第5話

 ファインダー越しに、ターゲットに狙いを定めた。


 震えていた指を決然と押し下げ、夜の工場をすぱりと切り取る。

「寒!」とすかさず大声を出す。結構着込んできたのに、この時間帯になると想像以上の寒さだ。ちなみに大声でも無問題。平日ド真ん中の深夜に、工場夜景なんて撮っているのは俺くらいのものだ。明日は、休日出勤の振替で堂々と休めるから、今夜は景色を独り占めだ。


 もう小一時間ほど撮ったはずだ。休憩を挟む。スマホを出して、さっき撮って出しで投稿した画像を確認する。おっ、結構反応ある。工場夜景は久々だけれど、やっぱり人気は根強いな。プロフィールに「どこかの高校生」とだけ書かれた、知らない少年が、リツイートしてくれている。ありがとな、だけどガキはこんなことしてないで早く寝ろよ。


 バイクにもたれかかり、煙草を取り出す。先端に灯る火の赤さが、工場の寒色の明かりとの対比を成している。口から吐き出した煙が、煙突の先端から湧き出ている煙に魅せられ、海を渡っていく。スマホの上の方を見ると、結構いい時間だ。でも撮り足りない感はある。


 さあ、そろそろお開きにするか?それとも、もう少し別の場所で粘るか?



「焼肉は、余熱で体の肉も焼くから0カロリー。なあ、俺の膵臓を焼きなよ(イケボ)」



 クソ、笑っちまった。しかも焼肉の画像付きだ。反射的に腹がきゅるると寂しい声を出す。自分のタイムラインでこんなふざけたネタツイをいつも流すのは、離れて暮らす大学生の娘だ。今日は友人と二人で焼肉らしい。笑っちまったからには、いいねを押してやる。


 妻を亡くしてから、自由な身は楽チンだ、と自分に言い聞かせるためにも、風景写真を続けてきた。SNSで写真好きと気楽に繋がり、今は愉快に過ごすことができている。そのおかげか、娘も気を使わずに親元を離れて進学してくれたし、元気に過ごしていて何よりだ。


 ……ところで、誰かさんのせいで腹が減ってきたな?


「飯テロやめろ!!!」とだけ返信欄に書いて、スマホをポケットにしまう。煙草の火を携帯灰皿で揉み消した。娘は煙草にだけはいい顔をしないが、それこそニコチンを燃焼させているからノーリスク、なんつって。


 夜食だ。適当なファミレスで腹ごしらえして、後半戦は場所を移す。まだまだ、夜の時間も、被写体の数も、飽きないほどに残されている。


 いざ、今夜のベストショットを。

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