第2話絶望に堕ちる暴君
さてここからは、小学生時代のことをかこう。パラディン・ブラット・デーモンと契約した私は、学校でも他人を不幸にしてしまう。その中でも、二人の小さな暴君のことは、今も覚えている・・・。
三学期初めの当時の私には悩みの種があった。もちろん彼のこと、彼は清美を殺してからというもの、獲物にありつけていないのだ。
「ああ、私は飢えている! 早く絶望と魂が食べたい!」
このセリフ、もう聞き飽きた・・・。そう思いながら、私は学校につき教室に入った。一時間目の用意をしていると、大柄な少年とその取り巻きであろう二人の少年が現れた。
「おい、定規を貸せ。今日の算数の授業に使うんだ。」
私は大柄な少年に定規を貸した。大柄な少年の名は、大森強志。二人の取り巻きは、村岡満と小林光だ。大森ら三人は「少年暴力団」として、上級生からも恐れられていた。大森の武器は身長、大森は小学二年の時に山梨県の学校から転校してきたが、その時点で小学四年と同じ身長だった。そして小学四年となった大森は中学生と間違える程の、身長になった。その身長から出る威圧感に、みんなビビッてしまいつい言うことを聞いてしまうのだ。特に大森らの被害を受けているのは前田金彦、前田の家はお金持ちなので、いつも前田はいい文房具などを持っている。おまけに金持ち故に気が弱いので、大森らにとっては絶好のカモなのだ。
「あの大きい少年の名は、なんだ?」
「ああ、大森だよ。この学校じゃ、みんなから恐れられている存在さ。」
「ほう、いい魂をしてるじゃないか。」
彼は大森の姿を見ながら、気味の悪い笑みを浮かべた。そして一時間目終了後の休憩時間、私はトイレの入り口の近くで彼と話した。
「なあ、大森の弱みについてなにか、知ってないか?」
「知らない、あいつの弱点なんて考えたこともないよ。」
「何で、お守りと話しているの?」
「ああっ!、・・・なんでも無いよ。」
波多野波が話しかけてきた。波多野は私とは幼馴染で、私のクラスでは紅一点。無論私は波多野のことが好きだった・・・。
「本当に?」
「だからなんでもないって・・・。」
とりあえずお茶を濁す私を、波多野は笑った。
「あっ六蔵くん、話したいことがあるから今日の昼休憩いいかな?」
「いいよ、図書室で待っているから。」
「ありがとう、じゃあまた昼休憩にね。」
波多野は天使のような笑みを浮かべながら、教室へと入った。
「あの少女もいい魂をしてるな・・。」
「彼女は絶対殺しちゃダメだからな!」
私は彼にきつく言った。そして昼放課、図書室で本を読みながら待っていると、波多野が現れた。
「話っていうのは、何?」
「運動場問題のこと。ほら、いつも野球クラブが独占してるじゃない。」
野球クラブと聞いて私はビックと体が震えた。何を隠そう、野球クラブのキャプテンは大森だ。運動場問題とは大森らの暴力により、野球クラブ以外のクラブが満足に、運動場を使えないという問題だ。
「ほら近いうちに、サッカークラブが交渉するという噂があるでしょ?そのことが本当になるの。でもサッカークラブだけじゃ足りないから、卓球クラブ代表として参加してくれない?」
卓球クラブは体育館で活動するため、運動場問題は対岸の火事。しかし、波多野の頼みとなったら断れない。
「いいよ。」
私は簡単に承知した。
「ありがとう!六蔵君は、最高だよ。じゃ明日ね。」
波多野は嬉しさのあまり大袈裟に握手をすると、ウインクを見せて図書室から出た。でも大森らと、もし全面戦争なんてことになったらと思うと、まずい事ににる。
私は卓球クラブの活動中も、明日のことについて考えてばかりいた。卓球クラブの活動を終え帰ろうとしたとき、同じクラスの川野風太がやってきた。
「なあ、一緒に帰ろうぜ!」
川野はいつもマイペースで楽天的。でもそこがムードメーカーとして、みんなから慕われてる。私は話したいことがあったので、一緒に帰ることにした。
「風太、実は僕明日、大森らと交渉しに行くんだ。」
