第10話 パラソルパラレル、パラソルワールド

 


 そもそも、タイムリープとは何だろう?


 時間遡行。

 でもこれは私が心の底から何かを願ったわけでもないし、別に誰かの陰謀というわけでもないはず。


 おかめちゃんの運命の日の前に戻ったけど、その運命を変えるのが目的なら、助けた後に元の時間まで戻ったりしてもおかしくない。


 ならこれは何らかの偶然か、ただちょっと時の流れの中に迷いこんだだけなのかも。


「……つまり、私は迷子ってことかな。時の迷い子とかいうと、中二くさいけど」


「学校から家の間に迷うなよ、コケシ。つかオレと一緒に帰ってんだろーが」


 隣をあるくヒカルが、傘をかたむけ呆れ顔をむける。


 毛先が少しだけ濡れた金髪に、調整のとれた面立ち。十歳にしてイケメンの兆しがみえている。

 元の世界ではおかめちゃんの事件後に気まずく、同じ小学校に上がったにも関わらずほとんど会話もなく過ごしていた。


 今はこうして並んで帰れるほど仲がいい。


「ヒカルと、この世界で仲よくなれて良かったよ。イケメンになっても友達でいてね」


「は!? んだよ急に。ホントに何か迷ったのか……だー、ほら! あれだ、パラソルワールドがあるぞ」


「傘の世界?」


 私を正気に戻すつもりなのかバシバシと傘をぶつけ、指で前方をさすヒカル。


 下り坂のふもとには小学生が固まっているらしく、傘がたくさんみえた。

 色も描かれたキャラクターも様々。うん、パラソルワールドだね。


「父さんが持ってた本に書いてあった気がすんだよな、パラソルワールド」


「それたぶんパラレルワールドだよヒカル」


「あ? 一緒だろ?」


「パラソルは確かに傘だけど、パラレルワールドは平行世界とも書いてね、似てるけどちょっと違う世界があるって話で……」


「ちょっと違う世界ってなんだ?」


 ヒカルが水たまりを蹴りあげながら訊く。


 私も詳しいわけではないけれど、タイムリープしてから似たような状況の漫画をいくつか読んだことがある。その中にパラレルワールドの話もあったはずだ。


「ええと……確か、運命の分岐点から本来はたくさんの未来が生まれてるんだったかな。つまりさ、時限のどっかには私が男な世界もあるかもしれないんだよ」


「コケシは女だけど、男の世界もあるっつーことか」


「うん、例えばだけどね。ヒカルは将来何になりたい?」


「作文の話か? オレは……建物のさ、設計士っての。親父もそうだから」


 夢について語るのは恥ずかしいのか、傘を顔を隠すように動かす。

 十歳の私たちは成人の二分の一という記念に、将来の夢について発表する機会が今度ある。今日はちょうどその原稿用紙をもらってきたところなのだ。


「ぱんぱかマンじゃなくなったんだね。ヒカルも大人になったなぁ」


「そ、それは幼稚園のころの話だろーが!」


「ごめんごめん。で、ヒカルがその設計士になる世界があるかもだし、ぱんぱかマンになる世界もあるかもなんだよ」


「ぱんぱかマンはねーだろ……。ふーんなるほどな。じゃあ、おかめも何かが違うこともあり得んのか」


 ざっくりとした説明だが、ある程度納得してくれたらしい。


 下り坂のふもとの集団の元に着き、私たちもパラレル……いや、パラソル・・・・ワールドの一部となる。


 ヒカルの何気なく言った、おかめちゃんの未来は本当に変わっている。私の二人のきょうだいも。



 もしかしての話だけど。

 この世界は……元の世界のパラレルワールドかもしれない。




 ☆




あい! 一希いつき!」


「はふぅ……あ、おねーちゃんだぁ」


「どっぱーん!」


 のんびりと帰宅。

 傘は置いたが濡れたランドセルを降ろす前に、二人の妹が飛びついてきた。


「愛、またお昼寝してたの?」


「ふへへ。愛ちゃん、寝るのすきぃ。……あれ? おねーちゃん。愛ちゃんは愛ちゃんって呼ばないの?」


「うん。一希とおんなじで、愛ってだけで呼ぼうと思って。愛ちゃんの方が良かったかな」


「んーん。愛でいーよ! 愛ちゃんもおっきくなったから、自分を愛ってよぶの!」


 一人称を『愛ちゃん』から『愛』にするのが大きくなった証になるかは分からないけど……元気に跳ねる愛が嬉しそうだからいいかな。


「ここねぇ、どーん」


「はーい、心理お姉ちゃんだよ。一希は相変わらず爆発してるね」


「ん。葉っぱもバクハツするから」


「それっぱじゃなくて発破はっぱだよね!?」


 ちゅどんだとか、何故か爆発音をことある事に発言する一希。まだ誕生日前で三歳、末恐ろしすぎである。元の世界、つまり弟だった一希は爆弾魔にはなってなかったけれども。


「一体どこで覚えたの、そんなの……」


「前に家きた、ヒカルおにぃが教えてくれた」


「あいつぅ……!」


 一昨日おかめちゃんと一緒に遊びにきた時、吹き込んだらしい。大方、窓から葉っぱを見ながら『葉っぱも爆発すんだよな』とか微妙に間違ったことを呟いたんだろう。



 キャッキャと遊ぶ愛をいなし、一希に葉っぱは爆発しないことを教え……と忙しなくしていると、台所から不機嫌そうな声が飛んできた。


「心理、帰ってきたならランドセルくらい拭きなさい」


「お母さん。……ごめん、今拭いてくる」


「はあー、愛! もう少し静かに遊んで」


 楽しげだった愛は、怒られてふくれ顔で立ちどまる。


 元の世界ではヒステリーが目立っていったお母さん。この世界でも、私がどんなに家事を手伝ったりしてもあまり変わらなかった。


 タオルを引き出しから取りだしたあと、私もその場にとどまる。




 この世界は、パラレルワールドかもしれなくて。


 確証なんてどこにもないけど、もしかしたら――……




 ぐっと、少し硬くなっているタオルを握りしめ台所を向く。


 食器のカチャカチャとした音が大きく聴こえる。


「ねえ、お母さん」


「……何? それより、早く拭いてきて」


「言いたい、伝えたいことがあるの。あのね……」


 なかなか言葉にできなかったこと。タイムリープしても伝えづらかった思い。

 元の世界の辛さを繰り返さないために。私は、十歳の私の言葉を届けたい。


 お母さんも手をとめ、向かいあった状態で言葉を続ける。



 外の雨音と、食器に落ちる水の音が重なってきこえた。

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