第5話運命、憎悪の転生

 さて手記も、後半にさしかかった。ここからは大人になった私の身に起きた話だ。今から書く二つの話は、少年時代の続編と言っていい。終わったことは、ある時蘇ることがあることを私は身をもって知った。そう、あの黒猫が教えてくれたのだ。

 

 それは三十代も目前の二十八歳の頃の話、私と波は結婚してから新しい家で暮らしていた。私は科学者の夢をかなえ、収入は安定していた。そして当時五歳の息子・鉄幹と家族で仲良く生活していた。もちろん大人になっても彼は付いてくる、でも私の管理下にあるので鉄幹に手を出すことはおそらくないだろう。そんなある日、私が珍しく家に早く帰ると、鉄幹がリビングで黒猫を抱いていた。

「鉄幹、どうしたんだその猫?」

「こうえんでみつけた。ひろってくださいとかいてあったダンボールのなかに、はいっていた。」

「捨て猫か、可哀そうにな。」

「ねえパパ、このねこかってもいい?」

「うーん、鉄幹はちゃんと世話できるのか?」

「もちろん!ちゃんとやるよ。」

「鉄幹もこう言ってるし、ペットがいてもいいんじゃない?」

 波が言った。

「よし、じゃあ飼ってもいいぞ。名前は決めたのか?」

「なまえ、どうしよう?」

「黒猫だから、黒丸でいいんじゃない?」

「いや、この猫は雌だから、黒蝶はどうだろう?」

「パパ、こくちょうがいい!」

「よし、決まりだな。」

 こうして新しい同居者が増えたが、彼は黒蝶を見るなり怪訝そうな顔をした。

「おい、なんか嫌な予感がするぞ。」

「何言っているの?黒猫が横切るのは不幸の前触れと言われるけど、飼ってしまえば問題ないだろう?」

「まあ、あんたの言うこともわかるがなあ・・。」

 彼はすっきりしてはいない顔をした。それからしばらくの間は何事もなく生活をしていたが、やがて私は何故黒蝶が家に来たのかを知ることになった。

 それは黒蝶が家に来てから十日後の事、この日は家族全員で私の実家に来た。

「おお、鉄幹!よく来たな。」

 祖父になった寛助は鉄幹を抱きしめた。

「じいちゃん、こんにちは!じつはぼく、ねこを飼い始めたんだ。」

「ほんとか?」

「ええ、今連れてきたところです。」

 私は車から黒蝶の入ったケージを出した。

「黒猫か、誰かから譲ってもらったのか?」

「いいえ、じつは鉄幹が公園で遊んでいたときに、拾ってきたそうです。」

「そうだよ、ついかわいそうだとおもって・・・。」

「そうか、鉄幹はやさしいなあ。」

 寛助はすっかり優しいおじいちゃんになったようだ。

「さあさあ、ゆっくりしていってね。」

 祖母になった花之が、招き入れようとした。

「いえ、この後清美の墓へ行くつもりです。」

「そういえば、去年のお盆は来られなかったね。いいわ、鉄幹と黒猫の面倒は任せて。」

「ばあちゃん、こくちょうだよ。」

「そうかい、じゃあ家に入って遊ぼうか。」

 私は鉄幹と黒蝶を祖父母に任せて、波と二人で清美の墓へ向かった。車で墓へ向かう途中、波と二人で清美が亡くなった時のことについて話した。

「清美が亡くなったのは、あの悪魔のせいなんでしょ。」

「ああ、あの時私は償い切れないことをしてしまった。葬式の後、清美が幽霊になって私を呪いに来るんじゃないかって、思っていたよ。」

「私だったらそうするわ、一生涯憑りついてやるってね。」

「わあ、勘弁してよ!」

「アハハハハ。」

 波と何気ない会話をしているうちに、清美の墓がある集団墓地に辿り着いた。

「清美・・、私が来たぞ。」

 心の中で思いながら献花とジュースと数珠を持って、車から降りた。清美の墓は駐車場から二十歩歩いたところにある。清美の墓に着くと、献花とジュースを新しいものに入れ替え、数珠を持って波と合掌し清美を弔った。

「さて、戻るか。」

 私と波は駐車場へと向かった、実はこの集団墓地は坂の上にあって、駐車場へ行くには一度坂を下りたほうが近道なのだ。この坂は砂利道になっていて、意外と急である、気を付けないと転びそうだ。

「よいしょ・・・、おわわわわあ!」

 私は油断から足を踏み外し、ボールのように坂を転がった。坂を下りきる前に、彼が私を受け止めた。

「助かった・・、ありがとう。」

「ふん、世話が焼けるぜ。それにしてもいったい誰が、不幸の力を使ったんだ?」

「えっ!?どういうこと。」

「車から降りた時、お前に不幸の力が付いたのを感じた。」

「いったい誰が・・・?」

「正体は分からないが、少なくともお前を憎んでいるのは、確かだ。」

「六蔵君、大丈夫!」

 駆け寄る波に私は頷いた。服に着いた砂を払うと、今度は慎重に坂を下りて駐車場に向かった。私は自分に、不幸の力を付かせたのは何者なのかと思いながら、波を乗せ実家へと車を走らせた。