「マジで、スゲーじゃん!どうしてそうなったの?」
「波多野から誘われた。」
「やっぱりそうか、まったくあのイケメンの力はすごいな。」
「それって、サッカークラブのキャプテンのこと?」
「そうだよ、俺たちのクラスにもファンは多いじゃないか。」
サッカークラブのキャプテンの名は、天道優。サッカーの腕前はもちろん、勉強もできて顔もよし。この学校では中高学年の女子の多くから支持されるほどの人気ぶりだ。そして大森らと最も対立している。
「それで君は、波多野にいいとこみせたいんだろ?」
「そんなことは‥‥ない。」
私は顔をそらしたが、「顔に書いてあるぜ。」と、川野に突っ込まれた。
「それにしても、大森はどうして運動場を独占できるのだろう・・・?」
「それは親のコネがあるからだろう。一年前のことだって、結局うやむやになっちまったし・・・。」
一年前とは「BS校庭戦争」のことである。当時野球クラブは高学年生がいなかったので、大森がキャプテンになった。大森はチーム強化のために、校庭全体を使用するという強行にでた。そのため野球クラブ十一人とサッカークラブ十五人が殴り合いの喧嘩になった。このことは学校で問題になり、互いのクラブが消えるかとおもわれたが、そこに口を出したのが大森の母親だ。大森の母親はPTA会長の立場を利用し、学校側に無理やりに説得をした結果、なかったことになった。そしてこれを機に、野球クラブの校庭支配が始まった。
「PTA会長は息子を溺愛しすぎだって、母ちゃんが言ってた。」
「そうか、たしかにズルいよな。」
その後しばらく話しをした私は、川野と別れた。
「おい、いいことを思いついたぞ。」
私が一人になったタイミングで、彼が話しかけてきた。
「何、いいことって?」
「大森は相当な荒くれ者だ、おそらく交渉なんか力ずくで潰そうとするだろう。そこでもし、大森が動いたらお前は、大森を殴るんだ。」
「僕が!無理無理、そんなことしたらまた喧嘩になるよ・・。」
「いいか、お前が大森を殴れば大森は必ず仕返しをする、そうなれば私がその報復をする理由ができる。そうすれば大森は不幸になって、学校で力を揮わなくなる。そうなったらみんな学校で怯えながら生活することはなくなる。どうだ、いい話だろう。」
私は大森のいないクラスを想像した、普通だけどみんなが思い思いに過ごしている。私は正直、想像したクラスのほうがいいと思った。
「みんなのためなら、悪魔の力を借りても罰は当たるまい。」
「・・・わかった、僕やるよ!クラスを変えるには行動するしかない。」
「いい覚悟だ、お前の勇姿を楽しみにしているぞ。」
そう言って彼は消えた。私の心は理想に燃える革命者だ。私のため、皆のため、そして波多野のために明日必ず交渉を成功させる。大森よ、お前が手を出したとき,不幸の道を歩むことになるだろう・・・。
そして翌日、私はいつもより気を引き締めて、登校した。
「いいか?決してお前から手を出すなよ。」
「わかっている。」
教室に入ると、川野と平野司馬が声を掛けた。
「六蔵、がんばれよ!」
「六蔵君、昼放課が終わったら取材しても、いいかな?」
平野は新聞クラブ所属なので、おそらく学級新聞のネタを取りに来たのだろう。私は「わかった。」と一言だけ言った。するとそこへ大森らがやってきた。
「昨日はありがとな、ほれ定規だ。」
大森は私に定規を返したが、その定規は真っ二つに割られていた。
「あんなのありかよ・・・。」
大森に貸し出された物は、たいてい大森の私物になるか壊れた状態で戻ってくる。わかっていても、これは酷い。そして運命の昼放課が始まった、私と波多野は学校の北門前に着いた。北門前には天道優を含めた上級生が、既に集合していた。
「波多野、来てくれたか。」
「ええ、こちらが卓球クラブ代表の天野六蔵君。」
「先輩、今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく、これでみんな揃ったな。」
「ところで、何人いるの?]
