エピローグ・とりあえずそんな感じで

 残暑厳しい、8月下旬。

 結局、毎週月曜日と木曜日の夜が新川透の個別補習、ということになった。

 悔しいけれど、新川透はかなり頼りになる。何かいろいろ騙されたけれど、私の勉強を見るための策だと思うと……有難い気持ちにもなってしまう。


「いや、ちょっと前提が間違ってるよ、莉子」

「え?」


 恵がずずっと麦茶を飲みながら私の方を見た。

 今日は二人で、新川透のマンションにお邪魔している。

 恵が「私も行きたい」と言い、試しに伝えてみたら……意外にも「いいよ、恵ちゃんには恩もあるし」と軽く応えてくれた。


「莉子の勉強を見るためじゃなくて、莉子に近づくためだよ」

「……ん? 勉強を見るために近づいた、だよね?」

「違う。近づくために勉強を見ることにした、だよ」

「……???」

「ちょっと新川センセー。ちゃんとこの子に伝えたんですかぁ?」


 台所でデザートのケーキを用意している新川透に、恵がうんざりしたような顔で言う。

 新川透はトレイに三人分のケーキを載せると、リビングに戻ってきた。私たち一人一人にケーキとコーヒーを手渡してくれる。


「ん? まぁ……一応は」

「何て?」

「莉子、愛してるよ」

「おっ……重いわっ!!」

「こんな感じかな、今は」

「……ああ、なるほど」


 何がなるほどだ。

 結局のところ、『愛』とか言ったって、ペットなのか生徒なのか妹なのか……こっ、恋人なのかわからないじゃないか。

 とにかく今はなーんにも名前がつけられないんです、この気持ちは!


「だいたい、私は付き合うとは言ってませんー」


 ……という訳で、こんな憎まれ口を叩く羽目になってしまう。

 でも、大事なラインだからね。

 『好きです』→『私も』これをやっていないというのは、大きいはずだ!

 そう、私は返事をしていません。まだしていないんだから! はっはっはっ。

 ……はぁ。


「そうなんだ。何で?」

「よくわかんないから」

「まさか嫌いなの?」

「それはない。だけど……好きの種類が……うーん、何か違う気がして」


 ご飯の面倒をみてくれるのはありがたい。勉強の教え方はプロだけあって的確。たまにハグされるのは困るけど、多少蹴っても殴っても許してくれるので、何やっても許してくれる気がして、実は嬉しい。

 でも一番は、腕かな、やっぱり!! 超、好み。男の人ーって感じがする。


 ……でもこれは、恵には言えない。腕フェチなんて、軽蔑されそうだし……。

 新川透に言うと、よからぬ方向に行きそうな気がするから余計に言えない。


「……新川センセーは、莉子のどこが好きなの?」

「それを語ると長くなるんだよね。どこから始めればいいかな……」

「いや、始めなくていいです。勘弁してください」


 ただでさえ諸々の裏事情もスキップしたんです。全部聞いてしまったら逃げられなくなりそうで怖いです。

 お願いだからそっとしておいて……。

 ……ってか、ストーカーは新川透じゃないかと思うのは、私だけだろうか。


「じゃ、1個だけね。大好物は眼鏡を外したときの顔かな」

「へ? 何で?」

「目の焦点が合ってなくてエロい」

「はい――!?」


 私は思わず自分の眼鏡を両手で押さえた。


「だから……だからか! いつも不意打ちで外すのは!」

「その方がエロい」

「エロい言うな――!!」


 ほうらね。だから私の「好き」とは種類が違うんだよ!

 子供と言われようが、納得できないんだから仕方がない。

 今はまだ、なーんにも知りたくないんです!!

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