【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (5)

 彼の二度目のソーティーは前回ほど簡単ではなかった。敵も小手調べではなく全力で制空権を取ろうと向かってきた。

 レーダーで津軽海峡の奥に引っ込んだ自衛隊のAWACSや、空母攻撃に駆り出されているそれに代わって、150キロ先に接近する敵機を確認した。

『ジュグド1、遠足に出発してくれ。どうぞ。』

了解。の声が聞こえた。

『ジュグド1より、これよりクリストファー隊、発進する。』

 「コラギ・ドージャン」の鬼の師範代、林 孫河(リン ソンガ)は、無線の向こうでそう元気よく返事をした、続いて、未熟なパイロット達が元気よく返事をし、無線に答える声が聞こえてきた。趙はそれを聞きながら彼らが一人でも多く明日を迎えれる事を祈った。彼らはまだ己の「戦闘機」……F/A-50は練習機の派生の軽戦闘機でしかない。……での飛行時間が100時間に満たないものも多い。

 多機能ディスプレイを戦況表示に変更。周囲の戦況が地図の上に表示される。その能代と書かれた地名からMiG-29に率いられたF/A-50の編隊が現れる。20分もしないうちに到達するだろう。

 一息ついて敵機の位置を確認。100キロ先にJ-10の編隊が2機が四機、その後ろにMiG-29が二機ついている。こちらはコラギ隊が2機、ピョガリ隊が2機。機体は四機ともMiG-29K、艦載機型の燕は通常型よりミサイルの搭載数が多い。手数で学生達が来るまでは粘れるだろう。

『学生達の到達まで空域を死守する。2機編隊ずつ、敵の左右編隊を狙う。』

 編隊長として指示を出したのち、従うピョガリ1と共に担当する編隊に向けてR-27ERT、続いてERの双方で牽制の一撃を発射する。

 ミサイルを延長して手に入れた長射程を生かした先制攻撃を食らった敵編隊は崩れた。だが、崩れながらも離脱する4機は崩した編隊を新たに編成して二つの二機編隊を形成、狙われた2機が組む編隊が回避行動に移った。レーダーロックを食らわなかった2機は前進を継続。

 趙はディスプレイに表示される戦況表示を確認、二つの編隊は現状は同じ状況にあって双方の援護は期待できない。だが、そのために「壁」を温存していたのだ。

『ピョガリ1、スプリットSでケツ撒いて逃げる。』

という趙の僚機への声と、

『お待たせしました。クリストファー、到着しました。』

林の声が聞こえたのはほぼ同時だった。

『よし。側面だ、突け!』

 間髪入れず趙は指示を入れる。

 ジュグドこと林に率いられた編隊はレーダーを切ったまま趙の二機編隊を追いかける4機にそれぞれ二手に分かれて接近する。武装は西側標準装備のAIM-120だ。

『レーダー入れろ。一斉にロックだ。』

 趙を追う二機編隊は、さすがにレーダーを使わない接近などという小細工はデータリンクで見抜いたものの、そのロックにより追撃を諦めざる終えなくなった。だが、先行の二機不幸にも彼らはコラギ1、ピョガリ1に接近しすぎていた。

『なんと鈍い軍用犬だ……。』

 スピードを出し過ぎて旋回が鈍った敵機の編隊は全てのタイミングを計った趙の減速からの石化魔法で体組織強化を使ったの急速なターンでミサイルの必中圏内に入ってしまった。彼とピョガリ1との必殺のR-77が打ち出され敵機二機は爆炎と共に大地に還った。

 そのまま趙たちは直進、学生たちの追撃で撤退中のJ-10が反転してこないように牧羊犬のようにこれを追い立てる。

『インディア270、さあ、次は西の編隊だ。』

 林とその学生が半ば放置されているもう一つの編隊に突入する。こちらは監視役のMiG-29が飛び込んだせいで圧倒的不利な状況に置かれていた。趙は牧羊犬の仕事を済ました後、彼女たちの南を飛行する。敵機がさらに現れたら自分たちが囮になる算段だ。

『クリストファー・アルファ、状況報告。』

 ターンの指示から間髪置かずもう一つの編隊に向かわせたクリストファー・アルファ4機の大半がどうなっているか、林はディスプレイの戦況表示を確認する。敵機は5、味方は3。こちらには編隊の中で能力が高い四人を向かわせ、彼らにわざとらしいロックオンからのAIM-120発射により時間を稼ぐように指示していた筈だった。

『おい、アルファ1,2,3,4、誰か返事をしろ。無事か?』

 それがどうしたことか、学生たちのF/A-50は一機だけしか生き延びていないではないか。これには林も驚いたのか、声が落ち着きを失っている。

『こちら、アルファ4、僚機全滅。』

 林は一言も責めず『ジュグド1、了解。』とだけ返事をする。攻めても仕方がなかったからだ。空中戦に絶対はない。臨機応変さが求められ、小さな判断ミスが死に繋がる世界で生き残った彼女を空中で攻めるのは酷だとも思った。

 帰還後、彼女が言うには。彼らの接近に気付いた敵は学生たちの編隊にミサイルを叩きこんだ。ここで2機が失われ、激高したアルファ2は「退避するからお前らも逃げろ。」というコラギ隊からの言葉を無視し、そのまま戦死した。そして、言いつけを守った彼女だけが残された。

『よく生き残ったアルファ4。』

 趙が周囲を警戒しながら彼女の健闘を褒めたたえる。

『生き残ってしまっただけですよ。私は……。』

 

『君はスーパーマンじゃあないんだ。人には限界がる。限界ギリギリまでは頑張りなさい。だが、それ以上は悩んではいけない。』

 一秒が命取りの空で自傷自虐に走ろうとする彼女を趙は生き残ったことはやましくなんかないと遮った。動揺する彼女に趙は続ける。

『……。』

 アルファ4はそれでもなお、不安定な精神で動揺し続ける。無線越しに漏れる嗚咽の声がはっきり誰にでも聞こえた。

『アルファ4、君の名は?』

『はい?』

 牧羊犬のように敵機を追い立る趙からの言葉にアルファ4はえっ!という驚きを受けた。そしてそれは、彼女の心の中の土砂降りの雨の中のような自虐を停止させた

『名前だよ。生き残ったご褒美だ。名前を教えてくれ。』

 労わる様な声、まるで父親が娘を心配するような声に心を許したのか、涙も自虐も止めた少女ははっきりと歴戦のコラギ隊隊長の言葉に回答した。

『……安奈、中条安奈です。TACは、マーベリック……。』

『マーベリック。さあ、君は小さな英雄だ。胸を張って生きて帰り給え。』

 去ってゆく敵機の生き残りたちを追い立てながら趙は自己嫌悪に陥りそうな声の少女を罪の意識から解放した。そして、戦場で仲間のために泣く彼女の戦場経験の浅さからは想像もできないぐらい冷静に戦い抜けた彼女の理性を褒めたたえた。

 そして再び空中で彼女が意識を立て直すのを確認すると時間の許す限り彼女と翼を並べて燃え上がる街の上を飛行した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る