「六人よ。」
北門に集合したのは、サッカークラブ・陸上クラブ・テニスクラブ・水泳クラブ・バレーボールクラブ・卓球クラブの各代表者。今回は野球クラブと共に、「運動場の使い方」について話し合うのが目的。だから、決して手を出してはいけないと天道から、言われた。
「じゃあ行くぞ!」
天道を先頭に六人が、連なって歩き出した。大森は部員と一緒に練習している。天道は校庭全体に響く声で言った。
「大森--!、話しがあるんだ。」
しかし大森は、練習を続けている。もう一度、天道が呼ぶ。
「大森ーー!、こっちに来てくれ!」
しかし大森は来ない。これはもう、聞こえているけど無視している。
「大森!聞こえないのか!」
三回読んでも来ない・・・と思ったが、大森は着けていたグローブを外すとこっちに来てくれた。
「今練習中だ、とっととどきな。」
大森は見下した視線で私たちを見つめた、しかし天道はそれに屈しなかった。
「今、運動場は野球クラブのものになっている。このままでは、私たちのクラブはやっていけない。だから運動場の使い方について、話し合おう。」
「言いたいことは、それだけか?」
そう言う大森はなんと、天道の顔を殴った。
「あっ、何するんだ!」
「酷いわ、どうしてそうするの?」
ブーイングが飛び交うなか、大森はこう言った。
「いいかよく聞け!運動場は一つしかない、みんなで使っていたら使いずらいじゃないか!だったらお前らの中で、どのクラブが生き残るべきかを話し合え!」
無茶苦茶な考えだ、しかし顔を殴られても天道は立ち上がった。
「違う!運動場をどう使うかを話し合うんだ!」
立ち上がる天道に大森は、タックルした。もう大森を黙って見ていられなかった。私は天道をなおも殴ろうとする大森の前に立ちはだかった。
「腰抜けの癖に!六蔵、そこをどけ。」
私は首を横に振った、そして大森は私を殴った。大き目の図鑑で叩かれたような衝撃がはしったが、私は立ち上がりまた大森の前に立ちはだかった。
「どけと言っているだろ!」
そして私はここで首を振る代わりに、大森を殴った。
「六蔵君・・すごい!」
波多野は私の度胸に驚いた。しかし私の拳は大森に対し、あまり効かなかった。
「六蔵、よくもやったな!」
大森は私を仰向けに倒すと、馬乗りになって私の顔を、何度も殴った。
「やめろ、大森!」
「六蔵君が危ない!」
危険を察した波多野は、職員室へと向かった。天道らと野球クラブのメンバーは、必死になって大森を取り押さえた。おかげで私は助かったが、私は顔だけがジャガイモみたいにボコボコになっていた。その後駆けつけた教頭先生と野球クラブの顧問の先生により、私と大森は怒られた。しかし、罰の重さが違った。大森は野球クラブのキャプテンから外され、野球クラブは解散。私は反省文の提出だけで済んだ。そして家に帰ると、花之からの洗礼を受けた。
「先生からの電話で知ったけど、大森くんを殴ったそうね?」
「はい・・。」
「どうして殴ったの?」
「大森が話し合いもせずに、先輩を殴ったから。」
花之は厳しい視線で私を見ると、ため息をついてからこう言った。
「相手がしたからって自分も殴ったのはよくない!けど元を言えば大森が悪い。まったく、大森家は家族そろって傲慢なんだから・・・。」
「どういうこと?」
「言っていなかったわね、大森の母がPTA会長だってこと。」
「知ってたよ、川野君から聞いた。」
「そうだったの、じゃあ創立記念旅行のことは知ってるかしら?」
「ああ、一年前の中止になったあれ?」
「あの旅行で愛・地球博記念公園へ行く予定だったじゃない、あれが中止になったのはねPTAがね、お金を出さなかったからなの。」
「本当!?、どうして・・・。」
「大森の母がね、お金を出す代わりに大森の成績を上げろと言ったのよ。でも学校が拒否すると「私の言うことが聞けないのなら、助けないわよ。」とお金を払う話を無しにしたの。もちろん私達は反対したけど、「だったらあなた達で、勝手に払うがいいわ。」って言われてお金を集めたけど、目標まで行けなかった・・・。」
そうだったのか、あの時は「急なトラブルにより行けなくなってしまいました。」と聞いたが、まさかこんな理由だったとはおもわなかった。
「そもそも大森家って、そんなに力があるの?」
「どうも主人が、「BIGフォレスト」というチェーンレストランの社長なの。」
BIGフォレストといえば、有機野菜と国産の山の幸を売りにしたレストランで、近々東京進出するとテレビで話題になっていた。
