【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (13)
逃げるため、焼け爛れるビルのの壁を伝いながら琴は合庁の最上階を目指していた。
使用は皆無だったが、飛行魔法は知っている。それに最近のビルでは魔法式の飛行ユニットが緊急脱出のために設置されている。
そして、上を目指しながら、彼女は行方不明の孫を探していた。共に逃げた人々も、見当たらない。
「返事して、おばちゃんだよ………。」
返事は無い。それどころか、人の声もまばらになっていた。
代わりに代わりに聞こえてくるのは殺せ、殺せの掛け声と、悪魔のような笑い声と絶望からくる叫び、嘆き、絶叫のシンフォニー……。
それでも、上へと登りながらではあるが、彼女は孫の名前を呼ぶことを止めることはしなかった。
こうなったのも、私のせいだ。と自分を責めた。もし、もっと避難民に美味しい冷麺を炊き出しで出していたらば、彼らもこんなことはしなかっただろうし、こんな酷い目に合うことはなかった筈だ。そんなことばかり考えながら上を目指す。
「おばちゃんだよ……。」丁度29階の階段前に来たときだった。階段の上、そこに孫の脚が見えたのだ。
幻覚か?と二度見する。間違いなかった。確かに孫の脚だ。
確かに脚だったが……。
その脚は地面に付いては居なかった。
どたどたどた………。背後で孫の死体を支えていた手製の槍で押し出され、投げ捨てられるように孫「だったもの」は前屈みになったかと思うとびたんと音を立てて琴の前まで階段を落ちてきた。
びたん
びたん、びたん
びたん、びたん、びたん、びたん、びたん、
血まみれになって。上から降って来た。
「あ……。」
そして転がってきた「孫」の姿を彼女は見てしまった。
腸が原形をとどめないくらい滅多刺しにされ、下腹部が異様に膨れ上がっていた。目はつぶれ、鼻は切り取られていた。どうしてこんなことに、怒りと恐怖ので頭が一杯になった。
「みぃーつけた……。」
恐怖で言葉すら出なかった。琴の心は恐怖で満たされた。そして、孫「だったもの」が転がってきた先に、恐る恐る視線を移した。
人がいた。
人が立っていた。
人々が、薄ら笑いを浮かべながら立っていた。
見上げると光を世に薄ら笑いを浮かべた老若男女の「普通の日本人」達が揺るぎない正義を秘めて立っていた。
「悪」と戦う揺るぎない正義の炎を燃やしながら。
三角頭巾の白装束や団体のTシャツに身を包んだ動物愛護団体の一団がついさっきまで「孫」がいた空間の背後に居た。
「マモノだ……。」
「敵だ………。」
「悪魔だ。」
静寂が僅かの間継続した後、「殺せ!」の掛け声と共に動物愛護団体の一団が階段を駆け下りてくる。
「立てよ飢えたる者達よ!革命の日は近し……。」
下の階段から反国騎士団の戦士達が鎧のような禍々しい衣装を着て彼女を目指して登ってくる。
原発陰謀論者が現れた。フェミニストが現れた。平和主義者が現れた。アジア解放伝承の語り部が現れた。宇宙人の信望者や形にならないもやもやとした怒りを持った者もあらわれた。
ありとあらゆる「悪」を処罰することを望む「普通の日本人」達は朝鮮から来た「日本人」を取り囲み、鋸や竹槍を持って琴に一歩、一歩近づいてゆく。
「悪魔の女だな……残念ながら死ぬがよい。」
同じく棍棒や刃物を持った老若男女の「普通の日本人」の接近が始まった。ガラスは厚く、例え魔法を使い切っていなくとも、脱出は不可能だった。
「ち……違う……。」
じりじりと後退できないままガラスに背中を追いつけて少しでも距離を取ろうとする。だが、その努力空しく彼らは琴を八つ裂きにしようと接近を止めない。
「私は、悪魔……じゃない……。」
「では、何だというのだ!」有翼種の革命の志はゲバ棒を目の前に突きつけて言う。
「私たちは虐げられてきた……!」一歩、一歩と琴を追い詰めながら威嚇として羽を広げる。
「お前に虐げられたモノの気持ちが分かるか!」
「あ、あなたなんて……知らない……」
「ふふふ」有翼種の女は嗤った。「バカみたい。差別や搾取している人がいつもサディスティックにしているわけじゃないじゃない。そうよ。それが当たり前だと思う事。それが差別や搾取の本当の姿なの。」
違う、違うと琴は喚きながら。尻もちをつく。死への恐怖が徐々に彼女の思考から理性を、普段の感情を奪っていく。
「だから、貴女は私より幸せそうだ。これが貴女が悪魔である証拠だし、それ以上のの客観的、科学的、革命的理由付けは必要ない。」
まだ否定を繰り返す琴の言葉も空しく彼ら「普通の日本人」は揺るぎない正義と正視出来ないほどの信念にあふれ、彼らはその言葉を無視した。
「悪魔は皆、そう言うのだ!」
「悪魔だ!」
「間違いないかと。」
「ころせ!」
「コイツが元凶だ!」
「慈悲はない!」
「正義」達は彼女にじりじりと刃を持って接近する。血で濡れた服からは異臭が立ち込め、歪んだ笑みと信念によって変色した瞳が琴を追い詰める。
琴はもう正気を保っていられなかった。先ほどまでは発狂しながらも、まだ心に理性の領域が残っていた。だが、もうその理性は散逸し、ただ、死にたくない、死にたくないという恐怖ばかりが神経を駆け巡り、脳を締め付ける。
「違う、違うわ!……本当よ……本当に私は……私は悪魔じゃ……!」
殺せ!の合図を誰かが行った。千本の槍と千本の棍棒がエルフの焼き肉屋の店主に振り降ろされた。そのまま服は剥ぎ取られ、柔らかい肢体は二つに、四つに、やがては無数に分裂させられていった。
悪魔じゃない!悪魔じゃない!最初彼女はそう言って抵抗していたが、肺を繰り抜かれ、腹に杭を打ち込まれる頃には言葉を発することがなくなっていた。
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