【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (6)
「やめるんだ!」
余りの惨状に後方で指揮を執っていた藤谷市長が入り口の時と同様に前に出て来た。
「もういいでしょう。気が済みましたか?」
市長はこんな状況にもかかわらず、いまだ笑みを絶やさず
「今ならまだ許します。落ち着いて、おちついて………。」
と言って彼らを許そうとした。
だが、その場にいた「普通の日本人」たちは怯みもせず、出てきた市長を指さした。
「見ろよ、権力者だ。」
「人の税金でたらふく食べて安全な後ろから指揮している人間の屑だ。」
「お前らは飢えろ、俺はたらふく食ってるぞ、ってか?」
「市長殺すべし、慈悲は無い。」
「やめるんだ!みんなやめるんだ!やめ…………。」
市長の周りに人が集まり市長の身体に無数の攻撃が振り下ろされた。
「やめ……。」
やがてその声は形容し難い悲鳴となってその市民食堂にかつての日のようであり、だが決定的なモノが違う歓喜と賑わいをもたらした。
市民食堂は地獄となった。
無数の職員が犯し殺された床はぬるぬるとした血に覆われ、鋳た鉄をそのまま腐らせたような匂いが充満し、その様が生き残ったすべての人間の精神を狂わせた。
大混乱を呆然として見ていた後方支援担当の若手職員は足下の違和感に気づいた。
生きている、少女の上半身だった。
「下半身、私の下半身探して!」
必死の形相で県庁マークの入ったの作業服に掴み掛かる少女、彼は余りの恐怖と混乱の中で正気を失い、彼女に手持ちの斧で殴りかかった。
殴った瞬間、かれは正気に戻った。
戻ってしまった。
「あはははは………。」
彼は破綻した。理想を求め、公務員を目指した彼は目の前の現実を認識してしまい、己の矛盾と理論破綻についに狂った。
「あっはっはっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
ぐしゃっ、ぐしゃっ、ぐしゃっ………。
彼は笑いながら再び狂気に堕ちた。正義の公務員として守るべき少女を斧で滅多切りにした。
その惨劇の中から彼を救ったのはもう少し後に建物に突入した爆撃機だった。
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一回に戦地に向かう編隊を2つに増やしたが、絶え間ない敵機の襲来は勢いが衰えることはなかった。
『飛んでくるのは戦闘機ばかりだ。』
再び戦場に向かう趙は今戦いが行われている戦場の異常に気付かざるを得なかった。
先程から現れるのは戦闘機ばかりで爆撃機は一機もいない。数に勝る敵はこちらの戦闘機が防空で手一杯になるのを狙っている。
たとえ、空戦で勝利しても相手の作戦を成功させたらば意味がない。心を鬼にして低空の探知を優先することを決定する。2番機のピョガリ1に指示して二手に分かれたのち低空にレーダーを合わせる、レーダー角度を5度下げたのち、目的の「それ」はすぐに見つかった。
『コンタクト!まだスパイクは来ない。』
瞬時に判断してR-27ERを発射。セミアクティブ式ではあるが、電子戦の応報がいつ始まってもおかしくない状況ではミサイルの窮屈な筒内にレーダー送信装置を置くアクティブレーダーミサイルより信頼が置けた。
『とんだスーツケース爆弾だ。』
ミサイルが命中し、その破片が飛び散る光景を確認して趙はそう愚痴った。
Su-24だった。低空侵入となると山の稜線が天然の遮蔽物となってレーダーを妨害する。さらには高い高度からだと地上からの猛烈な電波の乱反射に攪乱されて探知は難しい。勿論その可能性は高いと思っていたが、そこに制空部隊を加えられると、分かっていてもどうしようもない。
上空では損害が広がり始めていた。
ピョガリ隊の2機が損傷を受け、戦場を離脱した。学生たちは一撃離脱を徹底するはずであったが、迂回してきた部隊に逆に側面を突かれる形となった。
地上からの攻撃はない。全て弾薬を消耗するか破壊された。
