☆第4話 ヒカルのイチゴ。はんにんをさがせ!

 


「おかめちゃん、かわいいし良い子だなあ。幼稚園で友達だったみたいなのに小学校一緒に卒業した記憶はないんだよね……別の小学校いっちゃったのかな」


 昨日あった女の子、おかめちゃん。


 あのあと一緒に遊んだけれど、すごく優しい子だった。


心理ここりー! もう幼稚園バス来ちゃうわよ。早くはやく!」


「あ、はーい。待ってお母さん!」


 お母さんにせかされ、パッとカバンを肩にかけ玄関に向かう。


 今日は四月十一日。タイムリープの翌朝だ。




「おはよー、こーりちゃん」


「おはよう!おかめちゃん」


 家の近くのバスロータリーでは、すでに四人の子供たちが親と一緒に集まっていた。

 バスロータリーとはいっても、バス停もなく、ただ幼稚園バスが毎朝子供たちの回収にくる場所であるだけだ。


「こーりちゃん、今日はげんきでよかったよー」


「あ、あはは。昨日はちょっとね」


 心理ここりという私の名前を、うまく発音できないおかめちゃん。昨日はとつぜんの頭痛があり、その時のことを指摘されて頬をかく。あ、自分のほっぺ柔らかい。


 幼稚園バスがゆっくりと走りだす。


 まばらだけど、早めに登校する小学生がみえる。


「お母さん、この時はまだ良かったんだな。普通の、優しいお母さんだったんだ」


 タイムリープ後、初めて家にかえった昨日。


 元の世界では……よく感情をたかぶらせては、ヒステリーをおこしていたお母さん。

 でも昨日はそんなことはなく、あれこれ適当に遊ぶふりをする私を、暖かく見守ってくれていた。


「……いや、夕方の時間だけテレビの前に強制移動されたっけ。アニメのじゃじゃうままるに、卵白黄身らんぱくきみたろう。ふふ、なつかしい」


 それに改めてみてみると面白く、つい夢中でみてしまった。

 お母さんがその間に夕飯をつくっていたのは、母の策略というやつだろうか。ご飯をつくってる時に、子供がクレヨンかじってたりしたら怖いもんね。



「こーりちゃん、こーりちゃん。みてー!」


「窓のそと?」


「うん。おかめね、あのお花好きなのー」


 窓際のおかめちゃんに言われてのぞくと、十字路のちょうど角に、小さな青い花がみえた。

 春によくみかける綺麗な花だ。


「あれかぁ、かわいいよね」


「ねー」


 目を細め、真っ赤なふっくら頬をほころばせている。


 おかめちゃんがかわいい!


 頬へと伸ばしかけた手を、理性でおさえる。……ああ、さわりたいな――……




 ☆




「おかめちゃんのほっぺ、期待をうらぎらない柔らかさ!」


「……なにやってんだよ、コケシ」


 ところ変わって幼稚園の庭。

 タイヤの遊具の上にまたがって、おかめちゃんの柔らかさを堪能している。


「あ、昨日の金髪くん」


「んなへんな名前じゃねーよ! ヒカル、支部はせべヒカルだっての!」


伊壺心理いつぼここり! 私もコケシじゃないよ、ヒカルくん」


「く、くん……?」


 金髪くん改めヒカルくんが、前と同じ不可解そうな顔になる。

 またやらかしてしまったらしい。呼びすてだった、のかな。


「ヒカル、おかめちゃんのほっぺさわる?」


「なんでだよ! おかめもイヤがれよ……じゃなくて、コケシ、おまえイチゴぬすんだだろ!」


 ズビシと指をさされる。

 やってはいないが、キッパリ言われるとついたじろいでしまう。


「う。そんな、ことは……」


「こーりひゃんは、勝手にとったりひないよー」


 伸びたほっぺを両手でもどしながら、おかめちゃんが庇ってくれた。


「ふーん。じゃあ、とったやつ探すのてつだえ」


「犯人さがしってこと?」


 そうだというように、腰に手をあてるヒカル。なぜか偉そうだ。


 ヒカルいわく、園舎の真横にある森からとってきたイチゴが、目をはなした隙に消えていたらしい。野イチゴのことかな。

 森とはいっても大人からみれば小さいものだ。ここ、それなりに都会だしね。



「あそこに置いといたんだ……あ!」


 森に近いところに、丸く、上部のへこんだ石がみえる。


 その後ろから出てきた小さな影。正体は――……


「わ、かわいい!」


「ふあー、リスさんだー」


 おかめちゃんが嬉しそうに駆けよっていく。リスはすかさず、木の上にのぼってしまった。


「あれが犯人か。やっぱり犯人は、必ず現場にあらわれる……」


「は?」


「な、なんでもない。どうやら、野イチゴとったのはリスみたいだね。私じゃなかったし、これで解決だね!」


 おかめちゃんにつづいて走った私とヒカル。


 隣のヒカルをみてそう告げると、解決したというのに変な顔をしていた。

 口を『へ』の字にまげ、どこか面白くなさそう。


 マンガに描けそうな顔だ。



「ふふ、ヒカルなにその顔! 野イチゴはリスが食べちゃったし仕方ないよ」


「おかめのおべんと、たべるー?」


「だー! いらねぇ、ってかちげーし!」


 おかめちゃんのほっぺに負けないくらい、顔を赤くしてプンスカむくれている。

 リスはヒカルの大声に驚いたのか、完全にみえなくなっていた。



 こんな時も、あったんだな。


 忘れてしまっていた子供のころ、そこには暖かく楽しいものもあったんだろう。



 丸い石をかこんで、私は笑いながら少しだけ浮かんだ涙をはらう。たぶん、嬉し涙。


 べつに凄絶な人生だったわけではないけれど、こんな時間が私にも確かにあったのだということに、感謝したくなったんだ。



 そして数日。



 あの後も、ふつうに幼稚園児としてすごしていった。


 軽い雨の日や、春らしい強い風の日もあった。



「おはよう!」



 週の終わり、金曜日。


 四月十四日の朝がきた。

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