実家へ着くと、鉄幹が慌てながらウロウロしていた。

「どうした、鉄幹?」

「黒蝶がいないんだ、今まで家の中にいたのに・・・。」

 鉄幹が暗い顔で言った。

「ベランダの扉から外へ出たんじゃないのか?」

「それは無い。私は鉄幹と遊んでいて、花之は紅茶を飲んでいた。しいて言うなら、ベランダの扉には鍵がかかっていた。」

 寛助が証言した。私が確認した所、ベランダの扉には鍵がかかっていた。さらに家じゅうの窓を調べて見たが、鍵がかかっているか網戸が閉じていて、猫が家から出られるとは思えない。

「じゃあ、忽然と消えたというのか・・・。」

 私が呆然としていると、後ろからニャァーと声がした。振り返ると、黒蝶の姿があった。

「黒蝶ーーっ!」

 鉄幹は黒蝶に飛びつき、そのまま抱きしめた 

「見つかって、よかったね。」

 波は鉄幹の頭を撫でた。私が鉄幹に話しかけようとすると、あろうことか清美の声がした。

「悪運のつよいやつめ・・・。」

 清美の声はこの後、舌打ちをした。

「清美なのか!?」

「そうだよ、よくもパラディンなんかと契約したわね。」

 清美の声は憎悪に満ちていた。

「ああ、そうだ。私は勇気を持って、契約を断れなかった。」

「反省なんかどうでもいい、私はあなたを呪い必ずや死へと追いやってやる。せいぜい、運を天に祈っているんだな。」

 ここで清美の声がやんだ。

「正体を現したか・・。」

 彼が現れた。

「うん、まさか清美が黒猫になって復讐しに来るなんて・・。」

 私は鉄幹に抱かれる黒蝶を見て、身の毛がよだった。

 それから数日後、私は休暇の家族サービスで鉄幹と黒蝶を連れて小さな公園に行った。

 「パパ、こくちょうとおすなばで あそんでいるね。」

 「ああ、気をつけてな。」

 砂のエリアで鉄幹と戯れる黒蝶を見て、私は複雑な気持ちになった。鉄幹にとっては家族の一人、でも私にとってはすぐ近くにいる復讐の暗殺者。もし鉄幹が目を離してくれたら、黒蝶を殺せるかもしれない・・・でも、鉄幹は悲しんでしまう。私は一人で、苦渋の選択に頭を悩ませている。それからしばらくして、私が鉄幹と黒蝶を連れて我が家へ、帰ろうとした時の事。

「パパ、ゆうはんはなにかな?」

「そうだな・・・。」

 鉄幹と会話していると、危険を察知し左側も向いた。するとそこには一台の大型トラックが、猛スピードのままでこちらに向かってきた。

「危ない!」

 よけきれないと直感した私は鉄幹だけは守ろうと、鉄幹を抱いて身を低く構えた。「どうか鉄幹だけは・・・。」と祈りながら目を閉じたが、体に痛みは無く、私も鉄幹も黒蝶も無事だった。

「どうしたの、パパ?」

「鉄幹・・・、無事だったか。」

 私が安堵していると、清美の声がした。

「なかなかやるな・・。」

 私はこの時、清美に負けない気持ちになった。それからは、スリルのある家路だった。信号を渡るごとに車にはねられそうになり、角を曲がるごとに自転車にぶつかりそうになった。私は三つの信号と二つの角を超え、無事に帰宅した。肩の荷が下り達成感を感じている私の許に、彼が現れた。

「今回は久しぶりに、苦労したぞ。」

「ああ、迷惑をかけてすまない。」

 今までの幸運は、全てかれのおかげだ。

「そろそろ、復讐するか?」

「復讐はするけど、今じゃない。今日は休ませてくれ。」

「わかった。でも、私の力は永久じゃないぞ。」

 私は玄関から上がると、食卓へ足を運んだ。

 そして翌日、この日は家に戻る予定だったが、黒蝶が体調を崩してしまった。

 「こくちょう、大丈夫?」

 「これは動物病院で診てもらったほうがいいかもしれないな・・。」

 「そうね、動物病院なら家の近くのスーパーの中にある『鹿島動物病院』がいいわ、そこへ行きましょう。」

 波の提案で、家に帰る前に行くことにした。黒蝶を入れたケージを車に乗せた時、清美の声がした。

「ハア、ハア、・・・昨日はやりすぎてしまったようだね。」

「えっ、どういうこと?」

「死神と契約したからそうなるんだ、せめて悪魔にすればよかったのに。」

 彼が現れた。

「うるさい!このろくでなしめが・・ゴホ、ゴホ。」

「えっ、清美は死神と契約したの!?」

「ええ、そうなの。あなたに死をもたらすためにね。」

 私は清美の執念に舌を回した。寛助と花之に別れを告げて、車は家の近くのスーパーへ向かった。実家をでて二時間後に到着すると、二階にある鹿島動物病院に着いた。近くで缶コーヒーを飲みながら三十分ぐらい時間を潰すと、波と鉄幹がどこか悲しそうな顔をして鹿島動物病院から出てきた。

