第7話 夢から始まる第二章

 


『ねえ、心理ここり


『なぁに? おばあちゃん!』


 ここには私とおばあちゃんの二人きり。


 おじいちゃんおばあちゃんの家で、向かいあって柔らかい座布団にすわっている。

 大きく開いた窓から入ってくる、山からの風が心地よい。


『心理があと少しでおねえちゃんになるのは、知っているね?』


『うん! しまい、になるんでしょ?』


 細面でメガネをかけたおばあちゃんは、少しだけ怖い印象がある。マナーには厳しいけれど、優しいおばあちゃんだ。


『そう。女の子が生まれるから、妹ができるんだよ。その子と二人で姉妹になる。だからおねえちゃんになる心理にききたいことがあってねぇ』


 おねえちゃんになる私への質問。

 私は、ぐっと背すじをのばして座りなおす。ごくりと息をのんでみる。


 子供ながらに緊張感をだした私に、一瞬だけ笑ったおばあちゃん。すぐに私と同じ真剣な顔になって問いかける。


『その子の名前、心理はどっちがいいかい?』


『どっち?』


あい、または愛加あいか伊壺愛いつぼあいと、伊壺愛加いつぼあいか


『いつぼあい、いつぼあいか……』


 名前の候補は初めてきいたけれど、不思議と違和感はなかった。


 私が、妹の名前を決めるんだ!


 ワクワクとした、少しの緊張をはらんだ気持ち。初めて責任感というものを抱いたのかもしれない。


『えっとね、わたしはね――……!』







愛加あいかがいい。心理ここりと一緒の、三文字のほうがいい!……ふふ、また一つ思いだせた」


 んーっ、と伸びをして起きあがる。

 夏の朝の空気が扇風機に運ばれ、ふわりと当たっていた。


 懐かしい夢をみた。


 おかめちゃんの事を思いだしてから、少しずつこの頃の記憶も戻ってきた。そもそもが幼稚園児の記憶だし、途切れとぎれだけれど。


 食卓につき、とろけるモッツァレラチーズを乗せたトーストをサクサクと食べ進める。

 いつもは忙しそうに動くお母さんが、今日は向かいに座ってコーヒーを飲んでいた。


「あれ? お母さん、お弁当は?」


「何いってんの。今日はいらないでしょう」


「そうだったっけ」


 よく伸びるチーズを楽しみながら、おかめちゃんの頬……じゃない、事件について想いをはせる。


 トラックでおかめちゃんが引かれかけた後、そこからも大変だった。

 私たちのとおった抜け穴の緊急工事があったり、保護者への説明会があったり。


「また幼稚園ぬけだしちゃダメだからね、心理」


「しないよ、もう! すっごく怒られたし」


 まあ当たり前だ。


「それにしても、おかめちゃんだったかしら? 良かったわよねぇ。これからも友だちは大切にしなさいね」


「大丈夫、おかめちゃんとはずっと仲いいから!」


 元気よく答え、むぎ茶を飲みほす。


 笑顔がかわいいおかめちゃんには、毎日元気をもらっている。

 そうだ、今日は一緒におり紙をおろうかな。




 ☆




「おかめちゃん、おり紙しよう!」


「こ、こーりちゃん! あぅ、えと……ごめんねー」


「え」


 幼稚園に到着しほどなくした頃。

 私は、園舎にいるおかめちゃんを見つけて声をかけた。


 まろ眉を困ったように下げる彼女に断られ、両手で一生懸命に背中を押される。


 カラカラと背後で窓がしまり……私は閉めだされてしまった。


「あれ!? わ、私なにかしたかな。これはまさか、けん怠期では」


「せんたっきが、どうかしたのかコケシ?」


「洗濯機じゃなくて、けん……ヒカル!」


 一人むなしく突っ立っていた私に、ヒカルが声をかけてきた。


「コケシじゃないよ心理ここりだよ。で、その葉っぱどうしたの?」


「なんか挨拶みたいになってんな、それ」


 早口に名前を訂正すれば呆れられてしまった。

 その日はじめてヒカルに会うタイミングで大体いっているので、間違いではない。


 ヒカルは腕いっぱいに、いろいろな葉っぱを持っていた。

 この暑いなか、外でこんなに集めていて大丈夫だろうかと、少し心配になる。


「葉っぱか? そりゃ、コケ……」


「私?」


「コ、コケコッコーだ! そう、コケコッコーに使うんだ!」


「何それ……?」


 唐突に、コケコッコー、コケコッコーと鶏のなき声を真似して私の周囲をまわりはじめる。


 やはり、この暑さが問題なのかもしれない。


「ヒカル……もう、お部屋はいったほうがいいよ」


「だっ、うぐ。じゃあコケシはまだくんなよ! そっち行ってろよな」


 指さしたそこは園舎から距離のあるブランコだった。


 何故ブランコに、ときこうと振り返ればすでにヒカルは園舎に入っていた。

 なんだか遠ざけられている気がする。



「ぼっちだ。仕方ない、今日は一人で遊ぼう。もともと私だけ心が大人だし、イラストのための練習もできるしね……」


 その場に座りこみ、さびしく地面に指をはしらせる。


 数ヶ月の人間観察の結果、イラストで人物を描くには骨格を意識すればいいことが分かった。

 それならば棒人間ですむので、人のいないときに練習をしている。


「ここが肘で、手首からこう骨が――」


「こーりちゃーん!」


「あだっ!?……おかめちゃん!」


 窓の前で座っていた私が、出てきたおかめちゃんに蹴っ飛ばされる。


「こーりちゃん呼びにきたのー」


「え、どこに?」


「お部屋んなかいこー」


 服のほこりを払う間もなく、おかめちゃんに手をひかれ中に入る。


 あわてて靴を脱いだとたん、視界が暗くなった。何かが顔の前に突きつけられている。


 体を引いて見てみると……それは画用紙だった。

 さまざまな形の葉がキレイに貼られ、中央におかっぱの女の子が描かれている。


「これは……」


 腕をつっぱって絵を持ったヒカルが顔をだす。


「ん! おかめいくぞ」


「せーのー」


「「たんじょうび、おめでとう!」」


 二人の声があわさる。


 ヒカルは頬にノリの膜をくっつけて、おかめちゃんは袖にクレヨンの黒い跡をつけて。


 私の誕生日を、精一杯いわってくれた。


 避けられたんじゃなくて、これを作ってたんだね。


「すごい……! ありがとう。ヒカル、おかめちゃん!」


「えへへ。ホントは明日だけどできないからね、今日したのー」


「うん、誕生日は明日だけど……なんで?」


「明日からみんな休みだろ!」


 ヒカルに言われてようやく気がつく。


 今朝見た、夏の日の夢。あの瞬間がまたくるのだ。



 受け取った絵をだきしめ、二人と一緒に、休みまえ最後の時間を楽しんで遊ぶ。



 そうだ、明日から夏休みだ。

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