【3】Ace May cry : Collapse day 5/5 (1)


 朝起きたら全てが夢であればとは何度も思った。しかし、そのようなことは無く、端末と部下からやって来る報告はいつも通り「絶望」を告げていた。

 一関市の中SAM がとうとう全弾を撃ち尽くした。

 最前線と一関の間の空を守る兵器はもう、無い。

 空は「何処かに居るかもしれない」ステルス機に対する本能的恐怖をAWACSの撃墜により刷り込まれた「お偉いさん」達が怯えた結果、盛岡上空より南……F-35とAWACSに至っては津軽海峡以南……には味方の機体は飛んでいない。

 その奪われた空の下、毎日続々と目にハイライトが消えた難民が安住の地を求めてやってくる。北海道への避難プランは破綻しかけ、多くの難民キャンプはそのキャパシティーを超えたまま放置されていた。

 海上には敵空母が航行し、大湊に錨を下す護衛艦「はりま」のレールガンの射程に入らない位置から航空機を発進させて、海路からの補給を妨害し、下北半島および重茂半島にあるレーダーサイトへ圧力をかけ、その防衛の関係から沿岸へ残りのSAMおよびその他の対空火器を拘束している。その数も、日が経つにつれ、心細いものとなっている。

 東北以外の全地域で地震計を計測を振り切った大地震で国土は寸断され、戦略機動もままならないまま国を侵略者に明け渡した彼らの運命は、無限大に暗い。

「これが今の現状だ。」

 フライトスーツを着込んだ趙は部下たちの前スクリーンの資料を指し示しながらそう説明した。

「そして、これが衛星写真でとられた数日前の硫黄島だ。」

 機密というパンドラの箱から取り出された資料が映し出される。つい一週間ほど前に死闘の末に奪われた硫黄島の基地の写真。拡張された滑走路が映し出され、映像は粗さを増しながらその脇に並んだ機体に焦点を合わせ始めた。

「Tu-22M!」

「Su-24も、H-6も……。」

 驚きの声が上がった。無数の爆撃機が翼を休めていた。

「硫黄島の監視部隊によれば中国軍および連邦軍の航空機部隊はどうやら本州からこちらを速やかに追い出す予定らしい。」

 富士山の爆発によって関東一円の基地、飛行場が使用不可能になった時、中途半端な航続距離の攻撃機部隊しか持って来ていない彼らの攻撃は距離の壁に阻まれて減衰するだろう、大型爆撃機を持ってくれば万事解決だが、戦争の「費用」が頭をもたげるのは目に見えているので中国及びその傀儡の朝鮮連邦はそれはしないだろう。既存の戦闘機のみで攻撃をしかかてくる。と予測していた趙も彼の部下も整然と並ぶ戦略爆撃機と大型攻撃機の群れにはただ無力感を感じるしかなかった。

「そして内通者からの情報で敵の目標が分かった。目標は二つ、こちらの弾薬の中間物資貯蔵地点である盛岡駅と横手駅だ。そして報告によれば本日空爆を予定しているのはこの盛岡だ。」

「何故、盛岡なのですか?」

「横手駅と違って盛岡のSAMは退くわけにはいかなくなる。その場合撃破は容易だ。。それをおびき出して破壊する気なのだろう。そして盛岡から一関までの対空火器を封じた場合、どうなると思う?」

「まさか……。」

 全員が「ある可能性」に行き当たるまで時間はかからなかった。

「対空ミサイルの射程に「はりま」以下艦隊が入るのだ。大湊の放棄は現実のものとなる。」

 どよめきが駆け巡った。いま日本が辛うじて本州を捨てずに残っているのは大湊に残っている艦隊の存在だ。それが本拠地で危機にさらされるという自体となればそれはすなわち本州の失陥を意味する。

「だが、それよりも上の連中は太平洋沖を航海する敵空母機動隊の撃破を優先すると「進言」してきた。」

 今度は笑いが起こった。趙は紆余曲折合って本州防衛の全てを担当する地位についていた。が、それは敗北のリスクに怖気づいた自衛隊が責任を取らせるために作った電気椅子の上の傀儡だった。彼は全てを担当しながら何の権限も持たない。言うなれば他人の身代わりにギロチンにかけられるためにその地位にいるのだ。

「全自動首肯機として対応したよ。」力なく馴染みの部下たちに答える趙も、絶望の中で笑いを絶やすほど弱い存在ではない。笑いながらも、その心はまだ折れてはいなかった。

「日本にあるすべての対艦ミサイル発射可能な機体は空母部隊に向けられる。だが、我々だけ任務を修正し、南から来る爆撃機に対する対応に割り振った。今から諸君らは盛岡上空でローテーションを組んで一組30分のCAP(戦闘空中哨戒)を行ってもらう。コラギ隊とピョガリ隊が交互に2機づつだ。作戦空域が真上同然のため、増槽は懸架しない。また、能代航空専門学校の学生たちにも増援を頼んでおいた。限定的な戦力でしかないが、数は彼らに任せる。」

 それを聞いて兵士たちは落胆の顔を浮かべるようなことはなかった。能代航空の戦闘機操縦課程には趙がエリート傭兵部隊の補充要員部隊兼エリートパイロット育成部隊たるピョガリ隊から「コラギ・ドージャン(虎の穴)」と恐れられた優秀な教官パイロット2名を送り出していた。彼女らに鍛えられた歴戦のエースたちは若者たち最低限の空での「踊り方」をわきまえている。決して雑魚などではないという期待が持てたからだ。それが今からやってくる爆撃機や巡航ミサイルを取り巻くであろう無数の護衛との戦力格差への恐怖を少しだけ和らげた。趙はその態度の変化を見て良しとした。

「一番隊は私が飛ぶ。2番機、ついてこい。」

 了解、と敬礼した二番機を一瞥した後、本日の割り当てを発表し、質問が無いことを確認した趙は頼むぞ、と言い残して愛機を目指して歩き始めた。

 機体に乗る。長年乗って来た愛機のMiG-29Kがトンネル内で待っていた。電子機材を起動し、燃料ポンプを稼働する傍ら、趙は機体のキャノピーフレームに琴の写真を貼り付けた。

「今行くよ。姉さん。」

 誰にも気づかれないように独白を終えると同時に無線機の電源をオンにして、それから編隊無線に波長を合わせた。

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