「医者はなんていったの?」

「かれいだって・・・。」

「えっ、どんな病気?」

「違う、もう寿命の問題。いつ死んでも不思議じゃないって言われたの。」

「そうか・・。」

 私はこの時、鉄幹が可哀そうだと行く気持ちと安堵の気持ちが、入り交ざっていた。

「やはりな・・、もうすぐ死ぬ時を迎えるんだな。」

 彼が現れて言った。

「えっ、そうなの?」

「死神の契約は悪魔の契約と違って、契約期間が永久じゃない。いずれは終了し、また地獄へと行くことななる。」

「なんか、復讐する気をなくしたなあ。」

「まあ定めは決まっていたことだし、今回は復讐しなくてもいいぜ。」

 彼は珍しいことを言って消えた。そして全員重苦しい顔でスーパーから出ようとした時、黒ずくめの服装をした男がナイフを持って、鉄幹に襲い掛かった。

「危ない!」

 私は男の前に立ちはだかった、しかし男は左腕で私の首を掴むと、体の向きを百八十度変えて叫んだ。

「お前ら!一歩でも動いたら、こいつの命は無いぞ!」

 私の正面には警備員が二人いた、私は人質にされてしまった。すると彼が男の左腕に噛みついた、男はいたさのあまり私から左腕を外した。一瞬助かったと思いきや、男は私に馬乗りになって、背中からナイフで刺そうと振り下ろそうとした。

「よくもやったな、死ね!」

 するといつのまにか黒蝶が、私の肩の上に乗っていた。

「ふふふ、今度こそ私の復讐が果たされるわ。」

 黒蝶が顔をニヤリとした。。今度こそ人生が終わる・・・と思った時、男の大きなクシャミの音がした。ふと上を見ると、男がクシャミを連発させている。

「何してるの、さっさと刺しなさい!」

 黒蝶が男に向かってニャアニャア鳴いた途端、「邪魔だ!」と男にはたき落された。しかし黒蝶はなおも私の肩に乗るので、男のくしゃみは止まらない。

「誰かこの猫を何とかしろ!俺は猫アレルギーなんだ。」

 男は苦しみ叫んだが結局、警備員につかまってしまった。私は解放され、波と鉄幹の許に向かった。

「よかった、生きてて。」

「ああ、とんだ災難だったよ。」

 私と波は無事を祝して抱き合った。

「こくちょう、パパを助けてくれてありがとう。」

 鉄幹は自分の頬を黒蝶に擦りつけた、私には黒蝶が嫌がっているように見えた。そして私はケージに入った黒蝶のことを憂いながら、波と鉄幹と一緒にスーパーから出た。

 それからしばらくしたある日の事、私は鉄幹から相談を受けた。

「相談って何?」

「じつはね、こくちょうをひきとりたいというひとがいるんだ。」

「えっ、だれなの?」

 私は鉄幹からこんな話を聞いた。

 昨日の昼、いつも遊んでいる公園のベンチに座っていると、若い男性に会った。その人は黒蝶を見てうっとりとしたらしく、鉄幹はすごく不気味だったと言っていた。

「なあ、その猫僕にくれないか?」

「おじさん、こくちょうをどうするの?」

「おっと自己紹介をわすれていた。ぼくは猫又四郎、近くでカフェをやっているんだ。そのカフェにはその猫が必要なんだ。」

「どうして、ひつようなの?」

「僕のカフェは猫カフェと言って、休憩しながら猫を見て楽しむ特別なカフェなんだ。その黒猫には魅力がある、どうか入れてくれ!」

 四郎は懇願した。

「でも、ぼくはこくちょうがすきだし、それにしろうさんにわたしてもあまりやくにたてないとおもう。」

「どうしてそんなことを言うんだい?」

 鉄幹は黒蝶の寿命が短いことを四郎に話した。

「そうか、それは惜しいな。だったら一日だけ貸してくれ、頼む!」

 なおも頼む四郎に鉄幹の心は折れてしまい、午後五時に結果を言うと約束してしまった。

「ねえ、パパはどうしたらいいと思う?」

「そうだな・・・?」

 私は四郎に黒蝶を貸してあげようと思った、そうすれば一日だけ命の心配をせずに、気楽に過ごすことができそうだ。

「私は貸したほうがいいと思う。」

「そうだね・・・、こくちょうがやくにたつならそうしたほうがいいよね・・・。」

 鉄幹は寂しげに言った。

「なあに、そのカフェに行けば明日会えるじゃないか。」

「そうだね!」

 鉄幹は納得し、明るい笑みを浮かべた。一方黒蝶は、私に憎悪の顔をしながら、猫の威嚇の構えをした。そして午後五時、私と鉄幹は公園で四郎と会って、四郎の営むカフェの場所を教えてもらい、明日一日カフェでの飲食代を半額にする条件で、黒蝶を四郎に貸すことになった。そしてその日の夜中の事、布団で熟睡する私のところに、黒蝶が忍び寄った。