離脱を指示する。学生たちは北へ、ベテランのコラギ、ピョガリ隊はそのまま降下して散開。その際に可能ならば降下をしながら市街地に向かう機体がないか索敵するように指示する。これ以上戦闘機の接近を防ぐのは無用だ。街の北側、滝沢には陸上自衛隊の駐屯地がある。敵がまだ兵力配置を掴んでいない土地の対空火器を恐れて北方への追撃を緩める可能性に賭けるというのは悪くはない。学生たちという餌に対して深追いするなら散開し、低空に潜んでいた部隊で包囲してしまえばいい。
学生たちは思い思い編隊の維持すら忘れて逃げ始める。一方の二つのMiG-29部隊のパイロットたちは整然と高度を落とし敵機の眼前から消え去る。MANPADSを警戒してか、敵機はそれ以上低空までは追ってこなかった。手慣れだな。と趙がその様子を確認した時、戦況確認用のディスプレイに輝点が一つ輝きだした。
Su-24、また一機。市の西側にある御所湖から狭い平野部を超えて現れる。
『ハイウェイで待ち合わせをする。』
趙は進路を変更。接近するがっしりとした体格の剣士に燕の長槍の照準を合わせ、酸素マスクがしっかり装着されているか、酸素は送られてきているかを再確認して一瞬の一騎打ちに向けて呼吸を整える。
『コラギ1、FOX1、FOX2!』
一度しかない真正面からの撃ち合い。ためらいなく残ったR-27を赤外線誘導、セミアクティブレーダー誘導の両方を発射する。だが、ここで敵機が視界に入って趙は驚くべきことに気付いた。Su-24は二機編隊だったのだ。それがあまりにも接近しすぎていたため電子線の嵐の中で一機とコンピュータが誤解をしていたのだ。
『コラギより各機、誰でもいい。ハイウェイから駅まで1分以内に来れる奴は来い。』
「ハジキ、引き返します。」
声が下した。学生パイロットだった。
『学生は駄目だ!』
燃料計をディスプレイに出す。基地は僅か100キロ先、十分あるなと確認して、単独で迎撃を決意する。
スロットルを最大まで押し上げ、機体の制御コンピュータをオフに、それと同時に魔術式を脳と血管に這わせる。ミサイルが運が無い方のSu-24に突き刺さるのを見た瞬間、操縦桿を一杯に引き寄せる。あっという間にGは10を超え、周囲が回転し始める。すぐ「横」を、……つまり真下を……もう1機がすり抜けていく
(間に合え、間に合え……。)
失速の兆候を指で感じながらヘルメット照準をオン、ロックオン、R-73を発射。15Gの中で身体を石にしているためFOXコールは無し。R-73を撃たれた敵はフレアを払撒き、ビルを盾に自機のエンジンの火炎を隠し、これを回避した。
『コラギ1、レリース、シュリンカー』
反転を終えた趙の機体は失速寸前だった。そこから、数秒だけ周りの大気を縮小し、インテイクに導く。普段はやらない、いざというときのための取って置きの戦法だ。
まるで野生動物が飛び跳ねるように空中で不自然な加速を開始する。二基のクリーモフRD-33が咆哮し、HUD左上のキロメートル表示の速度計がみるみるうちに再び亜音速まで戻ってゆく。
そしてそれ以上に速度は上がってゆく。スロットルは押しあげたまま、レーダーを切って背後に熱をまき散らす敵機をIRSTで敵機を追跡する。
(もう一発。)
再びR-73は打ち出される。敵の音速の剣先は鈍った。アフターバーナーを絞り、高度を地面すれすれまで下げ、フレアを撒いてあと少しのところにある盛岡駅操車場まで辿り着こうと足掻く。足掻く。しかし、多数の爆弾を背負い、加速が鈍っていた機体は今まさに爆弾投下ボタンが押されようという時に趙の一撃を食らってしまった。よりによって弾庫の直下に。
そして、その弾庫は開いていた。
敵機は空中でいきなり炸裂した。市役所と県庁の入った合同庁舎の前で大炸裂した。機体は周囲のビルに高温の破片をまき散らしながら無数のガラス窓をたたき割った。
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