第12話 何でこうなった!?

「バカはお前だ、タケ」


 薄暗い職員用の階段の上から、地の底を這うような低い低い声が聞こえてきた。

 新川健彦の手が緩む。バッと振り払って階段の方に振り返ると、すでに目の前は真っ暗だった。


「莉子……!」

「ぎゃ――!!」


 何でここでハグなんだ!

 反射的に膝蹴りをかますと、「ぐうっ」と呻いた新川透が「莉子~」と情けない声を上げた。


「お触り禁止! 呼び捨て禁止! 何度も言わせんな!」

「だって、タケに襲われ……」

「襲ってねー!」「襲われてない!」


 ゼェハァゼェハァ、三人とも息が上がっている。何だろう、蛇と蛙となめくじ、三すくみのような状態だ。この中なら一番マシな、蛇でお願いします。

 とにかく、先手必勝だ。なめくじに溶かされる前にガブリといっちゃうよ!!


「計画? ストーカーが? つまり……とんだ茶番?」


 新川健彦が放った言葉をぶつけてみる。とんだ茶番、で健彦がゲゲッという顔をした。

 つまり当たり。兄貴に黙っててくれと言ったのは、ストーカーしていたことを黙っててくれ、ではなく、私に見つかったのを黙っててくれ、という意味だ。

 要するに、新川透は弟がストーカーだと知っていた、ということになる。


「何のためにブログを? 私に見せるため?」

「うわっ、回転早っ!!」

「だからバカはお前だと言ったんだ、タケ」

「そう言えば、ログインありだった。私しか知らないんだ、アレ」

「正解。やるな、莉子♪」

「呼び捨て禁止だっつーの!!」


 今、最高ギアで回してんの! 変な茶々を入れるんじゃない!


「あの漢字テストは弟だった。次の日に、数学の問題を挑戦してきたのも。何で?」

「もう勘弁して。俺からは何も言えない……」

「……ってことは、それも兄貴の差し金だ」

「うーん、そっちまでバレてたのか。それは予想外……」


 新川透は階段の上に座り、腕を組んで悠々としている。

 余裕しゃくしゃくとはこういうときに使う言葉なのだと思い知る。


「何なの!? 結局全部あんたじゃないの、諸悪の根源は!!」

「悪ではない。譲れないゴールのために逆算しただけだよ」

「はあっ!?」


 私と新川透が言い争いをしているうちに、新川健彦がそろりそろりとその場を離れようとしている。


「逃げるな!」

「マジで勘弁して! 透兄~!」

「行っていいぞ。むしろ邪魔」

「ちょっと! 待っ……!」


 新川透の許可が得られたことでホッとしたのか、弟は私の制止も聞かずにダダ―ッと階段を下りて行ってしまった。

 

「う~~!」

「どこから聞きたい? もうバレたし、可能な範囲で答えるよ」


 歯痒くて両拳を握り、ぷるぷるしてしまう。新川透はゆっくりと立ち上がると、なぜかウキウキとした様子で私に問いかけた。

 ぐはーっ! 何一人でこの状況を楽しんじゃってんのよ! 周りの人間をいいように振り回しといて!!


 私はぐるっと振り返ると、なぜかまたハグしようとしている新川透の手をパチンと叩き落とした。「おっと」と言いつつもニヤニヤしている新川透の顔をビシッと指差す。


「そんなの決まってる! 何でこんなことをしたのか、よ!」


 いくら推理しても、事実を並べても、新川透の思惑だけは、絶対にわからない。

 逆に言えば、それがわかれば全部がわかる気がする。

 

 指差された新川透はと言うと、両手をやや広げ

「ははっ、それなら簡単だ」

とこれまた弾むような声を出し、嬉しそうに笑った。

 待ってました、この瞬間!……みたいな感じ。

 だから、何で悦に入ってんのさ。まるでスポットライトでも浴びたような……。お前はミュージカル俳優か。


 憮然として眺めていると、新川透が笑みを浮かべつつもとても真剣な眼差しで、じっと私を見つめた。


「俺が、莉子を愛してるからだよ」

「…………はぁ!?」

「だから今はかなり不愉快。何でその姿を真っ先にタケに見せた?」

「は? え?」


 ん? あれ?

 愛……はあ? 何がどうしてどうなったらそうなるの?

 でもって、今のは愛の告白になるのか、一応? 全然ピンとこないけど。

 ――ええっ、まさかの、山田さん大正解!?


「でも、俺のためにストーカーを捕まえようとしたくれたんだし、そのプラスと合わせると、うーん微妙なところだな……」

「何に悩んでるんだかさっぱりわからない……」


 おかしいな。正解を聞いたはずなのに、ますます混乱してきた。

 だいたい、愛してるとか、寝惚けてるのか。どうも、聞いていた話とイメージが違う。

 ……そうだ! そうだよ!


「新川センセー、女嫌いじゃなかったっけ?」

「あれ、調べた? 恵ちゃんかな?」

「……っ!!」


 思わず固まる。一瞬、本当に何もかもがフリーズした。背中の下から上へ、ゾワゾワしたものが上がってくる。


 なぜ恵のことまで知っている!

 怖い! 今モーレツに怖いよ!!

 本当に何者だよ、新川透!


