れたという解放感にぼくはぐんと背伸びして穴から這い出るときに服に付いた土を払い、はあ、と一息ついた。そんな時でした。

 上から何かが落ちてくる。反射的に僕はその羽根を拾いました。真っ白な羽根でした。

 それを拾ったあと、僕は周りを見渡しました。白い羽根。何だろうとそわそわして辺りを見回すと、それはそこらじゅうに落ちていて、そして時々上から降ってくるようだということに気付きました。

 僕の視線は自然とその羽根の落ちてきた方向へと向かいました。上へ、上へ、そして、そして僕は見つけました。夕日が暮れ、「敵機」の侵入を阻む鉄塔の後ろに赤々とした太陽が山に沈もうとしている。その上に神秘的に佇む女性がいる。その影が地上に落ちていました。

 好奇心に後押しされ、力を込めて僕は鉄塔を登っていきました。よく登ったと思います。飛行機を阻止するための鉄塔の高さは、どう考えても50メートルはあった筈なのです。しかし、年頃の冒険心のなせる業か、僕は鉄塔を登り切りました。

そして、冒険の先に彼女を見つけました。

夕日に照らされ、吹き付ける風に髪をなびかせた、神秘的な有翼種の少女がそこにいました。

 遠くの高校の制服を着て「反国騎士団」の腕賞を付けた天使は、「侵入者」にはとっくに気づいていたようで、特段驚くような声も出さずに「誰?」と振り向きもせずに聞いてきました。

 僕は父の名前を出し、そして、用事の内容を伝えました。

 彼女は、そうか、というと、こちらを見るべく太陽を背に振り向きました。

 夕日をバックに笑う有翼種の笑顔に僕はどきっとして動けなくなりました。鷲ににらまれた小動物のようにただ、その顔をじっと見返すことしかできませんでした。そして、

「ご苦労様」

 そう言って、僕のためだけに微笑んでくれました。

 ありがとう、の意味で僕は笑顔を作りました。その時です。タイミングが悪いというのはまさにこのことで、僕の腹の虫はまさにその瞬間ぐうと鳴いてしまいました。そう、まだ夕食前の時間でした。

「食べる?」

 気遣いからか、彼女は僕になにやら弁当箱みたいなモノを差し出してきました。

 やたらとでかいカップ焼きそば……210円で売ってるくせにやたらとカロリーだけが高い奴……だとすぐにわかりました。小柄な彼女の似合わない位大きな発泡スチロールの器が、なんだか不釣り合いででも、それをつんとした表情で差し出す姿が、凄く強そうで、僕は蛇ににらまれたように動けなくなりました。

「欲しくないの?」

はい、ともう一度彼女は食べかけのカップ焼きそばの容器を掴んで僕に向けて突くような動作をしてきました。意識が戻った僕は、素直に受け取ることにした。

「次は何時飯を食えるか分からないだろう。何日かに一回はこういうの食わないと、やってられないわ。」

 少し冷えて面が伸びたカップ焼きそばを一口、口に運ぶ僕に彼女はそう言って笑顔をみせました。その顔は、さっきまでこの焼きそばを食べていたせいで、顔には青のりがびっしり。味はそれほどおいしくなかったけれども、僕を見て笑っている彼女を裏切るわけにはいかないと必死で笑顔を作って美味しい美味しいといって麺一本も残さずに平らげました。

 美味しかった?という彼女に造り笑顔でうんうんと頷くと、僕も彼女も何も言わず、ただ、沈んでゆく太陽が放つ日の終わりの灯りの中で、僕と彼女は風の音を聞いていました。

「どうして、こんな所にいるの?」

 今更ながらも僕は尋ねました。彼女は言いました。ある日、革命の精神が天から降って来たんだと。よく判らないという僕に彼女は真剣な表情で、そうじゃなきゃ高校休んで活動なんかしないわよ。と彼女は笑い返してきました。