「すごいなぁ・・・、あっ反省文書くように言われていたんだ。」
私はそういって、二階へとむかった。一階から花之に、「ちゃんと誠意をこめて書きなさい。」と言われた。その後、夕食のときにも寛助から同じ話題を言われた。しかし寛助は説教することなく、「次からはやるなよ。」と言われた。そして翌日、私は登校して教室に入った途端、クラスメイト(主に男子)が私の元に駆け寄ってきた。
「六蔵、大森を殴ったんだってな。すげえよ!」
「大森に殴られて、よく生きていたな!」
「六蔵はまさに、超人だ!」
私は賞賛の雨あられを、感じていた。ドラゴンを倒した勇者と同じ、誇らしい気持ちになった。
「みんな、六蔵がこんなことになっているのわかっているか?少しは心配しろよ。」
川野が真面目なことを言うことに、驚いた。確かに大森に殴られてしばらくの間、顔だけがミイラになっていた。
「川野君、気を使って悪いね。」
「気にするなよ、あと平野が放課後に話を聞きたがってていたよ。」
「ああ、そうだったね。」
あの時は説教が長く親も呼び出されていたので、平野に話すことができなかった。すると大森が一人で教室に入ってきた、しかもなんだか落ち込んでいる様子。
「早速、不幸がはじまったか。」
彼が現れた。
「何があったかわかる?」
「いつもと違って奴は一人で入ってきただろう、おそらく友達を失ったんだ。」
確か、村岡も小林も野球クラブに入っていた。だから二人とも、大森を捨てたのか。にしてもあんなに暴君ぷっりを発揮していたのに、急に弱々しくなった。
「これで、不幸は終わりなの?」
「とんでもない、私が出す不幸はだんだん強くなる。今のはまだ、序盤にすぎない。」
彼はニヤニヤと笑いながら、消えた。
そして翌日も大森は一人で教室に入った、顔色も昨日よりも更に悪い。
「大森君前より落ち込んでいるけど、何かあったのかな?」
「どれ、我がみてやろう。」
彼は大森をじっと見つめると、なにかわかったかのように頷いた。
「何かわかった?」
「あいつ、友達だけじゃなく宝も失ったらしい。」
「宝って、大事な物ということ?」
「どうも野球の道具を失ったようだ、しかも最悪の形でな。」
「もしかして、奪われたかうっかり壊したか?」
「捨てられたらしい。」
ということは、親に野球の道具を捨てられたとでも、いうことか。確かに隠されるよりも、かなり心に痛く刺さる。そしてその日の朝の会で、担任の蓮子先生からこんなことを、聞かされた。
「来年度まで、校庭で野球をすることが禁止になりました。」
その日大森は、学校にいる間笑顔を見せることはなかった。
そしてまた翌日、ついに事件が起きた。「ちょっと、これ見て!」という花之の言葉に、私は新聞に目をやった。そこにはこんな記事が載っていた。
「明かされるBIGフォレストの闇、偽装とストライキの連続!」
私は目を丸くして記事を見た。どうもBIGフォレストは料理の値段を安くするために、有機野菜を仕入れている契約農家に売値を下げることを強制しだした。そのため、多くの契約農家がBIGフォレストとの契約を切りだした。これに困ったBIGフォレストは一部のメニューに輸入された野菜を使用した。さらに各店舗でアルバイトに対する理不尽なシフトや、ノルマ達成の強要も発覚。それに不満をもった何店舗アルバイトが、ストライキを起こしたこともわかった。
「これはかなり、すごいことになったな・・・。」
「ふふふ・・・、登校したらもっと凄いことがわかるぜ。」
彼はもったいぶるように、私に言った。そして登校し朝の会が始まると、蓮子先生に呼ばれた大森が黒板の前に立った。
「皆さんにお知らせがあります、この度大森くんが一週間後山梨県に引っ越しすることになりました。」
するとみんなは大声で喜んだ、「やったー、ざまみろ!」や「今まで俺たちに酷いことした罰だ!」とここぞとばかりに積年の恨みを晴らそうと悪口の弾幕を大森にあびせた。
「みなさん、なんてことをいうのですか!いくら悪い思い出しかなくても、今まで一緒に過ごしてきた、クラスメイトじゃありませんか!」
「へっ、俺には思い出もくそもないがな。」
元取り巻きの村岡が言った。やはり暴君でも、ここまで落ちぶれると可哀そうに思える。
「さて、メインディッシュをそろそろいただくか・・。」
「なんのこと?」
彼はまたもったいぶるように、言った後消えた。そしてその日から大森は、三日間学校に来なかった。そして四日後のこと、一時間目が終わり次の授業の準備をしていると、蓮子先生に呼び出された。