「明日、私は連れて行かれてしまう・・・。その前にケリをつける!」

 黒蝶は私の喉元に狙いをつけ、ジャンプの体制を構えた。すると黒蝶の目の前に、彼の姿があった。

「どけ、悪魔!」

「お前、死神から不幸の力をさずかったのだろう?だったら、実力行使にでるまでもないのに・・・。」

「私には時間がない、ならこうするしか無い!」

 黒蝶は彼に向って飛び掛かった、しかしかれは黒蝶を上からはたき落した。

「これまでお前の不幸を払いのけてきた俺を舐めるな。」

「なにを・・・、がは・・。」

 黒蝶は倒れた。

「そんな体じゃ、致命傷を負わすことはできない。いつでもリベンジを待っているから今日は出直せ、と言いたいとこだがもう諦めるんだな。」

「くそーーーっ!」

 黒蝶は悔しさ全開で叫ぶと、寝床へと戻っていった。

 そして翌日、四郎が家に来た。私は黒蝶が入ったケージを四郎に渡した。

「ではよろしくお願いします、黒蝶になにかあったら連絡を下さい。」

「わかりました、本日はありがとうございます。」

 四郎は丁寧にお辞儀をすると、足早に自分の店に向かった。それから四時間後、私は鉄幹を連れて四郎のカフェへと出かけた。

「こくちょう、みんなにやさしくしてもらっているかな?」

 本当は不愉快に思っているところだが、私は『うん、きっとそうだよ。』と言った。私が話しかけようとした時、鉄幹が正面を指さしながら大声で言った。

「こくちょう、どうしたの!?」

 鉄幹が指さす方を見るとそこには、フラフラと歩く黒蝶の姿があった。しかもなぜか、若干焦げ臭いにおいを放っている。鉄幹が黒蝶を抱きしめると、清美の声がした。

「六蔵、やってやったぞ!私をお前の所から引き離すことは、不可能なのだ。」

「なにをって・・・・、まさか!」

 何か嫌な予感を察した私は、鉄幹と黒蝶を置いて四郎の店へと、走り出した。十分後に立ち止まった私が見たのは、大きく炎が上がっている四郎の店だった。すでに消防車が来ていて、店から三メートルの周囲を野次馬らが取り囲んでいた。黒蝶の体の焦げ臭いにおいとセリフで、まさかとはおもっていたが悲惨な結末になってしまった。鉄幹と黒蝶を連れて家に戻ろうとしたが、置いていった場所についても姿が無い。先に家に戻ったのかと思い、持っていた携帯で波に電話した。

「波、鉄幹と黒蝶はそこにいますか?」

「いるわよ、まったく急にいなくなってびくっりしたわ。何かあったらどうするの!」

 波に怒られてしまったが、鉄幹と黒蝶が無事でよかった。

「すまない、実は四郎の店が気になっていたんだ。それで行ってみたら、火事になっていたんだ。」

「ホントに!?四郎さんは大丈夫なの?」

「少ししか見ていないから分からない、でも黒蝶が無事でよかった。」

「あの人も無事だといいけど・・。」

「そうだな、せっかくの店も無くなってしまったんだよな・・・・。あっ、今から家に戻るね。」

 私は電話を切って家に向かった。それから一時間ほどして、私はもう一度四郎の店に向かった。店は全て炭と化し警察に話を聞いてみたところ、四郎は五匹の猫と一緒に焼死したらしい。私は四郎の事を気の毒に思いながら、ゆっくりと家に帰っていった。それから数時間後の深夜、私がふと目を開けると黒蝶が私の顔を覘いていた。私が起き上がると黒蝶に言った。

「私を殺しにきたんだろ。さあ、そうするがいい。」

「もう無理よ・・・、私約束を破ってしまった。」

「それは、死神と交わした契約の事?」

「うん、六蔵以外は殺しちゃダメだったんだ。でも私が四郎から逃げる時に、不幸の力で火事を起こして四郎を殺してしまった。それでたった今死神から宣告を受けて、今日日が昇ったら自殺しろと言われた。」

「復讐、果たせなくて残念だったな・・。」

「本当にそうよ!・・・・だから私はあなたに一言言っておくわ。」

「なんだい?」

「せめて私の分まで人生を謳歌しなさい!自殺なんてしたら、今度はあなたの家族をのろってやるんだから!」

 黒蝶は涙をこぼしながら叫ぶと、部屋から飛び出していった。私は少なくとも、清美が生まれ変わって少しの間だけ家族の一員になってくれて、よかったと思いながら、少しだけ開いたドアを見ていた。

 翌朝、四郎のカフェで起こった火事がニュースで報じられ、黒蝶の姿が消えた。

「パパ、こくちょうがいないよ!どこにいったの?」

 困惑する鉄幹に私は言った。

「もしかしたら、黒蝶は神様がくれた贈り物かもしれないな。きっと天国に行かなければならなくなって、君の悲しい顔が見たくなかったから家を出たんだ。」

「そうなの、パパ?」

「ああそうだ、夜中黒蝶から『鉄幹君をよろしくね』と言われた。」

「そうか・・・。こくちょう、空から僕のことみているといいな。」

 鉄幹はそれ以上何も言わなかった。

「あなた、優しい嘘が上手ね。」

「いや、まんざら嘘でもないよ。」

 疑問を持つ波に私は、小声でこれまでのことを波に話した。

「そうだったんだ・・、本気で復讐しに来るなんて。」

 波は身の毛を震わせながら、キッチンへと向かった。その後出勤で駅まで歩いていると、彼が現れた。

「妹がもう一度、死んだそうだな。」

「ああ、私は清美の分まで生きていくつもりだ。」

「相変わらず、お前らしいな。」

 駅前に着くと、カラスについばまれている黒蝶の遺体があった。私はカラスを追い払うと、こくちょうの死を弔った・・・。


次に書くのは、出雲であった運命の出会いです。それは「煉獄の日誌」で書いたあの、ジェントルマンを知る者・・・。

 それは十月のある日の土曜日午前八時、私は波・鉄幹・寛助・花之と一緒に旅行へ行く準備をしていた。

「おい、みんなの着替えは大丈夫か?」

「問題ない、そっちこそお金は大丈夫か?」

「まだまだぼけては無い、大丈夫だ。」

「じいちゃん、早く行こうよ!」

「よし!すぐ行くから車で待っててくれ。」

 鉄幹が先に車に乗り込み、その後私・寛助・花之・波と続いた。

「ねえねえ、いずもってどんなとこなの?」

「よし、わしが教えてやろう。出雲はな、日本の神様が集まってくるとこなんだ。」

「でも、かみさまってほんとにいるのかな?」

「神様は確かに鉄幹の目には見えない、じゃが神様は見えないところで人間のことを見ているんだよ。」

「それって、そらのうえから?」

「そうかもしれんな、それじゃ行くぞ!」

 寛助の運転する車が発進した、ここから出雲までは名神高速と中国高速を進んで、五時間以上掛かる長旅だ。本当は飛行機で行くほうが早く着くのだが、寛助が高所恐怖症なのと車での旅を勧めてきたので、車で行くことになった。

