【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (15)

趙が次に目覚めたのは、満開の桜の木の真下だった。

「ここは……。」

 「崖」に駆け寄る。それは天然の急斜面ではなく、人工的な石垣だった。

 思い出す。ここはこの街の古城だ。

 彼女に合いに行った日、駅までの見送りの際にこの城跡に立ち寄った。

 記憶の中では冬の、寒々とした景色だった。

「小虎、春にもう一度ここにこれる?」

「分かりません。」

 そっかー、という軽い感じの表情で残念がる琴はこの本丸があった公園にやってきて灰色の街を趙にみせ、ここは春になるとすごく綺麗になる。一緒に花見をしよう。と言って微笑んだ。

その約束は、随分と違う形で今、果たされた。

手には、琴の首が抱きかかえられていた。

(姉さん……。)

 意識の回復と共に首だけになった最後の「身内」の首を抱きしめて、百戦錬磨の空軍指揮官はまるで子供のように感情を抑制することなく全身を震わして泣き始めた。

「……僕には、神様の姿が見えない……。」

何のために、何のために、と呪詛を無意味に並べ、地面を蒸らす彼の心の中に、突然過去の記憶がよみがえって来た。日帝の支配の時代、こんな満開の桜を見た記憶があった。

 そう、祭りだ。日本人たちが自分たちの宗教、自分たちの風俗を持ち込んで祭りを開いていたのだ。

「侵略者の風習なんぞ、触るな!」という風潮の中、琴は自分の手を引いて、縁日を回り、出来たばかりの神社へとお参りをした。

「姉ちゃん?いいの?」

 不安になった幼き日の趙は琴を見上げて聞く。

「みんな、日本の神様なんて拝んじゃダメだって言ってるよ。」

 それに対して琴姉はこういった。

「生きるっていうことは、変わっていくことなのよ。変らなきゃならないの。」

そんなことを言って笑う彼女の笑顔が美しくて、輝いていて、100年もの時の流れすら感じられないほど記憶の中に鮮明に残っていた。

「小虎もエルフなんだからこれから死ぬまでいろいろ変っていくのを恐れちゃダメなんだからね。そうじゃなきゃ、千年後、後悔するわよ。」

そして彼女は変わるのを止めなかった。日本人になり、冷戦を乗り越え、変わりゆく世界に身を委ね、やってくる新しい価値観を受け入れてきた。

だが、彼女は世界に裏切られた。

そして、この首と胴が切り離された姿が、その旅の終わりだ。

視界にスコップが転がっているのが目に入った。趙は一目散にその放棄されたスコップを手に取ると、本丸一番の大木の下を掘り始めた。

(せめて、最後に姉さんが好きだったここに埋めてあげよう。)

 日本人に非ざる男が、玉のような汗を流し、一心不乱な新米兵士のように彼女を弔うべく、「君が代」と「朝は輝け」を交互に朗々と歌いながら、桜の舞う城跡の地面を掘り始めた。






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