「大森君が最後に、あなたと話しがしたいといっていたわ。」
「えっ!、てことは今日引っ越すのですか?」
「実は四日前に、大森君の母が急死したの。それでかれはひどく落ち込んで、今までの不幸は自分の行いが良くなかったからと思ったのよ。だから最後に、あなたに謝りたいと言ったわ。」
四日前の彼の言葉と結びつけると、私は顔面蒼白になった。メインディッシュとは大森の母の魂のことだった。
「どうだ、驚いただろう。ひさしぶりのご馳走だったぜ。」
彼は満足している。
「酷すぎるよ、母親まで奪うなんて・・。」
「今までの悪行を考えたら、当然さ。」
彼は自分が裁いたように言った。
「でも私は絶対、大森の悪口は言わない。」
「ふっ、優しい主人様だ・・。」
彼は呆れながら消えた。そして私は蓮子先生に連れられ、職員室に入った。
「大森君、六蔵くんをつれてきたわ。」
「ありがとうございます。」
大森は明らかに変わっていた、。それまで乱暴だった男が、人生の師と出会い真面目で優しくなっていくように。
「大森君、話っていうのはなに?」
「すまなかった、本当にすまなかった!俺は今まで自分がこの学校の一番だと、思い込んでいた。俺は家で親にあれこれ言われて、いらついていた。だから王様になりたくて、今まで乱暴してきた。そして自分の力で何もかも得た気になっていた。でもそれは、力を失えばこぼれ落ちていったも同然。失って初めて、自分は暴君だったとわかった。結局俺は、力でできた虚像だ・・・・。」
あの大森とは思えないほど、すごく反省している。
「大森君・・・、そこまで追い詰めいたなんて。今まで単純に最低な奴にしかみえなかったけど、君のこと見直したよ。」
「六蔵・・・、もっと早く友達になりたかったよ。でも俺は明日、山梨県に引っ越していく。親父の実家で暮らすんだ。会社も倒産が決定したし、本当に一家は絶望的だよ。」
「そんなに落ち込まないで、また君に手紙をおくるから。あっ、でも住所がわからないや。」
「六蔵はおれの真の親友だ!住所ぐらいおしえてやるよ。そして、必ず手紙をだせよ!」
「ありがとう。」
私と大森は抱き合った。周りの先生が友情の芽生えに、大きな拍手を送った。その日のニュースでBIGフォレストの倒産を改めて知った。でも大森はそれから十一年後に、山梨県で教師になった。そして私と大森は今では、互いに文通しあう関係になった。大森は悪魔のもたらした不幸により、新しく生まれ変わった幸運な人である。
さてもう一人の話を書こう。もう一人は私が小学五年に進級して間もない四月中旬に、東京から転校してきた。最初に彼の姿を見たとき、わたしは彼に変わっているなあ・・・、という印象を与えた。新担任の仙山先生が、紹介した。
「東京からきた、草薙佐助だ。」
「草薙佐助だ、よろしく。」
草薙は冷たい声で言うと、足早に自分の席についた。
「彼かっこいい!」
「クールでいい声、恋しちゃった。」
彼の冷たい印象は多くの女子にウケたので、一部の男子が彼を妬むようになった。
「何がクールだよ、あいつ友達になろうかと声を掛けたら、失せろといわれてしまったよ。」
その日の昼休みに川野が私に言った。
「あの野郎、冷たくすましてやがってー!」
小林光が鬼の形相で彼を睨んだ。小林は大森が山梨県へ引っ越してから、急にモテモテになった。彼は元々顔が良かったので、「大森の取り巻き」という汚名が抜けて好印象になった。しかし、それも草薙の登場で幕を下ろした。
「草薙か・・・、いい魂をしてるじゃないか。」
彼は舌なめずりをした。
「そうかな?たいして変わらないとおもうけど・・・。」
私はこの時から、彼のことが気になりだした。それから草薙はこの教室を騒がせるようになった。ある日のこと、私が教室に入ると草薙がギターを弾いていた。演奏は上手だが音が大きい、しばらく聴いていたが私に気づいた彼は演奏をやめた。
「何見てんだよ。」
「なんか大きなおとがすると思ったら、君のギターだったんだ。ていうか、ギターを学校に持ってきて大丈夫なの?」
「なんだ、悪いか?」
「いや、別になにも・・・。」
「だったら、静かにしてくれ。」
彼は再び演奏を始めたがそれから十分後、怒って入ってきた仙山先生と生活指導の先生に、連れて行かれてしまった。
「やっぱり、こうなるよね・・・。」
「でも彼の演奏はすごかったわ、彼絶対有名になれるよ。」
波多野波が尊敬の念を込めて言った。私はむねがチクりとした。
「ほう、奴に波多野を取られるかもと、感じたようだ。」
「ほっといてよ・・・。」
