第14話 やっぱりキケンなのはこの人だわ(涙)
一件落着じゃないわ! 何落ち着いてんだ、私!
新川透がどうやって私と松岡さんが会っている現場に現れたのか、という最大の謎が解き明かされてないじゃないの!
近くの駐車場まで歩き、白いレクサスに乗って十分後。
ようやくそのことに気づいた私は、グリンと右手の運転席の方に向き直り、新川透を睨みつけた。
「ちょっと! 何でホテルにいたの!?」
「午後の仕事は代わってもらった。莉子の一大事だしね」
「そうじゃなくて! どうやって私が松岡さんと会っていることを知ったのか、ってことよ!」
登場したときの様子から察するに、しばらく私と松岡さんとの会話を聞いていたのだろう。どういう関係か、とかも完璧に把握してたし。
しかも仕事では絶対に着ないような、高そうな三つ揃えの紺のスーツ。あまりにも用意周到過ぎる。単にGPSで追ってきた、という感じじゃない。
「種明かししてもいいけど……怒らない?」
「絶対に、怒ると思うよ」
「じゃあ言わない」
子供かよ! イライラするわ!
「じゃあ、極力我慢するから教えて」
「えー……」
「お、し、え、て! 私に聞いたとか、あんな大嘘ついて!」
「嘘じゃない。莉子が言ったのを聞いて知ったんだから」
「はあ?」
私が? 松岡さんと会うことを言ったって?
誰にも言ってないっての。何を言ってるんだか。
ちょっと待て……言ったとするならば、松岡さん本人にだけだ。
リビングで、電話で約束を……。
「んがっ!」
「莉子、すごい顔になってるよ」
私の顔なんてどうでもいいわ! これが驚かずにいられるか!
「り、リビングか! まさか盗聴器!?」
「ちょっとハズレ。置き時計を置いといたんだよ」
「……えっ」
置き時計? 何じゃそら。
……そうだ、小林梨花の姿を見つけた小型カメラ。置き時計型って言ってたっけ。そういえばその後、どうしたか聞いてなかった。
ま、まさか……ずっとリビングに置いてあったの!?
「盗撮じゃん!」
「自分の部屋だし」
「いや、だけど盗撮じゃん! 何のために!?」
「莉子が悪いんだよ。タケと一緒に補習する、とか言うから」
え、何ですか、それ? まさかそんな理由? 自分がいないときに何か起きるんじゃないかって?
ひょっとして新川弟が妙にビビってたのは、新川透に釘を刺されていたから、とかなのかな。
ちょっと、小坂さーん! この人、マジでストーカーかもしれない!
「バッカじゃないの!?」
「まぁ、念のためね。……はい、着いたよ」
キキッという音がし、車が暗い駐車場の一角に止まる。
言われて辺りを見回すと、一つの看板が目に入る。外灯に照らされた部分には『華厳学園外来者用駐車場』と書かれていた。
私のアパートの傍でもなければ、新川透のマンションでもない。
「どうして、ここに?」
「ちょっと見てもらいたいものがあってね」
そう言うと、新川透は車を降りてスタスタと歩き始めた。仕方なく、私も慌てて付いていく。
華厳学園は私たちが住んでいる町から少し山の方に入った、鬱蒼とした木々に囲まれた場所にある。
中高一貫の私立学園で、寮も完備しているためその敷地面積はかなり大きい。
正面から左が中学部一般コースの校舎で右が高校部一般コースの校舎。その間に特別選抜コースの校舎がある。
それらの校舎と繋がっている中央にはスクールコモンズと呼ばれる多目的スペースがあり、吹奏楽部の公演が行われたり、中高合同の演劇鑑賞が行われたりするらしい。
その奥には図書館や武道場、食堂。一番奥が学生寮になっている。
……と、そんな紹介をしながら、新川透は中央の建物に向かって歩いて行った。
日曜日だからか、誰もいなかった。11月下旬となると日が暮れるのも早く、もう辺りは真っ暗だ。せっかく紹介してもらったけど、何かヌボーッと建物が立ち並んでいるな、ぐらいしか分からない。
とは言え、何となく辺りの景色に見覚えがあった。
学校説明会か何かで来たことがあったかも。人数合わせで無理矢理連れてこられて、ボケーッとしてた気がする。
そんなどうでもいいことを思い出しつつ歩いていると、新川透はスクールコモンズの脇にある、大きな桜の木の前でピタリと立ち止まった。
黙ったまま、じっとその大木を見上げている。冬も近いから当然花が咲いている訳でもなく、ただただ茶色い枝が藍色の夜空に向かって広がっているだけだ。
「ここ……が、どうしたの?」
「ウチの学校の名物スポットなんだ」
「ふうん……。どうせなら春に見たかったけど。何の名物?」
「告白の」
「へぇ……」
そういう恋愛のジンクスってどこにでもあるよね。一緒にボートに乗ると絶対に別れるとか。頂上でキスをすると一生傍にいられるとか。
何度も連れてこられたんだよ、とかかなあ。過去話でもされるのだろうか。
「……莉子」
「ん?」
「話したいことがあるから、今から一切言葉を挟まずに、黙って聞いてくれる?」
「……言葉を挟まずに?」
「莉子、すぐツッコむから。話の腰を折られると困るから、まずは聞いてほしいんだよ」
「悪かったな。でも……まぁ、わかった。黙って聞く」
私が渋々頷くと、新川透は「ありがとう」と言ってちょっと微笑んだ。
桜の木の傍にある外灯が新川透の彫りの深い顔を照らしていて、ギリシャ彫刻のような陰影を作っていた。
* * *
「初めて会った時から、莉子は特別だった」
その『初めて会った』の、いつなんだろう。
それを教えてくれないことにはピンとこないのですが。
「本当はすぐにでも莉子の前に現れたかったけど……怖がらせるだろうから、ずっと陰で見守っていた」
それがストーカーと誤認されることになったんだろうか。
……ってちょっと待て、「ずっと」ってどれぐらいの期間なんだ?
