【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (3)
静かだったのは最初の10分だけだった。
小手先調べのJ-10が現れ遠巻きにミサイルを発射。すぐさま対応した。
チャフも使わず回避をした。ミサイルから逃げるように進路を取り、ミサイルのロケットモーターの燃焼の後に残った運動エネルギーと位置エネルギーを失わせ、これを回避した。
眼下には灰色の死んだ町が広がっている。
盛岡……琴の生きる街……。
(そうだ……ここでみんな、生きている。)
旋回のさなか、キャノピーフレーム越しにミサイルの影を確認する傍ら、黒ずんだ街並みを趙は一瞥した。
(この町には琴姉が住んでいる。)
彼女の事を思った。彼女は政治や戦争の手垢が付いた自分とはちがう。小さな店と小さな世界のために懸命に生きている。その姿は花よりも美しい。だから、その美しさに。両手を広げて守る価値がある。
そんな彼女を受け入れ、意見の相違をすれ違ってくれたこの街は、守る価値がある。
そして、それを守るこの国は、守る価値がある。
(まるで愛国者だな……。)
趙は苦笑する。かつてはその国に出て行けと叫び、ヒト、モノ、カネを奪う組織の一員だったのは、何かの皮肉かとも思えた。
不意に父の言葉を思い出した。まだ日本人が偉ぶって平壌の街を歩いていたころ、父は日本人を半島から追い出そうとした。そんな父に、いかに日本人が邪悪なのかというのを友人伝いで聞いた言葉をそっくりそのまま伝えると、父は激怒した。
「日本人は、邪悪だから侵略してきたんじゃないの?」
そういうと、父は更に怒った。父は日本人を恨んではいなかった。父は、彼らは、生きるために止むに止まれず「兄弟」を襲ったのだ。と、そう言った。抵抗運動の一員でありながら、父は一風変わった世界観を持っていた。
それから少し間を置いて、いつもの物静かな顔に戻った父が、こんなことを話した。
「俺たちはいずれ日本人をあの小島に追い返す。だがな、もし、こっちが日本人の家に攻め入って奪い殺したら、どうだ?そんな仕返しをしるのが「兄」たる朝鮮の正しい姿か?違う……だから、俺はお前に必要以上に日本人を恨んでほしくないんだ。いつか、侵略者を追い返し、何百年の時の流れた二人の兄弟のわだかまりが収まった日に、お前は朝鮮人であることと、日本人であることとを誇ってほしいんだ。」
(今なら……誇れる……。)
操縦桿を握る手が強くそれを握らせた。
チャフをばら撒く。赤外線誘導を恐れ念のためにフレアを撒く。アフターバーナーを消し、思いっきり振り返る。
(姉さん、僕は、この大地に守るに値する価値を見つけた。)
キャノピーフレームに張られた写真に目を遣る。琴と、仙台から夏休みにやって来た孫との写真がキャノピーのフレームに張り付けられていた。
(姉さんを受け入れてくれる人々、家族や友人の幸せを願う優しい人々……。)
趙の重力が指し示すそれとは異なる「上」で爆発する敵機と、交差する味方の機体が交差する。横隊同士の交戦で勝てると踏んで仕掛けてきたのだろう。それが、彼らにとって命取りだった。
(僕は、それを守りたい。姉さんが住む、守るに値する、この世界を。)
後方20キロに敵機を発見した。R-27ERを発射する。
セミアクティブレーダーのそれが勢い良く翼下から発射される。敵機はミサイルを発射。対する敵はPL-11アクティブレーダーミサイルを発射する。
『コラギ1、レリース、ミラージュ。』
詠唱装置を起動する。魔法が唸り、妖気が機体を取り囲んだのち、「それ」は機体から離脱するように飛んでいった。
MiG-29の形をした幻影がミサイルからのレーダーを本物と同様に攪乱し、ミサイルの誘導を攪乱した。影に紛れて「本物」も回避行動を継続、趙の機体は激しい機動により敵がレーダーのシンバルから漏れる。暗闇で目標を指し示し、そこに向かわせるのがセミアクティブミサイルならば、今ミサイルは光を失い、暗闇のの中を飛んでいるといったところだろう。命中は期待できない。
だが、それでよかった。後ろには僚機が姿勢を立て直してこちらに向かってきている。
さすがに2対1になった状況では、勝ち目はない。J-10のパイロットはそれを判断して撤退を具申、許可を受けて敵機は後退を開始した。
進路を元に戻す。先ほどの敵機は空戦をする気も無い様でそのままレーダーの射程外へ消えていった。
(ここに、この大地は……守るに値する……。)
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