この時から草薙は本性を現すようになった。そして私は草薙を一度だけ、強く恨んだことがあった。その事件は急にやってきた。六月のある日、下校しようとすると草薙に呼び止められた。
「おい、頼まれてくれないか?」
「何、草薙君?」
「悪いがこの紙を捨ててきてくれ、できるだけ人気の無い所でな。絶対誰にも見られるなよ。」
そう言って草薙が渡したのは、ピンク色で緑のカエルの柄がついたおしゃれな紙だった。だが折ってあったので開こうとすると、草薙に「見るな。」と言われた。
「わかったよ。」
草薙は何も言わずに行ってしまった。私は渡された紙を、げた箱の近くのくずかごに捨てた。
「おい、お前不幸なめにあうぞ!」
「本当?」
「間違いない。」
彼はやけに真剣だったが、この時の私はまさかこんなことになるなど、夢にも思わなかった。だが翌日、彼の言うとおりになった。翌日教室に入ると、怒った顔で波多野が立っていた。波の目はとても鋭く、私は不倫がバレた時の旦那の気持ちがわかった。
「六蔵君、昼放課にとなりのクラスに必ずきなさい。」
それだけ言うと、波多野は自分の席に戻っていった。
「六蔵、お前ヤバイことしてしまったようだぞ・・・。」
川野がこう言うが、私には身に覚えが無かった。昼放課、波多野の言う通りとなりのクラスに入った。
「あなたが六蔵さんね、広瀬さんから聞きたいことがあります。」
広瀬というのは学校一のおしゃれ番長、威張ったり気取ったりすることはないが、女子からの人気が厚い。そんな広瀬を慕うのは、小野と京子。もちろん波多野もその一人である。
「何ですか?」
「あの・・・私見たんです。あなたがわたしのラブレターを、下駄箱のくずかごに捨てたのを。」
「えっ・・・、もしかしてピンク色でカエルの柄がついたあの紙?」
「そうです!」
「六蔵さん、あなたなんてことをしたんですか!」
「広瀬さんはね、草薙のことが好きだったんですよ!三日三晩頭を捻ってつくった広瀬さんの気持ちを、あなたは踏みにじったのよ!」
小野と京子の剣幕に、私は困惑した。
「二人とも落ち着いて、まずは六蔵くんがどうして広瀬さんのラブレターを持っていたかを、聞かないと。」
波多野が小野と京子をなだめた。
「六蔵君、正直に言って。」
もうこうなっては、白状するしかない。
「昨日草薙に渡されたんだ、人気の無い所で捨てて来いって。」
「本当かしら?」
「だったら私から草薙に聞いてみます、どうでしょうか?」
「六蔵さんの言う通りにして、二人とも。」
広瀬が小野と京子に言った。
「ならそうするわ、早速行ってきなさい。」
私は自分のクラスに戻り、席に座っている草薙に声をかけた。その様子を波多野、広瀬、小野、京子が、尾行する刑事のように見ていた。
「草薙君、昨日渡された紙のことなんだけど、あれラブレターだったんだね。」
「お前、何故知ってる?」
草薙は物凄く鋭い顔で立ち上がり、私を睨みつけた。
「実は捨てたところを、広瀬さんに見られてしまったんだ。本当にごめんなさい。」
「言いたいのはそれだけか?」
私がうなずくと、草薙は私の腹を殴った。強烈な拳が私の腹にめり込まれた。
「ちっ、俺のメンツが台無しじゃないか。」
「じゃあ、どうして捨てようとしたの?」
「興味がないからに決まってんだろ。」
草薙は私との会話を見ていた四人を無視して、教室から出た。
「そら見ろ、俺の言う通りになったじゃないか。」
彼が現れた。
「もちろん、復讐するよな?」
「でも・・・。」
「なにをためらっている、広瀬という少女の分もいれてやるべきだ。」
私は立ち上がると、四人の様子を見た。広瀬が泣き崩れていて、小野と京子が広瀬を慰めていた。
「どうしたの?」
私が波多野に聞くと、こう答えた。
「広瀬さんがね,「私の気持ちどうだった?」と聞いたら草薙が、「紙くずを渡されて迷惑だ。」といったんだ、最低だよあいつ。」
私は草薙に制裁を科したい気持ちになった。
それから数日経ったある日、この日はこの学校の五年生全員が待ちわびた修学旅行の日だった。私は荷物を持つとバスに乗った、私の席の隣は波多野だった、これはなんとラッキーことだろう。
「波多野さん、修学旅行たのしみだね。」
私は親しみを込めて言ったが、波多野は浮かない顔をしている。
「どうしたの?」
「広瀬さん・・・、とうとう来なかったね・・。」
