第3話 ふっくらもちもち女の子
「イラストの練習はどうしよう。それに……変えたい未来だってある」
男の子たちと先生と別れ、一人建物の中に入った私は、ひとまず手近な椅子に座って考える。
このタイムリープを活かして未来を変えることと、妹と弟が生まれるようタイムリープ前に忠実に生きること。ふたつは同時にこなせない。つまり、矛盾が生じてしまっている。
「でも、やっぱり二人の命には変えられないよ。未来を変えるために動くのは、二人が生まれた後がいいかな」
自身の行動方針をきめ、少しだけ気持ちが軽くなる。
ふと顔をあげると、目の前の壁の一部がかわいらしく飾りつけられていた。
「『4がつうまれのみんな、おめでとう!』――今、この世界も四月なんだ」
さまざまな色の画用紙、丸く切りとられたそこに書かれた文字を読みあげる。その下にはひらがなで大きく、子どもたちのと思われる名前が書かれていた。
「『あさかわこうすけくん、ささきまいちゃん……――……ふくおかかめちゃん、みずのへいじくん』。知らない名前、というより覚えがないなあ」
八人分書かれていたが、誰も見覚えすらない。
「私と、たまたま関わりのなかった子たちかな。せめてどの子と友達だったか分かればいいんだけど」
「キャー! キャー!」
「え!?……なんだ、遊び声か」
外から子供たちの悲鳴に近い遊び声がきこえる。部屋の中では、女の子たちが奥の方でおり紙で遊んでいた。
しかしどれだけ記憶力が悪いのか、私……。
元の世界で友達だった子は、まだまだ分からなさそうだ。
「仕方ないか。よし! 次は日づけかな。」
なんとなくタイムリープ前とおなじ、四月だと思いこんでいたが本当にそうらしい。
「正確な日付がしりたいし、タイムリープ後は新聞を探すのが定番だよね!」
また表情が暗くならないように、椅子から元気よく立ちあがる。
新聞探しが定番かどうかは適当だけど、ノリだ。
タイムリープ前、つまり元の世界では四月二十六日の金曜日の夜だった。
「とはいえ幼稚園に新聞はないよね……あ、これ今日の日づけかな? 『4月10日(月)』ってウサギさんが言ってる」
今度は左手側の壁に、ピンクのウサギのイラストと吹きだしが貼ってあった。
日づけすらも飾りつけるとは……先生が毎日やっているのだろうと思うとすごい。
今日は、四月十日。
「もうすぐだ――……」
あれ? もうすぐって、何が?
突然の声に、思わずあたりを見回してみるが近くには誰もいない。
奥でおり紙をしていた子たちが不思議そうに、妙な動きをする私を見ているだけだった。
当然だ。今のはまぎれもなく、自分の口からでた声だ。
「でも、何で私は『もうすぐ』だなん、て……!?
頭が、痛い……!
脳が縮まっているんじゃないかと錯覚するようだ。特に後頭部が、何かを打ち付けたように鈍く痛む。
「ぅ……あ」
「――りちゃん? こ……ちゃん」
誰かが、私に話しかけている。
目を閉じてゆっくり深呼吸をすると、ふっと頭痛が消えた。
まだ余韻が残ってるような気がするけど……痛みはもうない。
「今の、何だったんだろう。急に頭痛がするなんてタイムリープの影響かな」
「だいじょーぶ? こーりちゃん」
「あ、うん。大丈夫……え」
そっと開いた私の目に、最初にとびこんできた顔は――……
「おかめ!?」
お面として見かける、あのふっくら頬っぺのおかめだった。
「うん、こーりちゃん」
にこっと笑うおかめの面。
いや、違う。おかめのような、ぷっくぷくの頬にたれ目。鼻も小さく、かわいらしいまろ眉。
福笑いの正解みたいな顔の、女の子だ。
「ご、ごめん! いきなり、おかめだなんて失礼だよね」
「なんで? おかめはおかめだよー」
「あれ。おかめちゃんって名前なん……だったっけ」
「そーだよー」
のんびりと頷くおかめちゃん。
「おかめはね、
壁に貼られた、四月生まれの子の名前を指さしている。
なるほど。福岡かめちゃんだから、おかめなのか。
「コケシって言われてる私が言うのも何だけど……おかめって言われていいの?」
「かめより、おかめのがかわいーよー」
答えながら、ちっちゃな両手をふわふわと揺らしている。
おかめちゃんはあだ名で呼ばれることを、むしろ喜んでいる様子。……あだ名で呼ばれ怒っていたらしい私とは大違いだ。
「ごはん、おそとでたべるんだってー。こーりちゃん、いこー?」
「こーりちゃんっていうのは、私のことだよね? うん、行こうおかめちゃん」
おかめちゃんは、
わざわざ呼びに来てくれたあたり、このゆるふわ女の子は私の友達だろう。
これで元の世界の友達が一人わかった。
けれどおかめちゃんに手を引かれて歩く私は、なぜかさっきの頭痛の余韻がまだあるような、そんな変な気持ち悪さが残っていた。
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