第11話 やってやんよ!
金曜日の夜、新川透からは短い電話があった。
“ストーカー、見つけたから”
「えっ?」
“詳しいことは、月曜日に話をするよ。ありがとう、莉子ちゃん”
「えっ、ちょ……」
プーッ、プーッ、プーッ……。
オイ待てコラ、と言おうとしたときには電話は切れていた。
十時過ぎていたから、早く寝ろってことだろうとは思うけど。
うーん、本当かなあ。私が心配だって言ったから、もう関わらせないようにしようとか考えたんじゃないのかなあ。
相変わらずよくわからないけど、何か変な気の遣い方をしてそうなんだよなあ。
その証拠に「月曜日に話」って、何か変じゃないか?
ここまで関わらせたんだから、「明日」……つまり今日、土曜日だっていいはずだ。
タブレットからアクセスしてみると、まだそこには例のブログは残されたままだった。
やっぱりおかしい。ストーカーを見つけたら、まずこのブログを閉鎖させるべきだもん。
新川透は――嘘をついている。
朝の新聞配達が終わり、コンビニを覗いてみたけど、白いレクサスは見当たらなかった。
土曜日は、私は朝から夕方まで予備校、新川透は昼から夜の9時まで予備校だ。
ちなみにストーカーのブログ記事から考えると、夕方から夜の盗撮の可能性が高い。
予備校に行き、山田さんをはじめ掃除婦仲間のおばちゃんにお詫びをする。
ちゃんと食べなよ、と桃の缶詰とかりんごとか貰った。
やっぱりビタミンCは大事。新川透の言う通り、野菜はちゃんと食べないと駄目ですなー。
「新川先生に熱が出たみたいだよ、って伝えたら、顔面蒼白になってたよ」
「え……」
「昼休みにどこかに飛び出していったみたいだけど、アンタのところに現れなかったかい?」
「そんな訳ないじゃないですか」
山田さんの頭の中ではどういうストーリーになってるんだか。大いなる誤解が生じている気がする。
多分、新川透は「ハグはやり過ぎた、ヤベェ」って思ったんだろう。
何しろ相手はハグで知恵熱を出すような子供ですからねぇ。あはは。
「だって、新川先生に告白されたんだろ?」
「全然、違います!」
「ええー? じゃあ、何なんだい?」
それは私が聞きたいです。
……とも言えず「うーん」と唸っていると、山田さんは「つまんないね」と一言ボヤき、自分の持ち場に行ってしまった。
困ったもんだと思いながら、7階のトイレに向かう。本当は昨日置いておくべきだった、『ミネルヴァの宿題』。
依頼主さんは、困っていないだろうか。
余白に「遅れてごめんなさい」と一言書き、洗面台の上に置く。……すると、急に廊下からパタパタという足音が聞こえてきた。
どうしよう、今出て行ったら私がミネルヴァだってバレるかもしれない。
中に籠っていれば……変態さんじゃない限り、覗かないよね?
私は三つ並んだトイレの一番奥に入ると、内側から鍵をかけた。そっと息を潜める。
バタンと扉が開き、洗面台のプリントをガサガサと漁る音がした。
「あー、あったよ! 新川くん……」
そんな女の子の声が一瞬近くで聞こえ、また遠ざかっていった。
はぁ、あの常連さんの丸文字、女の子じゃなかったのか。そっか、男子もあり得るはあり得るよね。女子に頼んでプリントだけ女子トイレに置いてもらえばいいんだもん。
……ん? 待てよ? 新川くん?
あ、そう言えば恵が言ってたな。三男がこの予備校にいるって。
そっか、新川透の弟か……。
…………。
――あれ、何か……引っ掛かる。
医学科志望の弟。小さな丸文字の生徒。最初にミネルヴァに依頼したのが、彼。女の子じゃなかった。
金曜日の午前中、予備校外のジム通いまで突き止めていたストーカー。
もし、新川透のスケジュールを完璧に把握していたのだとしたら……?
ストーカーだって、女の子とは限らないじゃんか。
「……っ!!」
ここまで関わったんだもん、後には引けない。
この事件の顛末、最後まで見届けてやるんだから!!
