【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (14)

 趙は意識を取り戻した。暗闇の中だった。

 ここはどこだ?と視界の聞かない世界で趙は立ち上がる。目に入る光は感知できたがまだ視界はぼやけて判然としていない。周りは何やら騒がしく、笑い声、狂騒が響き渡る、まるでお祭りに用に賑やかだった。

(祭りか……。)

 まだ日帝の下支配下に入って間もないころ、琴に連れられて日本人の祭りに連れていかれたことを……そう、エルフらしいというのはそう、自身が変わっていくのを許容するということだ。そういう意味では趙は人間種に近い価値観だった……思い出しながら趙は視界を取り戻そうと必死になった。やがて焦点が合い、全容が見えてくる。

 そこは地獄だった。

「悪魔を殺せ!」

「敵を殺せ!」

 そこは見紛う事なき生き地獄だった。

 行列は祭りの山車では無く、県庁、市役所職員、保護されていた住人達の首であり、内臓であり、その残骸った。

 大声を上げて大路を行く「普通の日本人」たちの手には棒という棒には首が掲げられていた。死人の贓物を振り回し、喜びの声を上げる者たちがいた。まだ形を保っている死体を蹴り、母親の目の前で子をサッカーボールのように蹴って笑って居た。首に「私は敵に国を売りました」という張り紙がされていた女は鋭くない金属の鈍い切れ味に悲鳴を上げながらぐちゃぐちゃになるまで切り刻まれていた。

「ヒトモドキめ、これが朝鮮玉入れだ!」

 首を切った後の残った胴体にパチンコ玉をぶつける男たちがいた。パチンコ玉は首から噴き出た鮮血に染まり、赤く変色していた。

「貴族気取りのフェミは女に戻れ!」

 男たちは十にも満たない女性に発情期の豚を解き放ち、その心身に尊厳を「注入」しながら笑っていた。その脇では体が千切れてはいるがまだ生きている少年を馬乗りになった豚が内臓を食み、最後の命の灯が残る顔に糞をまき散らしていた。

「どうだ、メスの快びを取り戻したか?」

 うんうんうんとバカみたいに返事をする女の口に男が男の一物を突っ込み、快楽を得終わると、その首を別の男が叩き叩き落した。

 お母さん、お母さんとその脇腕泣く子供がいた。その子供たちを「普通の日本人」たちは取り囲み、包丁やナイフで顔をめった刺しにし始めた。目が飛び出て、鼻が不自然に切り取られる。

「俺たち東京の人間が夜中まで働いているのにそこから搾取して楽な暮らしをしあがって、東北人ども!」

 市長だった死体を吊るしては棒で叩いている一団がいた。

「これは革命だ!既得権益野郎に死の制裁を!」

 男たちはまだなんの罪もない少年を切りつけた。

 笑い声は「敵」を撃破した歪んだ喜びだ。

(嘘だ……。)

 趙は、その光景を見て完全に絶句して、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

(ここの国にはいろんな人がいて……いろんな人生が交錯する世界で……。)

 それは、彼が歴史の荒波によって消えた祖国から命からがら逃れ、かつての植民地宗主国への落ちのびるという屈辱の向こう側に見つけた「答え」の全否定だった。

 殺戮フェスティバルのど真ん中で北朝鮮将校はわなわなと震える右手を抑えた。

 琴を受け入れ、生きさせてきた、そんな国の姿じゃない。必死にそう言い聞かせた。琴と会ったときのことが思い出される。種族も違う、生まれも違う、そんな彼女が生きる場所を得て、生きていたではないか……趙は必死に目の前の現実を立ち尽くしたまま否定し続けた。

 彼らは変わった筈だ。独善と上から目線の大日本帝国から、ただ、少しづつ違う人たちが少しづつ違う人生を生きる世界。それが、この国に亡命して、彼が琴を通じて理解した事であった。

 彼女が話してた。近所の収入が少ない若者が、週に一度の贅沢として店にくる話。

 付き合いの長い老夫婦が老いも悪いもんじゃないと言いながら死ぬまで店に来続けた話。

 中学生たちが部活帰りに安いメニューの肉を毎週食べに来店する話。

 近所の引きこもりをアルバイトで雇って、地域から虐げられていた彼が立派に社会に戻ってゆくまで世話した話……。

(そうだ、これは何かの間違いだ。貧すれば鈍するという言葉は聞いた事があるぞ、そうだ、そうに違いない。これは、本当のこの国の姿じゃない……。)

