第5話 青い花から繋がる運命の記憶



 風がふけば桶屋がもうかる。


 風がふいたらほこりが目にはいり、盲目になった人が三味線をかえば、その皮である猫が減ってネズミ増えて、桶がかじられ結果として桶屋がもうかる。


 そんなとってつけたような、因果関係のこじつけ的なことわざがある。


 一見、ありえない。けれど運命なんて、人間がかんたんに予測できるものではない。



 今わたしは、幼稚園のブランコでゆっくりと揺られている。


 青い空をぼんやり眺めていると、まっ白な蝶がよこぎった。


「バタフライ・エフェクト、か。外国でもそういうくらいだし、やっぱり油断はできないかな」


 バタフライ・エフェクト。日本のことわざと似て、どこぞの蝶が羽ばたけばどこかで竜巻が起こる……という理論だ。


「――きゅーう、じゅう! こうたいだ!」


「ん? ああ、はーい」


 ぴょんっと飛びおり、次の子にブランコをゆずる。

 幼稚園には二人分しかブランコがないので、十秒ずつで交代するルール。口で数えるから、子によって十秒の長さが違うけどね。


「えーと、おかめちゃんはどこかな」


「わっ、コケ……」


「コケシじゃないよ心理ここりだよ!」


「……なくて良かったね、すみれちゃん。そうだね、心理ちゃんは心理ちゃんだもんね~」


 先生と、年少の女の子が通りすぎる。

 先生はあたたかい眼差しで声をかけながら、女の子はきょとんとした顔でこちらを見ながら。


 は、はずかしい……。


「ぐぬぬ……ヒカルのせいだよ、まったく」


 日頃の成果か。つい、せき髄反射なみの速度で反応してしまった。


 ぷるぷると羞恥にふるえ下を向いていると、足元のみずたまりが目に入った。


 まっくろな髪が水面にゆらいでいる。長さはオカッパほど短くはないけれど、前髪ぱっつんだからコケシなのかも。


「髪型かえてみるのも、バタフライ・エフェクトのこと考えるとなあ」


 まだ生まれていない妹と弟が、この世界でも無事に生まれてくるようにと思うと、ヘタなことはできない。

 まあ髪型ごときで未来が変わるのかすら分からないけどね。念のためだ。



「こーりちゃーん」


「おかめちゃん。どこ行ってたの?」


 ふわふわした足どりで走ってきた女の子、おかめちゃん。


「はっぱ、とってきたのー。どろだんごに使うの。こーりちゃんはじょうずだよね」


「どろだんごをテカテカにするのに使うはっぱだね! 昨日は雨ふったし、つくる?」


「んー……あ、みずたまりに乗せよー」


 持っていた硬めのはっぱを、みずたまりにふわりと浮かべている。


 昨夜の暴風雨で地面がぬかるんでるから、どろだんご作りには最適なんだけれど……もったいない。


「ぷかぷかしてるねー」


 あだ名の通り、おかめみたいなぷっくり頬を両手でもちあげ座りこむ。


「イラストに描けそうな顔だなー……」


「こーりちゃん?」


「ううん、なんでもないよ」


 大人なみの画力を見られるわけにもいかず、イラストレーターになる練習ができていない現状。


 けれど人間観察はできる。

 人がどう動くのか、よく観察しておけばイラストにも後でいかせるかもしれない。


 タイムリープしたのだ。行動はとれずとも、やれることはやっておきたい。



 みずたまりに浮かぶはっぱをつついて遊んでいると、ヒカルのよく通る声が聞こえた。


「いた! コケシ、おかめ。リスが……!」


「また、森でリスみつけたのヒカル?」


「そうだ。でも、死んじゃってるんだ!」



 泣きそうな顔のヒカルに連れられ、その場所へいく。


 見ると、背の低い木々のすき間にリスが横たわっていた。

 人が近づいてもぴくりともせず、確かに死んでいる。


「雨も風も、つよかったもんね。お墓つくってあげようか」


 こくり、と無言で頷くヒカル。


 おかめちゃんはポロポロと泣きながら、一つ提案をする。


「お花、あげよー? リスさんよろこぶの、青いお花とってくるね」


 園舎とは反対側、ここからは少し離れた場所へとおかめちゃんが消えてゆく。



 戻ってくるまでの間にヒカルと穴を掘った。

 リスを埋める前に、一度手をとめて話しかける。


「おかめちゃん、遅いね」


「外だしフツーだろ」


「……外?」


 ヒカルの言葉に驚き、くりかえす。


 まさか幼稚園の外じゃないよね?


「でも門しまってるし、出れないか」


「は? 忘れたのかよ。あそこのさ、小さい木んとこにすき間あいてんだ」


「ええ!? じゃあ外でちゃったのか、おかめちゃん……」


 これは先生に伝えるべきだね。

 園舎に戻ろうと立ちあがった時、ヒカルが右手側を指さす。


「あ、ここにもあるぞ! ほら青い花」


「ホントだ。少し摘んで、おかめちゃんに教えてあげなきゃ」


 横たわるリスと、手前の小さな穴。

 ヒカルがみつけたその花を右手にもった時……一瞬、頭に痛みがはしる。


 私は、ようやく思い出した。



 この幼稚園に通っていた時のことを。


 いつもコケシとからかってきた、ヒカルのことを。


 にこにこと楽しそうに毎日笑う、おかめちゃんのことを。



 当時も、死んじゃったリスをヒカルが見つけた。


 おかめちゃんは花を摘みに外にでた。


 ここにも同じ花があると気づいた私は、おかめちゃんを追って外にでたんだ。



 これは、元の世界の記憶。

 けれど今も、限りなく同じことが起こっている。



 今まで、私がこれを忘れていた理由も分かった。



 私は見てしまったんだ。


 リスに手向ける花を目指し、十字路を走るおかめちゃん。


 彼女がトラックに跳ねられる、その瞬間を。




 血の気が、ひく。


 花を握りしめた右手から、春の匂いがした。



「――おかめちゃん!」

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