第2話 コケシじゃないよ心理だよ!

 


「ここは、愛加あいかも、一希いつきもいない世界……? もう一度、私の妹弟きょうだいに生まれてくるとは限らない!」


 タイムリープ前の――大人だったころの記憶がなければ、もう一度会えたかもしれない。でも、今の私の心は無邪気な子供なんかじゃない。



「私の一挙手一投足が、生まれてくるはずの二人にどんな影響をあたえるのか。最悪、未来が変わって生まれてこないんじゃ……」


「ぼくの、ボールー!」


 とんできたボールを追ってきた男の子が、私に向けてどろだらけの両手をのばす。


 二人のことを考えいっぱいいっぱいになっていた私は、その子へと何気なく顔をむける。



 瞬間、男の子の顔が、ひどく怖いものをみたそれに変わった。


「っひ……! うあ、ぅううああーーーーんっ‼」


「ええ⁉」


 両手で目をこすり、大きな声で泣き出してしまった。


 とつぜんおきた子供の号泣に、あたふたとしてしまう。


「ぐしゅ。ひっ、あうぅ~」


「だ、だいじょうぶ? ころんだ時は泣いてなかったのに……。もしかして私、そんなに怖い顔をしていたかな? ごめん、ごめんね」


 持っていたボールを足元に置き、頭をなでてあやす。自分も小さいから、泣きじゃくって頭が動く子をなでるのは難しい。


 そうとう、ひどい顔をしていたらしい。


 ころんでも泣かなかった子がこんなに泣くなんて……。自分のほほを叩いて表情を意識してみる。少なくとも、子供のいるとこでは気をつけねば。



「あれれ、リクくん、どうしたのかな?」


「ひっく。せん、せんせー!」


 男の子の声を聞きつけて、先生がくる。


 すばやく私たちの体を見ると、男の子がひざをすりむいているのを発見したらしい。ケンカしたのか転んだのか、それで泣いているのだと、あたりをつけたようだ。


「わー、痛かったね~。カッコいいバンソウコウ貼ってあげるから、一緒にお部屋んなか戻ろうね」


 細身のその女性の先生は、泣きながら頭からアタックしてくる男の子を簡単にいなし、私にも目を向けた。


「じゃあ心理ここりちゃんも……」


「あー! コケシがリクを泣かしてるー!」


「……んん!?」


 この騒ぎに気づいた別のやんちゃそうな金髪の男の子が、私に人差し指をむけている。


「今、コケシって聞こえたけど」


「こら~。コケシじゃなくて心理ここりちゃん、でしょ?」


 ぷんっと、腰に手をあてて優しくおこる先生。

 近くまで来た金髪の男の子は、斜めに顔をそらして生意気そうだ。


 いつもの事らしく、先生はその発言にたいして驚いたりしていない。


 え。私のあだ名ってコケシだったの!?


「全然覚えてない……」


「なーに、ぶつぶつ言ってんだよコケシ! 年少のおとこ泣かすなんてヒデーおんなだ。そーいうの、おんなの……カミカゼにもおけない、って言うんだぜ」


「すごそうだね、神風かみかぜ


 風上かざかみだよ金髪くん。



「あら。心理ちゃん偉いね~」


「え?」


 今のやり取りをニコニコと眺めていた先生が、ふいに私の頭をなでながら褒める。

 褒められる心当たりは特にないけれど……?


 疑問顔の私をみて、先生も不思議がる。


「だって心理ちゃん、コケシって言われても怒らなかったでしょ? いつもは、ぷんぷん怒ってたから、ガマンできて偉いな~」


「あ……それはっ!」


「ホントだぞ。コケシ、どっか悪いのかよ?」


 思わず目がおよいで言葉につまる私。金髪くんまでもが、不可解そうにしていた。


 マズイ、未来と違うことをするわけにはいかない……!


「コ、コケシじゃないもん、心理だもん。えーと……バーカバーカ!」


「ばっ! バカっていう方がアホなんだろ! アーホアーホ!!」


「あれ、いつもの心理ちゃん?」


 取り繕うように反論し、なんとかやり過ごす。


 先生も、まさか私の中身が二十三歳であるとは思わないはず。やっぱりいつもの様子かと、納得したようだ。


 とっさとはいえ、罵倒のボキャブラリーの低さが幼稚園児と同レベル。

 それが幸いしたわけだけれど……なんともいえない敗北感がある。



「せんせー、さむい。バンソーコーは?」


「そうだねリクくん、早くお部屋いこうか~。二人も寒くなってない?」


「オレはべつにヘーキだし! オレ外であそぶから、コケシは部屋であそべよ」


 そう言い放ち、金髪くんはすごい勢いで走りさってしまった。


 先生は片手で年少の男の子の手をひき、もう片方で落ちてるボールを持つ。

 私は、先生と男の子の後ろを歩いてついてゆく。



 歩幅の小ささを感じながら、改めて考える。



「今の私にできることは、できるだけ未来を変えないことだよね」


 下手に変えてしまえば何が廻りめぐって妹弟ふたりが生まれなくなるか分からない。

 それだけは絶対に避けないといけない。


「コケシ、コケシかあ。そういえば、そんなあだ名があったような気もしてきた……かな?」


 金髪くんの名前も思いだせない。


 私、子どものころの記憶がほとんどなかったんだよね。


 幼稚園の時だなんてさっぱりだ。

 妹も弟も同じ幼稚園だっから、ここについては覚えている。ただ自分の思い出というのはない。みんな、こんなもんだろうけれど。



 今の状況で記憶がないのは、とても不安だ。


 けれど、やるしかない。



 愛加、一希。


 お姉ちゃんは、また二人に会うために頑張るよ。

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