「みんな世の中今が当然だと思っている。でも、実際は隠れた搾取、暴走の力に背後から侵され続けているのよ。」

 だから、今、ここで政府の横暴に立ち向かえば、プロレタリアートは自分たちは騙されていることに気付き、同時に無力であるという考え方を放棄し、この行動の積み重ねがやがては全国を革命の嵐に導くことが出来るんだと。彼女は熱っぽく力説しました。それが間違いなのか、正しいのか、当時の僕には判断できなませんでした。ただ、流行りのアニメにそんな展開があったなあと思いながら、彼女の背後の羽根がばさっと動く様をみつめていました。

「そして今戦っている私は、自由なのさ。」

 自身満々でこちらを向いていた彼女は僕のためにばふっと、翼を広げて、孔雀のように胸を張る気高さを表すポーズを見せてきました。

「保証も何にもないけど、でも、だから自分の意思で前へ進んでいける。」

  有翼種そ存在は知っていました。クラスにも一人ました。そこの子にはクラスの男子仲間と一緒に大昔の天使の壁画を見せては、続けて「似てねえ!」と大笑いしていました。

 だけど、この時、目の前にいた彼女は、本物の天使の様だと思えました。論理不明瞭ながらも大胆不敵、決して退かない強い意志、そして、その二対の翼が、自由のを謳っている、自由、それは僕には神話の神の国のような遠い世界の存在に思えていました。

 どこにでもありがちな、映え替わりの無い普通の人生。

 安全ばかりを考える。変化を求めない保守的な姿。

 あらゆるものに縛られた安定感の上にある、安住に佇む。

 そんな自分と比べて、ただ自由で、そして自分に自信を持っている彼女が羨ましくて。それが自分の姿を恥じ入っていたのが、複雑な反転を経て色眼鏡を生み出し、それが羨望となって彼女の虚像を僕の心の中に映し出した、だから、夕日を浴びた彼女の無担保な元気が本物の天使に見えた、そういうことだと思います。

 自由は、ただ単にその態度だけで、羨望の対象になる。何故なら、自由とはそれに伴う責任に耐えていることだから。幸福ばかり追い求めるのは下劣な豚である。その事件の少し先に出会う恩師の言葉を借りるならば、あの時僕が彼女に強く惹かれたのは、そういう事なんだと思います。


 ぶううん、と言う音を立ててて飛行機が飛んできたのはその時でした。

 プロペラが二つ付いた飛行機、用途は分かりませんでしが、おそらく警察ではなく、測量会社か何か、民間の飛行機だったと思います。それを見つけると彼女はとっさに脇に置いてあった拡声器を取り出し、夕闇を背景に迫りくる飛行機に向かって叫び出しました。

「政府は歪んだ横暴を即刻中止せよ!」

 やってくる飛行機は真っ黒くて、恐ろしいものに見えました。しかし、彼女は動じず拡声器を握り締めて飛行機に叫び続けました。

「農民を苦しめる政府の暴虐的飛行場建設は即刻中止せよ!」

 それを無謀ということは容易いでしょう。だけどその白い羽を広げて強い力に立ち向かおうとする彼女の背中から垣間見れる「強さ」(もしかしたら、恐れを知らない大胆さ)を先ほどから見せつけられていた僕は、それを笑おうと考えることは出来ませんでした。

 むしろ、頼りがいがあると感じました。

 今思えばそれは学生運動が何たるか、左翼がどうだとか言う知識がなかったゆえの勘違いだったのかもしれません。しかし、当時の僕がそう感じたのは真実です。

「即刻飛行場開発を中止せよ!」

「中止せよ!」

 気がつけば、僕も一緒にそれを叫んでいた。何で?と問われたらばこう答えただろう。

 置いて行かれそうな気がしたから。

 多分それが恋だったんだと思う。自分は鈍感でいつも他人よりそういう部分が遅れていたから気付かなかったけ、そうなんだと思います。


 それが、彼女との出会いでした。

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