「じいちゃん、くるまのガソリンだいじょうぶかな?」

「心配無い、もし無くなりそうになったらちゃんと、補給するから。」

「大丈夫?この前も、ちょっと買い物へ行ってくると言って車で行ったら、ガソリンの補給を怠ったせいでガス欠になったそうじゃない。」

 花之が言うと、鉄幹は寛助を心配の目で見た。

「あ・ああ、大丈夫だよ!今度はあんな間違い絶対しない!」

 それでも心配な鉄幹は、なおも寛助の方を見る。私はその様子を見て苦笑いした。

「神の地へ行くことになろうとは、さすがの私でも気が引いてしまう。」

 彼が現れた。

「もしかして、悪魔にもここが神の地だということがわかるのかい?」

「ああ、悪魔に神の地は合わない。今回はお前を守るためについていくが、出雲は悪魔の間でも神聖な場所として有名だからな。」

 彼は淡々と言った。私はこの後待ち受ける出来事について、まだ関心は無かった。しかしそれはやがて、事実を知ったことの驚きへと変わる。

途中でガソリンを補給したので、出雲に到着したときは午後二時になろうとしていた。寛助は海が見える食堂に車を停めて、遅い昼食を食べることになった。私と波と鉄幹は海鮮丼、寛助と花之は蕎麦を食べた。

「おいしいね。」

「ああ、そうだな。」

「ねえじいちゃん、いずもでいちばんおいしいものってなにかな?」

「そうだな、そばおやきや三瓶バーガーかな。」

「なにそれ、おいしそう!たべたいなあ・・。」

「よし、明日食べさせてやろう。」

「ありがとう、じいちゃんだいすき!」

 鉄幹はもう寛助になついてしまったようだ。ここで私はトイレに行くために、一旦席を外した。そして用を足し終えトイレから出ると、女性に声をかけられた。

「あの、すいません。」

「どうしました?」

 女性は波より年上だが、着物が似合う清楚な方だった。

「あなたから、なにか悪いものを感じます。ここ最近、悪い出来事とかありませんでしたか?」

「いいえ、特にはありません。」

「そうですか、でもこれから用心したほうがいいですよ。」

 女性はそう言って去った。

「あいつ、霊能者だな。」

 彼が現れた。

「そうか、おそらく君の気配を感じたんだ。」

「しかし懐かしいな、霊能者を見るのは。」

 そういう彼に、私は同感した。

その後食堂を出た私達は、明日の観光のために休もうと、予約していたホテルに向かった。そのホテルはどちらかと言えば安いホテルだが、観光シーズンなのか客が多かった。予約していたのは二階の隣り合う二部屋、私と波と鉄幹・寛助と花之のグループに分かれて入った。夕食の時間になり、ホテル内の一階のバイキングレストランに波と鉄幹で向かった。

「うわーっ、おいしそうなものだらけだ!」

「そうだろ、でも絶対に残すのはだめだぞ!それがここでのルールだ。」

「うん、わかった!」

 鉄幹ははしゃぎながら、料理を取りに行った。三分後に戻ってきた鉄幹の皿には、からあげやエビフライと子供らしい盛り合わせになっていた。

「本当にすきだな、鉄幹。」

「うん。それにしてもじいちゃんとばあちゃん、はやくこないかな。」

 するとそこへ寛助が来た、しかし花之の姿が無い。

「あれ、母さんは?」

 私が寛助に尋ねると、寛助は首を傾げながら言った。

「それがトイレから出てくるなり、酷く怯えた様子でベッドに入ってしまった。私が夕食に誘っても、食欲が湧かないから一人で行ってきてと言われたんだ。」

「ちょっと、様子を見てくる。」

 私は席を外してレストランを出て、階段で二階へ上がり花之の居る部屋に着いた。ノックをしながら呼ぶと、花之は私を部屋へ入れた。

「母さん、トイレで一体何があったの?」

「実は恐ろしいものを見てしまったんだ、それで気分を悪くしてしまった。」

 花之の体が震えている、これはかなりヤバイものを見たようだ。

「その時の話を聞かせて。」

 花之は十秒間、心の準備をすると話した。

「二階の女子トイレに入って、用を足し終えた時。個室のドアを開けて出たとたん、隣の個室からアーっと女性の悲鳴が聞こえたんだ。何があったんだと隣の個室を開けたら、若い女性が腹から血を流して倒れていたんだ。あたふたとしていたら、その女性が血まみれの手で私の右手を掴んで、『お母さん、ごめんなさい・・。』と言ったの。その時私は掴まれているという感覚が無かった、だから私はこの女性が幽霊だとわかり怖くなってしまった。」