* * *
夕方になり、私は真っ先にアパートに戻った。いつもの恰好じゃ駄目だ。もっと、予備校生っぽい恰好じゃないと。
今日は土曜日で、夜に高校生の授業はない。元同級生に遭遇する心配はない。
――潜入するなら、今日しかない。
まだ高校生だった去年の夏に買った、フレンチ袖のストライプ柄のワンピース。
誕生日に恵から貰った、ココナッツビーズのじゃらじゃらネックレス。
入学祝いにお母さんに買ってもらった、皮ベルトの腕時計。
それらを装備し、洗面台の鏡を見る。黒ぶち眼鏡をはずし、洗面台の脇に置いてある使い捨てコンタクトレンズに手を伸ばす。
高校生の時は授業中だけ眼鏡をかけて、どうしても眼鏡が邪魔になる体育祭ではこれを使ってた。
2年ぐらい前の物だけど、腐ってはいないよね?
眼鏡を外した私の顔は、どちらかと言えば地味だ。顔が小さくて真っ黒な髪に埋もれて目立たない。
しかしだからこそ、メイクが映える顔とも言える。一時期ハマってたんだよね。
高校にして行く訳じゃないけどさ、休日に「今日は清楚系お嬢様風」「今日は甘えっこアイドル風」とか名付けて遊んでた。気晴らしに街に出かけて、ウィンドウショッピングを楽しんだり。
高校を辞めてすっかりご無沙汰だったけれど……まさかまた、変身する日が来るとは!
* * *
予備校に再び戻り、駐輪場に自転車を止める。
生徒は通行を禁止されている裏口からこっそり入り、職員用の裏階段で2階へ。
何食わぬ顔で廊下に戻り、辺りをキョロキョロと見回す。
少し緊張しながら、教室と繋がっているフロアに入る。フロアで喋ったり勉強したりしている予備校生たちは、私を見てもスルーだった。
もともとここは500人近くも生徒がいるのだ。自分の友達以外、誰がここの生徒で誰が部外者かなんて、わかりはしないだろう。
私が私だとわかるのは――新川透、ただ1人だけだ。
その新川透は、四階の教室で授業をしていた。そして山田さんに頼んで教えてもらった新川弟――新川
兄ほどではないが、まぁまぁカッコいい男の子だった。色が白くて細い、繊細そうな男の子。
うーん、その腕じゃトキメキはしないなあ……。32点といったところだろうか。
土曜日の写真のアングルは、明らかにこの四階フロアのものだった。授業後の生徒がごった返している中、新川透の素敵な笑顔をカメラに収めていた。
昨日はアップできなかったんだもの、今日こそは絶対に行動に出るはず。
さっき念のためブログを確認したけど、まだ消えてはいなかった。新川透は、まだ絶対に、犯人と接触してはいない。
私は新川健彦の後ろの机に座った。彼はちらっと私の方を見たが、特に何の反応も示さなかった。
やがて授業が終わり、生徒たちがわらわらと出てくる。新川透も出てきた。「センセー、しつもーん!」と甘えた声を出す女子生徒達に絡まれている。
新川健彦は、スマホを取り出した。目の前に持ち、何かを調べているフリをしているけど……後ろから覗き込んだ私の目には、新川透の顔が思いっきり映っていた。多分、カメラモードだ。
何の音もしなかったけど、もう撮影は終わったのだろう。新川武彦はスマホを下げ、そのまま何気なくポケットにしまおうとした。
その腕を、「逃がしませんよ」とばかりに後ろからグッと掴む。
ギョッとしたように新川健彦が振り返った。私を見てしばしポカンとし――急に、驚いたように目を見開く。
そして私の腕を振り払うと、乱暴に机の上の道具をかき集め、ダダダッと駆け出した。当然、私も追いかける。
ガラス戸を抜け、そのまますごい勢いで階段を下りていくのが見えた。
だてに掃除婦は足腰を鍛えていませんよ。そのためにスニーカーを履いてきたんだからね!!
「待って……待ってよ、新川くん!」
「ばっ……!」
私が名前を呼ぶとは思わなかったのだろう。三階に降り立った彼はギョッとしたように振り返り、立ち止まった。
今のうちー!と三段抜かしぐらいで階段を飛び降りる。すると、今度は凄い勢いで私の腕を掴まれた。
「なっ……むぐっ」
そのまま口を塞がれ、三階の薄暗い廊下の端へ――職員用の階段へずるずると連れていかれる。
「んがっ、んぐ――!!」(何すんだ、バカ――!!)
「何だよ、話と全然違うじゃん、バカ兄貴……っ!」
「んがんぐっ!!」(バカはお前だ!!)
「とにかく静かにしてくれよ。な? 計画がバレたって透兄には言わないでくれ! 頼む!」
ちょっと待て……計画? ん? あれ?
私の予想では、新川弟が兄貴に内緒でブログを開設し、女子の気を引いていたかお金でも取っていたか、とにかく何かしてたんだと思ってたんだけど。
あれ? おや?
私の知らないところで、何かが起こってる?
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