【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (8)

 反対側から上がってきた能代航空の機体を見て、不意に過去の人事を思い出した。

 人材の話になり、「教育は投資だ」だと趙が言ったときの事、官僚とJ-フォースと自衛隊の面接官達の顔に笑いと侮蔑の笑顔が走った。

「コミーは投資の基本を知らないようだ。」

 彼の笑い声は趙の記憶に鮮明に残っていた。

 彼が言うには投資というのは支払をしたのならば、相応リターンを期待して行うもの。しかし、今の我儘な子供たちはそれが期待できない、という旨の話を永遠と下品な言葉で語り続けた。

「……ところが現代の若者は働かない、そのくせ権利ばかりを要求する。そんなコストばかり掛かり、まともな税金を払わない人的不良債権は早急に捨てて、代わりの熟練技術者を金で引っ張ってくればいい。」

 彼らはそうだ、そうだ、といってそれを肯定した。馬鹿に人権は無い。彼らこそ税金泥棒だ。と合唱し、嗤っていた。傭兵として外国に出る機会も多かったためこのような「資本主義的」人間を特段驚く事はしなかった。

 だが、それは絶対に間違っていると趙は確信していた。あの少女たちや、琴の住む世界は、命をコストの天秤に平然と乗せる冷たい世界ではない。全ての生きるものに笑顔を振るい、涙を流す。価値観は移ろい、変ってゆくが、生き血の通う暖かい世界な筈だ。

 機体を傾けて大地を見る。そこには、一つの大地、一つの世界があった。命は地球より重いとする心、「謀略国家」の姦計にも負けずに彼等が守り通した「世界」だ。そして「姦計国家」が拉致と核開発で揺さぶりをかけようとも、ここに住む民にはそれが真実で有り続け、それは彼女の世界の心であった。

 そして趙は、その真実を守り抜く事こそ彼女の住む街を守り抜く事だと思った。

 勿論、趙は将官であり、軍人である。人的リソースを経済ベースで動かす職務に身を置かねばならない。しかし、裏切り者の名を受けても、その非人道を持って守り抜かねばならない宝物があった。

「そうだ、琴姉、僕は君がいる限り、心は悪魔にはならないぞ。」

 彼は苦笑した。4年前まで「姦計国家」で彼は自分の空軍の事だけを考えていた。しかし、今はどうだ?彼女に再会していらい、彼女の住むこの世界が愛おしく、美しいものだと感じるようになった。

 再び父の言葉が思い出される。二つの国の人間であることを、趙は誇れるに至っていた。

 電子の視線を敵の来る、南側に戻す。趙は敵機の数が減っているのを確認したが、それが何を意味するのかを彼は理解しかねていた。

 空母機動隊への援軍はあり得ない。艦隊と陸上部隊は完全に独立しており、空母完成による政治対立の激化もあり、考え辛い。盛岡への空爆任務を実行する部隊への援護も、可能性は高くない。未だ完璧な制空権が取れていない空に爆撃機を向かわせるなど、自殺行為に等しい。遠方からの巡航ミサイルの攻撃ならば護衛は不要だ。

 戦力を温存。これはあり得そうだ。国土の大半が震災で灰燼に帰した日本、敵側から見れば真綿で絞め殺すように戦えばいいわけで、補給と士気を喪失して自壊させれば済む強敵とわざわざ一騎打ちする道理はない。

 そこまで考えた時だった。通信が入った。相手は津軽海峡のAWACSだった。

『コラギ1へ、アスターより、敵機方位188、距離150キロ、エンジェル・ハイ。(高度はこちらより上)……機種判別、MiG-31、速力、マッハ5!』

 驚く時間すらなく「それ」は戦場に飛び込んできた。

 ピ、ピ、ピ、ピ、ピという断続的な警報が突如鳴り響いた。ECMを確認すると確かに起動している。警報器に再度視線を向ける。ディスプレイに表示された敵の存在は自律誘導に入ったミサイルのみ。依然MiG-31は直進。

 (そもそも、撃った母機はどこだ?)

 回避運動に映り、接近するミサイルから見て横に横切るようにビーム起動を実行、ECMは停止する。近づかれては敵機を惑わすはずの電波が敵を引き寄せてしまうのを避けるためだ。

 警報がそれでも鳴りやまないためビーム機動からスプリットSで反転、チャフをばら撒いてミサイルから逃げるようにミサイルに背を向けバレルロール……筒の中をなぞるような動き……を繰り返してミサイルの運動エネルギーを奪ってゆく。

 警報は消えた。

『喰らった!』

 コラギ4の韓の声だった。無線の向こうからの警報の音が説明よりも状況を物語っていた。

『カン、脱出しろ。よくやった。』

『コピー、脱出します。』

 途端に無線はキャノピーが吹っ飛ぶ音と風、そして座席付近での爆発音……恐らくは脱出シートの射出音だろう……が聞こえて、沈黙した。

『待って!』

 突如慌てた声を上げてきたのはジュグド2、瞬 娥詠(スン アヨン)だ。趙はその言葉を遮らなかった。それを承諾と理解した瞬は彼女自身も信じられない被害を語り始めた。

『MiG-29一機更に撃墜、ピョガリ6と思われます。』そして、息を飲んで更に恐るべき事実を突きつけた。

『学生飛行隊、私の隊を除いて、全滅しました。』

『編隊ごとか!』

『間違いありません。』

 答えは出た。接近中のMiG-31から発射されたR-33,またはR-37の仕業に違いない。かつて異兄弟にあたるのAIM-54フェニックスは中東で密集していた編隊ごと屠ったことがある。それと同じく密集陣形が仇になった。ミサイルの断片や撃墜された機体の破片を食らって編隊ごと学生たちは壊滅した。

 そしてそれらは対戦闘機用のミサイルではない。爆撃機やその他機動のできない大型飛行機に撃ち込まれるものだ。それを撃ち、なおも接近を止めないMiG-31を見て、趙は悟った。傭兵派遣会社たるK.W.I社にPMCや国営企業ではなく個人で登録している傭兵で。高度な制空ミッションを依頼されるその機体と、風変わりなエースの話を。

『マージ(会敵)、こいつはセイバーだ。』

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