 私はリアルな怪談を初めて聞いた。

「その女性は腹から出血してたんだよね、ナイフとかの刃物はなかった?」

「見当たらなかった。あの時、女性はただ腹から出血してた。」

 私は部屋から出ると彼を呼んで、花之から聞いた話をした。

「そいつは幽霊だ、しかも強い思いを持っている。」

「もしかしたら、何かの事情でトイレで自殺したのかもしれない。」

「まあ、そう考えたほうが妥当だな。」

 わたしはレストランに戻って食事をしているときも、お風呂に入ってパジャマに着替えても、花之の見た恐ろしい幽霊について考えていた。でもこの時、この幽霊騒動が運命の出会いをもたらすとは、考えもしなかった。

 翌日は家族総出の出雲観光をした。まず有名な出雲大社を見た、神々を祀るだけあってその大きさと神聖さに感動した。

「とうちゃん、きんじょのじんじゃよりおおきいよ。」

「当たり前だ、いろんな神様がここに来るからな。」

「ちょっと気分が悪い、お守りの中へ入らせてもらう。」

 どうやらここは悪魔が来るべき場所では無いようだ。お参りを済ませると、車で稲佐の浜へ向かった。ここは「国譲り」の舞台となった場所で、海風が気持ちよかった。次は須佐神社、あの須佐之男命を祀る由緒ある神社だ。お参りを済ませ、波と鉄幹と両親がお土産を選んでいる間、私は鳥居の近くで待っていた。すると昨日食堂で会った女性が声をかけてきた。

「あの、あなたまだお祓いしてもらってないのですか?」

「ええ。では聞きますがそう簡単にできるのでしょうか?」

「それでは、私がやりましょう。」

「いいのですか!ちなみにいくらほど必要ですか・・・?」

「ああ、お金入りません。それでは私の正面に立って、私の顔をじっと見てください。」

「わかりました。」

 女性は懐から扇子を出すと、怪しげな呪文を唱えた。これが彼女のお祓いなのだと見ていたが、しばらく見ていると女性は顔から汗がにじみ出て、苦しそうな表情をした。

「大丈夫ですか?」

「いいえ、大丈夫・・。」

 そう言って女性は、呪文を唱えるのをやめ、座り込んでしまった。

「ああ、いわんこちゃない!」

 私が抱こうとすると、女性は辛うじて自力で立ち上がった。

「どうやら私は勘違いをしてたようね。あなたの中の悪いものは、あなたを守る闇の結界。今日は本当にごめんなさい、これで失礼します。」

 そう言って女性は立ち去った、そして彼が現れた。

「六蔵、我を祓おうとはどういうことだ?」

 彼は怒っている、私は弁解した。

「僕はその女性に祓ってもらえる所を聞いただけさ、本気で君を祓おうなんて思わないよ!」

「まあいいだろう、我を祓おうなんてあいつには百年早いからな。」

 彼があっさり怒りを鎮めてくれて、私はほっとした。そしてみんなが戻ってきたので、出雲観光を続けた。お昼になったので道の駅に立ち寄り、昼食を食べた。鉄幹は昨日食べたがっていた三瓶バーガーに、小さな口を全開に開けてかぶりついた。

「すごくおいしい、最高だよ!」

「そうか、気に入ったか。わしも連れてきた甲斐があった。」

「六蔵君、これを見て。」

 波が私に手渡したのは、須佐神社の御朱印だった。

「御朱印か、ありがたいものをもらったな。」

「さて、家に帰ったらどこに飾ろうかしら?」

 波は御朱印を大事そうに袋に入れた。その後は宍道湖と出雲日御碕灯台で景色を見ながら、思い出の写真撮影。そして午後七時にホテルに着いた。名所を巡り歩いた疲れで、私は中学生のようにベッドに身を投げ出した。そしてそのまま眠ろうとした時、家族ではない誰かの声を聞いた。

「六蔵君、私だよ。」

「ん、誰ですか?」

「いやあ大きくなったなあ、もうあの時から二十年以上もたっているからな。」

 私は声の主の姿を見た。体が半透明、どこの霊なのだろうか?

「あの、どちら様ですか?」

「ほらあの日誌を君から借りて死んでしまった・・・。」

「あっ、幻守迷師だ!」

「そうそう、本名は浅田真というんだけどね。」

 なんと私は出雲のホテルで、ある意味殺した人と再会した。でも真は私にたいして恨みを持っているようには見えなかった。

「それで私に、何の用ですか?」

「実はある人に、私が亡くなったことを伝えてほしいんだ。」

「その人って、ご家族の方ですか?」

「違う、初恋の人だ。名前は聖山清子と言って高校二年生の時、私と同じ霊能者ということで付き合い始めたんだ。」

 それから真は清子との思い出を語った。

「私は十八の時に清子から告白された、でもあの時の私は霊能者として有名になりたい事しか、頭に無かった。だから清子の愛を受け入れながらも、彼女の悲しみを振り切って上京したんだ。私が清子と一緒にいたのは、たったの二年ってとこかな。」

「それであなたは有名になったんだ。じゃあ離れている間は互いに、なにかメールや葉書きで連絡しあわなかったのですか?」

「そうだな・・あの時は私が仕事に追われていて、連絡はいつも清子からだったな。おっとそうだ、清子にこれを渡してくれないか?」

 真は藍色の波の模様が描かれた扇子を私に渡した、手に取ってみると年季が入っていて、布の所々に小さな穴が開いている。

「この扇子を清子に返してほしいんだ。」

「わかりました。でもこれはいつ清子さんから、借りたのですか?」

「この扇子は私が上京するために駅に向かった時、改札の前で私だとおもってねと言われて、清子から借りた物なんだ。この扇子は清子が大事にしていたもので、東京で成功して戻ってきたら、返してねと約束したんだ。だから私はこの扇子を、肌身離さず持っていたんだ。」

