【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (7)


 合同庁舎の文字通り目の前で炸裂した爆撃機の衝撃は、そのまま建物を直撃した。爆風は、硬いガラスを突き破り、内部で慎重に後退戦を行ってきた市役所、県庁の職員達を4階から18階までを丸ごと焼き払った。そのさらに上数階も、駆け上がって来た衝撃波がフロアを駆け巡り、公僕たちの心身を破壊していった。長い後方支援を失った下の階の公僕達 は更に傷つき、孤立していった。

「突入!」

 配られた日本愛国党の鉢巻をした。「普通の日本人」達が突入した。

「ゲパルトーォォォォ!!」

 配られていた反国騎士団の鉢巻をした「普通の日本人」達が突入した。

それに続いてフェミニスト達が突入する。反ジェンダーフリー主義者達も突撃する。イルミナティ―陰謀論者達が、反金持ちの貧困者が、レイシストが、そして、言葉に出来ない不満を持った様々な「普通の日本人」達が突入する。もうそこに、市民も難民も無かった。それは一つの不満の渦であり、刃を付けたカオスだった。

 避難対象者達を守る者たちはもはや生き絶え絶えで障子戸ほどの防御も期待できない

「戦うぞ」一緒に避難したワーウルフがそう言った。手には、どこからともなく調達してきたサスマタを持っていた。

「戦う?なんでさ?」

 琴は抗議した。戦ったら彼らを刺激するだけだ。冷麺の材料でも探して振舞おうとするほうが何百倍もマシに思えた。だが、彼は否と否定した。

「皆地震と戦争で心の導火線が短くなってたんだ。それに敵探しときたもんだ。今のこの合庁は奴らにとって悪魔の巣窟なんだ。」

「悪魔……。」

 言われた琴は衝撃を受けた。何が起こっているのか理解できず、下の階から突入してくる人の群れを見ながら彼女はそれが現実だということを認識しようとして突然周囲に対して現実感を失った。

(自分は何もしていない。)

 彼女には難しい思想はわからぬ。彼女が他人のために出来ることは店を開いては冷麺を作り、それで人を幸せにする。それくらいしか考えられないし、出来なかった。

 うわああああという掛け声が会談を登ってくるのをまるでそういう映画を見ているかのように無関心に聞きながら、自問自答する。

(私は恨まれることなんかしていない……。)

 もしかしたらば、自分がもっと他人にやさしくしていたらこの悲劇は防げたのだろうか、と彼女の抽象的思考は精神空間の中で右往左往する。例えば、炊き出しの冷麺をもっと多く作っていれば……。そんなことを現実感なく考えていた。考えることしかできなかった。

「来るぞアイツら……。対話は望めるか?」

「いや、あの様子では話し合いは不可能だろう。」

 それらの周囲の会話ですら他人事のように聞いていた浮遊していた魂は突如、孫が視覚に入った途端に現実に引き戻された。そしてこれが現実であるというのを彼女は受け入れた。

 自分一人なら、どうにかなる。だが、降りかかる火の粉は払わなければいけない。

 大丈夫大丈夫。と孫の頭を撫でた後、不安そうな表情をする孫のために背負っていた避難袋から菓子を取り出して与えた。そしてそのまま避難袋の中の探索を続行し、「あるもの」を取り出した。取り出したのは昔、日本兵から奪った大日本帝国製の三式軽詠唱杖、古めかしいがリミッターがかけられた現代の民間向け杖より出力は遙かに高い。

「………悪魔で、いいよ。」

 いち、にい、さん、で魔力を杖に流す。魔術回路の機動を確認。魔術式は戦闘用と治癒術用が簡素な形で入っている。

(悪いけど、悪魔には悪魔の事情があるのよ。)

 息を整える。自然と誕生したリーダーの指示に従い、子供たちと共に孫を上に逃げる引率に引き渡すと周りの避難予定者たちと共に階段を駆け下りた。

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