「だけど、俺が忙しくて離れている間に……莉子のお母さんが亡くなって。莉子が一番辛かった時に、俺は何もできなかった」
今から一年ちょっと前。新川透は医学科の6年生……か。
そりゃ忙しいだろうね。でも、それは新川透には関係ないことだ。別に気に病む必要はないのに。
「こんなことならさっさと莉子に出会っておくんだった、と思った。だから今日は、絶対に莉子のところに行かないと、と思った……けど、結局最後は莉子が自分で解決してたよね」
まあ、ストーカー疑惑がかかってたしね……。
でも、現れてくれてホッとした。それは確かだ。
すごい勢いで畳みかけられてたしね。でも、それも……小坂さんは新川透がいることが分かってたから、かもしれないけど。
「やっと莉子の前に出れたけど、ずっと悩んでいた。大人で、しかも予備校講師としての俺は莉子の視野が狭くなるようなことはしたくないし、未来の邪魔はしたくない。だけど俺個人としては、さっさと莉子を囲い込んでしまいたい」
囲い込む……ってナンデスカ。
拉致監禁みたいなニュアンスがありますけど。
「莉子が大学生になって表に出たら、もう間に合わなくなるかもしれない。だから一刻も早く……」
「……っ!」
何かヤバい匂いしかしないんだけど! ……とツッコミそうになって、慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
や、約束だからね。我慢、我慢……。
そんな私の様子を見て、新川透は「あ、ごめんごめん」と言ってクスクス笑った。
「本音で話そうと思ったら、ちょっと力が入り過ぎたね」
本音かーい! やっぱりこの人、キケンですー!
「まぁ、とにかく……そういう訳で、本気なんだけど本気すぎると困るだろうから、軽めに……というか、ちょっと様子を見ながら接していたようなところはある。だから莉子から見たら、フザけているように見えたかもしれない」
――気の迷いだと思う。私の境遇に、同情しちゃったんじゃないかなあ。
――本気じゃないよ、絶対。アレは、私の反応を見て楽しんでるだけだ。
前に、恵に言った自分の台詞を思い出す。
ひょっとして、恵はあのあと新川透に連絡したんだろうか。
莉子がまともに取り合ってないよ、フザけてると思ってるよって。
……ごめんなさい。あのときは小林梨花のことでイライラして毒づいたけど、本当はちゃんとわかってた。
新川透は、あえて出口を作ってくれてるんだって。
毎日がいっぱいいっぱいの私の逃げ場を無くすとキツいから、そうやって――待ってくれてるんだって。
「――莉子」
新川透が右手を伸ばす。握手かなと思って私も右手を出すと、「違うよ」と言って左手を取られた。
何だ?と思っていると、左手の薬指に――指輪をはめられた。
薄い水色の石……3月の誕生石、アクアマリン?
「莉子が好きなんだ。莉子しか要らない」
「……!」
「俺と、結婚してください」
* * *
えっ、けっ……結婚!?
ちょっと待て、だいぶん飛んでないか!? 「付き合ってください」じゃないの!?
それぐらい本気っていう意思表明!? いや、どっちみち重いぞ!
口をパクパクしながら焦っていると、新川透が「あ」と小さく呟いた。
「もういいよ、喋っても」
「……っ、な、なんで結婚!?」
「それぐらい本気だよ、と伝えたくて。勿論、結婚自体も本気だけど」
「な……ぐあ……」
お、重い……。それはどうやって返事すればいいんだ。
とてもじゃないけどそんなレベルまで考えられないぞ。
ハッとして自分の左手薬指を見る。サイズぴったり。いつの間に測ったんだ。
「これ、こ、こん……」
「いや、誕生日に渡そうと思ってた指輪。とりあえず予約の予約的な」
「予約の予約……」
「婚約指輪なら、もっとカッコつけるよ」
いや、これも十分素敵だし、カッコいいですけど……。
違う、そうじゃなくて。えーと、何だか思考が纏まらないな。
「俺的にはだいぶんフライングだけど、誤魔化すのも限界だったし。ちゃんと伝えたかった」
「……」
「だから莉子、とりあえず本気なんだってことは信じて。考えなくていいし、返事は無理にしなくていいから」
「へ?」
「だって無理でしょ、結婚とか言われても」
「うん……」
「ただ、逃がす気は全くないけど」
「それ、本当に返事を聞く気ある!?」
「まぁ、猶予期間?」
何じゃあ、そりゃ……と思ったけど、これ以上言い返す気力はなかった。
だって、指輪は嬉しかったし……本気の言葉は、ちゃんと胸に刺さったから。
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