私は頷き同情した、広瀬は草薙にフラれたショックでこの学校で第一号の、不登校児となってしまった。やはりあんな言い方でフラれたら、立ち直るのは難しいだろう。その後草薙に対する女子の評価がガタ落ちになったとを、この日の三日前に平野から聞いたが、当の草薙はそのことを気にしなかった。そして五年生と教師らを乗せた三台のバスが発進した。バスに乗っている間私は波多野と話そうと思っていたが、波多野は友達が多くてなかなか声がかけられなかった。しかたなくガイドのアナウンスでも聞きながら、窓からの景色を眺めることにした。
「おい、退屈か?いいことをおしえてやる。」
彼が現れた。
「なに?」
「今日、草薙に仕返しをする。」
「ホントに!いつやるの?」
「この後確か、清水という寺へいくよな?そこから地獄へ落としてやる。」
「あんなところから・・・ヤバイよ。」
「奴の絶望する面を見るのが楽しみだぜ。」
そう言い残して彼は消えた。学校から清水寺まで、休憩を入れて三時間かかった。私の学校では旅行中はグループ行動が基本、私のクラスではA・B・C・D・Eの五班でそれぞれ見学することになった。この時私はB班に入っていたが、草薙も同じくB班だった。
「それではこれから、清水寺をグループで見学いたします。決してはぐれないようにしてください。何か起こったら入り口で待機している、私に声をかけてください。」
仙山先生の合図で見学が始まった、入り口に立つは仁王門、そこから西門、三重塔、鐘桜、経堂、開山堂、朝倉堂と歴史を感じる建物が続きついに、本堂に辿り着いた。
「ここが、本堂・・・すごい。」
教科書の写真でしか見てこなかった清水寺、国宝に指定されたその建物はただならぬ迫力を放っていた。この時のメンバーは、私・草薙・平野・小林・佐野・和義・神田・士郎の男子のみの八人。すると草薙が言った。
「ちょっと、トイレへ行ってくる。」
「あっ、じゃあぼくがついていくよ。」
佐野が草薙についていった、だれかがトイレへ行くときは一人だけにしないことが、グループ活動中のルールである。草薙は嫌な顔をしながらも、佐野とトイレへむかった。そしてその他のメンバーは、本堂の中へと入った。本堂の中は観光客で芋を洗うような状態、人混みを突き進みようやく景色を一望できる場所についた。
「すげえ景色だ。」
「僕は今、この景色を撮影している時が、すばらしい!」
平野は感激のあまり、カメラのシャッターボタンを連打した。
「本当にいい眺めだ、草薙と佐野は早く戻ってこないかな。」
「草薙といえば、どうして誰も寄せ付けないか知ってるか?」
士郎が言った。
「どうしてなの?」
「草薙は実は孤児なんだ、五歳の時に両親が離婚し、母親によって施設に入れられたようなんだ。それ以来草薙は人を信用することが、できなくなってしまったようなんだ。」
「それ私も知っています、仙山先生から聞きました。」
「さすがは情報屋だな、平野。」
平野は照れたが、私は草薙の以外な過去に驚いた。草薙は利己的な心ではなく、単に心がすさんでいるだけだった。私は今すぐにでも、彼の仕返しをとめたかった。しかしこの時、彼の気配を感じられなかった。清水寺からの景色に満足したのでバスに戻ろうとしたが、草薙と佐野を連れて行かなければならない。
「そういえば、草薙と佐野遅いな・・・。」
「トイレに行ってもう三十分だ、なにしてるんだろう?」
するとそこへ佐野が現れた、右手で腹部を抑えながら痛そうに顔を歪めている。
「佐野、大丈夫か!
「ああ、なんとか・・・。」
「草薙は一緒じゃないのか?」
「僕・・草薙に殴られた。」
「どういうことだよ?」
「トイレの前まで来たら、突然殴られた。それで気を失って、気づいたときはもういなかった。」
「あいつ、一人になりたかっただけだ。嘘つきやがって!」
「とにかく草薙を探そう、僕が仙山先生にしらせてくる。」
そう言った私は、仁王門へ向かって走った。そして仁王門の前で、仁王立ちしている仙山先生に声をかけた。
「先生、大変です!」
「どうした?」
「草薙がいなくなりました。」
「なに、誰か一緒じゃなかったのか?」
私は仙山先生に、草薙がいなくなった経緯を話した。
「あいつめ・・・、とにかく探そう、君も協力していただきたい。」
私と仙山先生は、本堂めがけて走り出した。途中で会ったグループや見張りの先生に尋ねてみたが、誰も草薙を見てはいないようだった。そして本堂へと戻ってきた。
「やはり、この辺りか・・。」
すると、キャーーっ!という女性の悲鳴が本堂から聞こえた。私と仙山先生が本堂の中へ入ると沢山の人だかりができていて、皆下のほうに視線を向けていた。私と仙山先生に気づいた平野がこっちに来た。