「そんなに大切な物なんですね。でも清子さんがどこにいるのか、住所さえわかれば行けるのですが・・・。」

「清子さんなら君はもうすでに会っている。ほら、須佐神社で君にお祓いをしようとした・・。」

 私はすぐに思い出すことができた、今日・昨日と二回出会っている。

「あの人だったんだ、また会えるかな・・?」

「大丈夫。運命はあなたが役目を終えるまで、何度でも巡り合わせてくれますよ。」

 真はそう言い残し消えた。私は右手に持っていた扇子を見て、ぜひこの扇子を清子に返さねばと思った。その時突然誰かが私に飛びついてきて、私はもう少しでベッドから落ちそうになった。

「こら鉄幹!危ないじゃないか。」

「違う・・・私だよ。」

 鉄幹だと思って大きな声を出してしまったが、私に飛びついてきたのは波だった。しかも顔面蒼白である。

「一体どうしたんだ、なにか怖い目にでもあったのか?」

「実はね、さっき女子トイレでヤバイ物を見たの・・・。」

 波は体を小刻みに震わせた、女子トイレと聞いた私の目が光った。

「何を見たの?」

「私が一番奥の個室トイレで用を足し終えて出てきたら、前から二番目の個室トイレから女性の悲鳴が聞こえたの。その時は私の他に二人いて、その内の一人が意を決してドアを開けたら、腹から血を流したスーツ姿の女性が倒れていたの。でも不思議なことに、ちかくにナイフとかは無かったわ。それでその女性が私の方を見たの、その目がとても恨めしそうだったから、思わず逃げてきたの。」

 私はこれでこのホテルに、昔なにか事件があったと確信した。

「そうか、家族で見たのはこれで二人目か・・。」

「えっ、もう一人誰かみていたの?」

「ほら昨日、花之が夕食に来なかっただろう。実はこの時の少し前に、花之も同じものを見たらしいんだ。」

「そうなんだ・・、あっそろそろ夕食に行かないと。六蔵君も早く来てね。」

 波はそういって部屋から出た。私が一階に降りてレストランに向かっていると、受付のところに女性だけの人だかりがあった。耳を澄ますとと、「あの幽霊をなんとかして!」とか「こんなホテルに居られないわ!」と苦情を言っている。係員も困った顔をしているところに、あの清子が現れた。

「すみません、ちょっとどいてください。」

 清子は人だかりの間を通って、チェックインの手続きをした。そして女性陣の一人に質問した。

「このホテルには、幽霊が出ると聞きましたが本当ですか?」

「ええ、私はこの目で見ました。」

「では私がお祓いしましょう、私は聖山清子という者です。」

「え!あの聖山清子ですか?」

 受付の人は驚いた、どうやら有名になっていたようだ。そして清子は駆けつけたオーナーと一緒に、二階の女子トイレへと向かった。私も気になったので、野次馬の群れに入ってついていった。清子が女子トイレの前に着くと、前から二番目の個室トイレを指さして言った。