 琴姉……。口にしてしまったその言葉がトリガーだった。もしかしたら、ここに琴がいるのではないか。そんな恐怖がポンプでくみ上げられる燃料のように精神にまとわりつき、火のついたジェットエンジンのように彼を起動させた。

「探さないと……。」

 意を決して趙は歩き始めた。一歩、二歩、趙は最愛の姉のように慕っていた琴を探しに前進した。

 そして三歩目、その「正義」のお題目に光輝く喧騒の中に趙は見た。

 「彼女」の首。

 首だけの彼女があった。

 首が、「希望郷いわて」と書かれた幟の先端に取り付けられていた。

「あ…………あああ」

信じがたかった。こういった残虐な地獄は初見ではない。戦争の裏で嫌というほど見て来たものだ。だが、ここに在るべきものではないという衝撃は、鉄の心の将校の精神を打ち砕いた。

(こここは、日本なのか、それとも、地獄なのか……。)

「自衛隊さん……。」

 悪魔のパレードの中で誰かが自分に気付いた。彼は首が先端に着いた棒切れをもったまま揺るぎない正義を宿した笑顔でこちらにやって来た。それに続いて数人がこちらにやってくる。全員手には「敵」の残骸を持っていた。

「俺たち、敵をやっつけましたよ。ほら……ほら……。」

 彼はそう言って棒切れの先の首を趙の目の前に差し出した。趙は、それを凝視した。せざる終えなかった。何度も目を閉じて開くを自分の認識が間違いであることを信じて繰り返した。

 間違いなかった。

 琴の首、苦悶を浮かべた首。

「姉さん……。」

「見てください。この悪魔の顔。悪魔の分際で俺たちの国を売り渡していたんです。俺たちは、やっと敵を倒したんです。」

「私は……。」

 男は趙の声を遮って熱病にうなされたような熱狂で揺るぎない正義を口から吐き続ける。

「悪魔はそこらにいる。かれらは賢いから隠れているけど、もう大丈夫です。敵は絶対に倒します。我々も協力を惜しまず……。」

「朝鮮民主主義人民共和国、朝鮮人民軍空軍中将……。」

その言葉を趙が言った瞬間、男は「えっ?」という声を上げて一歩退いた。周囲の人々も同様である。

「私は朝鮮民主主義人民共和国、朝鮮人民軍空軍中将、趙 鉉濬だ!」

 怒髪衝天、その叫びにその場にいた全員が静まり返った。そしてその血の涙を流すパイロットを凝視した。

「私は帝国の支配下で生まれ、その後抗日運動に参加して今の地位を獲得し、その後すべてを失い再び日本に住む人になった。国は何度も変わった。」

 正義の熱狂にうなされていた彼ら「普通の日本人」たちに徐々に恐怖の感情が沸き上がって来た。理由はわからなかったが、何か、禍々しいものを呼び込んでしまった。ということは大勢が理解できた。

「私は抗日を掲げながらも、心の奥では「二つの祖国」を信じ続けていた。そして再び日本の戦士となって、私はこの三年、「二つの祖国」のために戦ってきた。そして、悪魔の手段に手を染めながら、戦いの中で二つの国に共通して存在する血の通った人間の心を守って来た。」

 この世の生き物の形相とは思えない血走った眼で周囲を見渡した趙の眼力に一部の「普通の日本人」たちはその場で力なくへたり込むもの、逃げ出すものもあらわれた。

「お前たちは、その全ての価値観を破壊した!原罪を克服した日本と流浪の民となりながらも誇りを失わない我々、その全てを棄ててまで辿り着いたのが、ここだ!自分の姿を見ろ!お前たちは見紛う事なき悪魔だ!」

 一歩一歩、彼らのほうに歩きだす。足元の魔方陣は彼らが見たことないほど複雑な術式を描き、彼の拳から流れ出る血が次々と渦を巻き始めていた。

「地獄に堕ちろ!チョッパリども!」

 狂乱常態のエースパイロットは禍々しいまでの暴力を自身の魂魄から解き放った。

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