第6話 おかめちゃんの運命の曲がり道
ヒカルの言った抜け穴から、私は幼稚園を飛び出した。
「コケシ!? おい、リスはどーすん……待てって!」
おかめちゃんは、元の世界では亡くなっている。
今と同じように園を抜けだしたから。
「まだ、まだ間に合うよね!?」
必死に足を動かしながら記憶をたぐりよせる。
おかめちゃんはいつもゆっくりと歩く。跳ねられたその時は走っていたが、それまでの速度を思えば追いつけないことはない。
「でも早く、早くしないと……ぅあっ!」
全力で駆けるも転けてしまう。
タイムリープ前の、大人のころの身体の感覚がまだ残っていたようだ。速く動かしたい気持ちと、小さな身体の現実との
もどかしさに混乱する頭。
けれど冷静な部分の私が、立ちあがりかけた私にささやく。
――バタフライ・エフェクト
「うるさい!」
一言、自分にそう叫び走りだす。
後ろからヒカルが追いかけてくる音がする。
青い花のあったところが、じきに見えてくるはずだ。
――妹の
「なら、元の世界と同じように生まれてきてくれる。七月に私の誕生日、九月に愛加が生まれてまた逢える!」
――弟の
「これからだよ。愛加に逢えたあとにきっと……!」
道を曲がろうとして木の枝にひっかける。頬に鋭い痛みがはしった。
――家族より、友だちをとるの?
「……っ!」
「きゃあ!」
左に曲がった瞬間、女性とぶつかった。二十代前半にみえるその女性は、とつぜん幼稚園児があらわれ驚いている。
「ええっ、なに子供?」
「おかめちゃんに追いつかないと……うぐぅ」
「足、捻っちゃったの? 大丈夫!?」
今度は鈍い痛みが足首にひろがる。
ここから先は目的の十字路までまっすぐだ。
顔を上げれば、かなり遠いが前方に小さな子が歩く姿がみえる。
おかめちゃんだ。
「見つけた……! おかめちゃん、ねぇおかめちゃーん!」
道路に倒れこんだまま呼びかける。
けれど、全く気づいてくれない。
「この距離じゃ届かないんだ。でも呼び止めないと」
再び大声をだそうとした私の、心のどこかからまた声が聞こえて喉がしまる。
――おかめちゃんを救えば、未来の何が変わるともしれない。二人が生まれなくてもいいの?
「二人には、逢いたいよ。でもここで、おかめちゃんを……助けられるはずの彼女を見捨てたら、二人の前に『お姉ちゃん』として出ることはできない」
――そんなのは私の自己満足にすぎない。
「自己満足だよ。それに傲慢だ。私は、全て救おうとしてる」
――きっと、後悔する時がくる。
「するかもしれない。けれどどうせするのなら、見殺しにした後悔よりも、命を助けて後悔をしたい。このタイムリープにも意味を持たせたい!……愛加と一希に逢いたいし、おかめちゃんも救いたいんだ!」
無事な右足で起きあがり、半歩踏みだし前をにらみつける。
おかめちゃんは、もうすぐあの十字路にたどり着いてしまう。
ぐらついた私をいつの間にか、ヒカルが追いつき支えてくれていた。
「ヒカル……」
「大丈夫かよコケシ!? なあもう戻ろうぜ」
その金の髪が眩しくうつる。
一度ぐっと歯をかみしめ、ヒカルに託す。
「ヒカル、おかめちゃんを止めて!!」
「は?……分かった!」
私の真剣な目をうけ、ヒカルも返してくれた。
まっすぐと走るヒカル。
駆けながらおかめちゃんを呼び止めている。
だがちょうどその頃、目当ての青い花を見つけてしまったらしい。
おかめちゃんが十字路を走りだす。
「おかめ!」
「おかめちゃん!」
よく通るヒカルの声。私の、喉が細まりかすれた叫び声と重なった。
ヒカルの声が、おかめちゃんの元へと届く。
横断歩道の真ん中で、立ち止まる。
遠くに見えるおかめちゃんと、目があい、聞こえないはずの声が聞こえた気がした。
「こーりちゃん……?」
トラックが勢いよく通りすぎる。
振り返ったおかめちゃんの、真後ろを。
トラックの過ぎ去ったその風で、彼女の長い黒髪があおられ高くなびいていた。
「よ、かった……よかった、よかったあぁぁ」
肩の力が抜け、道路に肘をつけてうずくまる私。
ヒカルも、急におかめちゃんの後ろを通ったトラックに驚いて足をとめる。
私がぶつかった女性は隣でしばし呆然としていたが、慌てて十字路の方へ向かった。
横断歩道で立ち尽くすおかめちゃんが、その女性に手を引かれ戻ってくる。
「おかめちゃん」
「こ、こーりちゃん。ふぇっ……こわかったのー!」
恐怖が遅れてきたらしい。
動けず座る私の前に、おかめちゃんがへたりこんで泣き出した。
目の前で大泣きするおかめちゃん。
けれど、彼女は確かに生きている。
未来が、大きく変わった。
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