「答えが分かったのに、途中が全然わからない……!」

「何段階も踏んでるからね。じゃ、ゆっくり教えてあげるから、とりあえず俺の家に行こうか」

「嫌だよ! 前と状況が違うし!」

「大丈夫。……多分」

「多分じゃ困る! 聖職者でしょ!」

「学校の先生ではないしなあ」

「先生と生徒!」

「莉子、ここの生徒じゃないよね」

「うぅ……」


 どうすればいいんだ。新川透、ハンパネェ。

 ええい、だからハグしようとするなっつーの!

 ペシペシと手を払いのけながら、やっぱり好みの腕だなあとかどうでもいいことがよぎりつつもグルグルと頭を回転させる。


 あああ、落ち着いて考えられない。憐れな子羊に、力を……。

 ――そ、そうだ!


「わ……私!」

「ん?」

「3月3日生まれ! 17歳だからね!」

「……!」


 ダメもとで叫ぶと、私になおも腕を伸ばしかけていた新川透の動きがピタッと止まった。

 そうだよ、淫行! 18歳未満へのわいせつ行為は法律で禁止されていますよ。

 どうだ、参ったか!


 しかし止まったのは一瞬で、新川透はとてつもなく爽やかで素敵な微笑みを浮かべながら、肩を竦めた。


「仕方ない。じゃ、誕生日に処女をもらうね」

「おっ、オブラートに包め――!!」

「いや、莉子は裏を感じ取っちゃうからね。思った通りを真っすぐ言った方がいいんだよ。学習した」

「間違ってる! ぜーったいに間違ってるから――!!」


 私の叫びがどれぐらい新川透に響いたかは、定かではない……。


   * * *


 そのあと新川透はゆっくりと教えてくれました。勿論、ストーカー事件の裏側だよ? 手取り足取り腰取りの方じゃないよ?

 大丈夫、私の貞操は無事です。

 とりあえず、答え合わせをしよう! そうしよう!


 まず、新川透の弟の健彦くんは、兄の写真を盗撮して女子生徒に渡していたらしいんだ。

 それがバレて、兄の奴隷に。これが第1段階。


 最初の漢字テスト。これは新川透が置いたものなんだって。山田さんからトイレ掃除が私の仕事だと聞いた新川透は、確実に私の手に渡るか実験していたそうだ。

 確かに、漢字テストの前にもプリントの置き忘れは結構あったんだよね。女子トイレだけでなく、男子トイレにも。

 プリントが何時から何時の間に消えるかで、私が7階のトイレに現れるのが何時頃かを把握したかったそうだ。

 そうとも知らずほくほくと持ち帰っていた私って……。そういや莉子ホイホイとか訳の分からないことを言ってたな。

 ……これが第2段階。


 で、あの漢字テストのときは、本来タイミングを見計らって出会いを演出する目論見だったみたい。だけど途中で女子生徒に見つかって纏わりつかれ、さらに私が慌てて逃げるのを目撃してしまい、やむなく断念。

 あー、きゃっきゃきゃっきゃとハシャいだ声はしてた気がするけど、あのとき新川透もいたんだねー。逃げるように走り去ったから全然気づかなかったな。

 しかし残された漢字テストを見て「やっぱりちゃんと勉強をみてやらないとなあ」と強く思ったそう。


 ……悔しいけど、私の心の声に気づいたのが新川透、ということなんだろう。

 悔しいけどね!!


 そこで数学の問題で釣ってみたところ、私がまんまと釣られたので健彦に頼み

「7階の女子トイレにプリントを置くと答えを書いてくれる」

というウソの伝説を女子生徒に広めさせた。数学のプリントがその証拠になった訳だね。

 ……これが、第3段階。


 何でそんな回りくどいことを……と聞いたら

「勉強を見てやるよと莉子に言った所で100%『結構です』と言うと思ったから」

という答えが返ってきた。うーん、当たりだ。

 新川透は、いつの間に私の性格を把握していたんだろう……?


 そうして『トイレのミネルヴァ』の定着、これが第4段階。

 理由は二つあって、一つは私の学力を見たかったということ。もう一つは、私と接触するネタにしたかったということ。掃除のおばちゃんのはずが若い、だけじゃ弱いと思ったらしい。


 要するに、脅すためのネタを提供したのも新川透だった訳で……。

 何だそりゃ! それってヤクザの手口では!?

 

 そうそう、ブログの日付はデタラメだったんだよ。日付非表示にして本文中に「4月12日」とか書いてしまえば、そのときの記事だと思ってしまう。

 要するに、新川透は弟に自分を盗撮させ、それを使って自分で自分のファンブログを作り上げた訳だ。


 どんな顔して書いてたの、「新川センセー、カッコいいー❤」とか……。

 ある意味自分の武器を正しく使えてるね。怖いよ、マジで……。


 その目的は二つあり、被害者のフリをして私を引っかけることと、手っ取り早く自分を知ってもらうこと。

 ……これが、第5段階。すべての準備が整い、このあといよいよ直接接触、ということになった訳だね。



 こんなところかなあ……。

 あ、そうそう! 例の大笑い写真は、弟の独断だったらしい。

 偶然、現場に遭遇したらしいんだけど、透兄の良い人アピールなら絶対あった方がいいと思った、とのこと。弟なりの援護射撃だったんだね。

 それは……的外れでもなかったよ。何か貴重なものが見れて嬉しかったのは確かだし。

 だけど、自分の首を絞めることになるとは思わなかったんだね。しかもあの文面、絶対に兄貴をイジってるよね。一矢報いたかったのかな。


 聞いたのはこれぐらいかな……私の脳ミソが限界だったからさあ。

 他にも私の知らないことはまだまだありそうなんだけどね。ギブです、ギブ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る