第11話 カミングアウト、備えあれば憂いはないのか

 


「わあ、こーりちゃんパソコンはやいねー」


「おかめちゃん。うん、家でも毎日使ってるからね。結構得意なんだ」


「タカタカタターンってカッコいー」


 小学校のパソコンルーム。授業の一つとして、四年二組のみんなでここにきている。


 パソコンルームとはいえ小学生なので、キー入力に慣れるためのちょっとしたゲームをしているだけだ。


 イラストに携わる仕事がしたくて、イラストレーターを目指して絵の練習をする日々。


 家には基本的に誰も使わないパソコンがあり、ほとんど私物化していろいろと試している。

 最近は3Dのソフトも入れて、そちらもやってみたりしてるんだけど……これが結構、難しいけれど面白い。


「そもそも元の世界で事務職だったから、ブラインドタッチくらいはできるんだけどね」


「元の世界?」


「そう。おかめちゃん、これで今日の授業は終わりだし、ヒカルと一緒にちょっとついて来てくれる?」


「こーりちゃん……? う、うん。わかったよー」


 ゆっくり頷き自分のパソコンの場所へと戻っていくおかめちゃん。


 私の前では、画面の中でキーボード状に空いた穴からアルファベットの描かれたモグラが飛び出している。

 高速で繰りだされるハンマーに敗れてゆくモグラたち。


 残りの数十分間、ただモグラを叩き続けた。






「コケシが……未来からきた!?」


「こーりちゃんは青いタヌキさんだったのー!?」


 廊下のあまり人通りのない一角。設計上あまってしまったかのような隅っこで響く声。


 私という存在がこの世界にとってイレギュラーであることを、ヒカルとおかめちゃんに初めて告げた。


「いやタヌキじゃないけどね、おかめちゃん。未来からきたって言ってもあってるけど、未来のとある時点までの記憶を持ったまま幼稚園児になった、かな」


「あぅ……。難しいけど、こーりちゃんは未来のこと覚えてるってことだよねー? 何歳の時にその、たいむりーぷ、したの?」


「二十三歳。急に切り出した私が言うのもなんだけど、ヒカルもおかめちゃんも信じてくれるんだね」


 突拍子のない話に驚きこそすれ、疑いの目は向けられなかった。私がその立場ならきっと、作り話をしているのかと思うだろうな。


 私たちは今、使われていない椅子に腰かけている。

 ヒカルが、同じく使われていない机に肘をつき話しだす。


「まあ、んな真剣に言われたらな。オレたちの未来も知ってんのか?」


「……ううん。その、元の世界だと幼稚園のころ以外は関わりがあまりなかったから」


「ふーんそうか。なら仕方ねーな」


「おかめも知りたかったけど、残念だねー」


 嘘ではない。元の世界ではヒカルとはお互い、気まずくて関わらなかったのは本当だ。

 信じてくれてる二人に隠すようなマネをするのは忍びないけれど……私の知ってるおかめちゃんの未来については絶対に話さないと決めたから。


 あっさりと話を切ったヒカルが、私にきく。


「んで。なんで急にオレらに話そうとしたんだ? 幼稚園のころからだったんだろ」


「二人には、やっぱり話しておこうと思って。きっかけとしては……この世界がパラレルワールドかもしれないって考えたからかな」


「ああ、こないだの雨んときのか」


 ヒカルとは数日前に話したばかりだ。ただ、おかめちゃんはその場にいなかったためパラレルワールドが分からずきょとんとしている。

 真面目な話なので、おかめちゃんの頬を触ろうとうずく右手を押さえつつ、ヒカルにしたのと同じパラレルワールドの説明をする。


「つまり……いろんな世界に、おかめがいっぱいいるってことなんだねー!」


 目をキラキラとさせ楽しそうなおかめちゃん。

 そういうこと……なのかな?


「ぱられるわーるど、に、たいむりーぷ。マンガみたいでカッコいーねー」


「マンガっぽい、それなんだよおかめちゃん!」


「ふえ!?」


「ど、どうしたんだよコケシ」


 ガタッと机に手をつき立ち上がった私に、二人が驚いている。

 若干引きぎみなヒカルをよそに、私の考えを伝えてみる。


「こんなにマンガっぽいんならさ、他の部分でもマンガに似たことが起こるんじゃないかと思うんだよ」


「うんうん、こーりちゃんが魔法を使ったりだねー!」


「魔法はちょい別なんじゃねーか……?」


 おかめちゃんのほんわか返しに、ヒカルが真面目にツッコんだ。

 私は勢いで続きかけた言葉を、やはり伝えるのはよそうと一度口を閉ざす。



 小さく息をはいて大きく頷き、元気に二人に提案をする。


「てことで。ヒカル、おかめちゃん。校庭へゴーだよ!」


 前後のつながりのない発言に困惑する二人を押して校庭へ向かう。


あい一希いつきを呼んでくるからね、みんなで遊ぼう!」


「タイムリープの話はどこいったんだよ、コケシ」


「関係あるっちゃあるけど、ないっちゃない!」


「ねーのかよ!?」


 私にとっておなじみになりつつある呆れ顔をむけられる。


 本当に、関係なくはない。


 おかめちゃんの言った魔法という単語。

 このタイムリープが魔法のようなものなら……いつかは溶けてしまうと思わない?

 結局は言葉にできなかった。けれど、私のなかではそう思っている。


「ふふ。私のおごりだからね、じゃんじゃん飲んでいいよ」


「わーい。水道のおみずだよー」


「オレもうツッコまねーからな……?」


 蛇口を上向きにすれど、下へと落ちてゆく水。


 でも地面にしみこんだ水もまた、廻りめぐってこの蛇口まで戻ってくるのだろう。


 あるべき場所へと戻りめぐるように。

 きっと私も、元の世界に帰るときがくる。もちろん確証なんてない。でももしそうだとすれば……戻るきっかけは、おそらくタイムリープした瞬間と同じ時間になったとき。


 私にとって、元の世界とはかなり変えた、変わってしまった世界。


 これは私なりの備えなのだ。


 キラキラと、水が太陽の光を反射する。

 まぶしくもその水に手を伸ばし遊ぶ。



 今日のような日々を、私は続けてゆく。愛と一希と、ヒカルとおかめちゃんと。


 二度目――つまりこの世界での、二十三歳で迎える四月二十六日、その日まで。

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