「あそこに、嫌悪に飲まれし悲しき者がいる。」

 清子はそういうと懐から扇子を取り出して、呪文を唱えだした。するとトイレのドアが勝手に開いて、あの腹から血を流した女性の霊が清子に語り掛けた。

「私、ダメな人。なにもうまく行かなかった・・・。」

「そんなことはありません、あなたは成功を既に収めています。」

 清子が慰めるように語ると、女性の霊は突然キレだした。

「うるさい、あなたに私の何がわかる!」

「あなたがそうなっているのは、高き理想が故のもの・・・。自分の才能に限界を感じたら、なぜ今後について考えず死をえらんだのです!」

 清子は厳しい口調で言った。

「それは・・・・、それは私には時間がなかったから!このままでは二度と夢が叶わないと思うと・・。」

 女性の霊の泣き顔を見た清子は、その透けた手を優しく握った。

「そうでしたか、でもあなたは死を選び楽になったはずです。もう夢を叶える必要もありません。」

 清子の優しい顔に心打たれた女性は、顔に笑みを浮かべて言った。

「私、もう何も考えたりしなくていいんだ。もう努力もしなくて良かったんだ。それがわかったら、何だか体中の気分がスッキリしたわ。」

 そして女性は光に包まれ、天国へと旅立っていった。一部始終を見ていた私の所に波がやってきた。

「何してるの六蔵君、こんな所で。」

「実は今、聖山清子がここで幽霊を成仏させていたんだ。」

「えっ、あの聖山清子が!今注目の霊能者だよ。」

「それにしても魂を成仏させるとは、結構やるじゃないか。」

 彼が感心すると、清子はトイレの前の人達に向かって言った。

「安心してください、ここにいた霊は完全に成仏されました。これで心置きなくトイレが使えます。」

 清子に対して大勢の女性が、「ありがとう。」や「本当に助かりました。」とお礼を言った。そして清子はオーナーに一つの質問をした。

「今までに、人が自殺したという事はありませんか?」

 するとオーナーは素直にうなずいた。

「はい。もう五年も前の事でしたので、こういうことは無いと思っていました。」

 そしてオーナーは清子に五年前の、ある悲劇を語った。

 それは肌寒くなってきた十月の終わりのある日、このホテルにスーツ姿の女性がチェックインした。その女性は暗い顔で死んだような目をしていて、なにか事情がありそうな感じがした。女性は夕食も食べずにその日は就寝し、翌朝朝食を少しだけ食べて部屋へ戻った。しかしチェックアウトの時間になっても女性は受付に現れなかったので、受付から話しを聞いたオーナーはマスターキーを持って女性従業員を二人連れて、女性がいる部屋に向かった。オーナーはマスターキーでドアを開けたが、そこには女性が持ってきたであろうバイオリンと荷物しかなかった。するとそこへある客が「トイレで女性が、血を流して倒れている!」と知らせた。女性従業員の一人がトイレに向かうと、前から二番目のトイレのドアの隙間から血が流れていた。女性従業員はドアを開けようとしたが鍵がかかっていたので、倉庫から小さな脚立を持ってきて上からトイレの中を見た。するとそこには上半身裸の、女性の死体があった。着ていたスーツもシャツも血塗られ、まるで切腹したような死体だった。女性従業員は悲鳴を上げながらオーナーの所へ向かい、話しを聞いたオーナーが警察に知らせた。後に警察からの話によると、あの女性はバイオリニストになる夢があったのだがそのことで両親と対立。そして両親から「次のコンクールに落ちたら、夢を諦めて働くことを誓え。」と約束された。コンクールの結果は落選、女性は夢を諦めなければならない悔しさと悲しみに心を失い、自殺したということだった。

「彼女にはそのようなことがあったのですね・・・・。」

 清子は女性の悲劇に哀愁を感じ、涙をこぼした。

「それではこれで失礼します。」

 清子がハンカチで涙を拭き終え立ち去ろうとした時、突然清子が倒れだした。

「大丈夫ですか!?」

 私はいち早く清子のもとへと向かった。すると清子は息を切らしながら、私に言った。

「どうやら無理をしてしまったようだね、すまないけどあなたの部屋で休んでもいいかしら?」

「もちろん、さあ私の肩につかまって。」

 私は清子に肩を貸すと、波と一緒に部屋へと向かった。そして部屋に着くと、清子をベッドに寝かせた。

「清子さん、どうして急に倒れたんだろう?」

「おそらく術を使ったことによる急激な体力消耗だろう、人並み外れたことをすると、人間はかなりの体力を使うからな。」

 彼が言った。私は清子さんが目を覚ましたら、真から預かった扇子を渡そうと思った。清子は部屋に連れて来てから三分後に目を覚ました。

「ありがとうございます、ご迷惑をおかけしました。」

「気にしないでください。それにしても、この地で何度も会うなんて不思議ですね。」

「えっ、前にも会ったことがあるの?」

 波が驚いた。

「実は今日須佐神社で、それと昨日の食堂で。」

「あなたには、何か私に会う目的があるように見受けられます。一体それは何でしょうか?」

 私は真から預かった扇子を清子に見せた。それを見た清子は驚き、顔を紅潮した。

「それはあの日、上京する真に渡した扇子・・・。どうして、この扇子をあなたが持っているのですか?」

「実は真さんから、自分の代わりに渡してほしいと頼まれました。」

 私は清子に扇子を渡した。

「でもどうして、真はあなたに扇子を渡したのかしら?それに真はあの時からずっと、音沙汰無しだった。お願い、真は今どこにいるのか教えて!」

 強く願う清子に事実を伝えるには少しつらかったが、私は話すことにした。

「実は・・・真さんから扇子を渡されたとき、既に真さんは亡くなっていました。あの時の真さんは、霊そのものでした。」

「そんな・・、真が既に死んでいたなんて。」

 清子はショックで、顔を歪ませた。そして私は、清子にあの日誌の事を話した。

「真さんが死んだのは私が持っていた日誌のせいです、その日誌には私の不注意であの闇の力が宿ってしまいました。そのせいで私以外の人が書き込むと、その人が不幸になるという恐ろしい日誌になってしまいました。」

「それでは聞きますが、真はその日誌でどうやって死んだのですか?」

「実は『不思議の支配者』という番組で真さんは、その日誌の力が本当かどうかを検証する実験を行ったんです。・・・正直に言って、この検証をするのは私は反対でした。それに真さんも反対していたのですが、テレビの企画だという事で已む負えず実験を行いました。あの時、もっと強く反対するべきだったと思います。」

「そうだったの・・・、あの頃の私は霊能者としての修行していたから、真がどこで何をしているのか知る機会が無かった。でも最後にこの扇子を手に取れて、真の頑張りを知ることができた。本当にありがとうございます。」

 清子は懐かしそうな顔で、しばらく扇子を見つめていた。

「これで真さんも、浮かばれて天国へ行けるな。」

 彼が珍しい事を言った。それから清子は今晩だけ私の部屋で休み、翌日の午前六時に受付で宿泊代を払い、ホテルから出ようとした。私も偶然その場にいたので、声をかけた。

「清子さん、お帰りですか?」

「ええ、昨晩はありがとうございました。」

「こちらこそ。それにしても何だか不思議な出会いでしたね。」

「本当に、運命ってあるんですね。」

 こうして運命がまた一つ、役目を終えるのだった・・・。

 この続きは、また今度。










 








 



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