「先生、六蔵、大変だ!」
「どうしたの?」
「今そこで・・・・草薙が・・・・清水の舞台から落ちた。」
「何だって!早く119番だ。」
「大丈夫です、目撃者が119番してくれました。でも、どうして落ちてしまったんでしょうか?」
私は知っていた、これは彼の仕業だ。本気でやることは知っていたが、やはり彼のやり方にはむごさを感じる。するとそこへ彼が現れた。
「どうだ、上手くいったぞ。」
「うん、いつ見ても君の復讐はすごいよ・・・。」
「浮かない顔をしているな、満足してないのか?」
「違うんだ。草薙は確かに冷たくて酷い奴だった、でもそれは人を信じれないが故のことだった。もしちゃんと草薙と向き合っていたら・・・。」
「六蔵、相変わらずわかってないな。草薙に対して復讐心を持った時点で、お前は草薙を避けるべき対象だと認識した。一度動いた復讐心は、晴れるまで止まることはない。結局草薙は救いようのない奴だったんだ。」
彼は決めつけるように言った。でも私はあの時の私に、草薙の過去を伝えたかった。そうすればなにか、変われたかもしれない。その後駆けつけた救急車に草薙は乗せられ、仙山先生が同行した。そして急きょ午前の予定を全て前倒しして、バスは泊まる予定の旅館へと向かっていった。
「なあ、草薙だいじょうぶかな?」
「清水の舞台から飛び降りて死ぬなんて、縁起にもならないぜ。」
「六蔵君、どうしたの?」
波多野の呼びかけも聞こえない程、私は草薙の安否が気がかりだった。そしてバスは旅館に着いた、そして五年生全員が決められた部屋で仙山先生が来るまで待機した。私をいれたメンバーは、草薙のことが気になってしまい、修学旅行の喜びを噛みしめられなかった。私が旅館の部屋の角でじっと座っていると、彼が現れた。
「君は何故、復讐に後悔するんだ?」
「確かに復讐して僕の気持ちは晴れる、でも同時に復讐で死んだ人を見ると可哀そうに思うんだ。もっと長い時間生きていたかもしれないし、やりたかったこともあったんじゃないかって。」
「なるほど、罪悪感からか・・・。でもな、そう思っているなら何故、復讐心を抱いてしまうのだ?」
「それははっきりとは分からないけど、過去に見たその人に対する思いや自分との関りが突然の不幸によって、心の闇と混ざってしまうことで、復讐心になってしまうのだと、私は思う。」
「心の闇・・・それは呪いの根源や悪心の元になると言われ、時に人を悪魔よりも恐ろしく見せる精神的な力か?」
「その心の闇の力が不幸によって、津波のようにおしよせて、いつしか心全体を飲み込む・・・。きっとみんなそうして、復讐したくなるんじゃないかな。」
すると平野の呼ぶ声がした、そして彼は消えた。
「仙山先生が戻ってきたようだ、なにか重大な話があるらしい。」
私を入れた部屋のメンバー全員で、集合場所へと向かった。集合場所に来るとみんな真顔ににっていた、真剣そうには見えないが目の先を仙山先生に向けていた。
「みなさん、先ほど草薙君が清水寺から落ちたということを聞きましたね?あの後私は病院に行って草薙君の無事を待っていたのですが・・・残念ながら、草薙君は亡くなられました。」
まさかの訃報に、みんな動揺した。
「みなさん、大変急な話ではありますが今後の予定を中止にして、明日学校へ帰ることになりました。」
私はこの時黙っていたが、五年生の大半が「なんだよそれー!」とか「そんなのないよー!」と、仙山先生にブーイングした。
「皆さんの気持ちはわかかります、でもこれから三日目にやる予定の余興会を今夜行うことにします。そして翌朝、朝食を食べたら荷物をまとめてバスに乗り、すぐに旅館を出ます。途中、桂川PAと安濃PAでお土産を買いながら休憩をとります。そして午後五時半の学校到着です。なお、三日目の日は五年生のみお休みとします。みなさん大変ざんねんではありますが、最後まで楽しく参りましょう。」
仙山先生は慰めるように言った、五年生全員も仕方なく現実を受け入れた。
「あとそれから、二組のB班の方。警察の事情聴取がありますので、私の後についてきてください。二時間後に食事をしてそれから余興会開始です。」
B班全員が仙山先生の後に続いた。そして聴取を終えた私は夕食を食べて、余興会を楽しんだ。私は余興会に出す出し物は無かったが、B班から川野と平野が出場した。川野は修学旅行の前から平野と漫才の練習をしていただけに、みんなから好評を受けた。そして余興会も終わり、お風呂に入った私は物足りなさと後悔のなかで眠りにつくのだった・・・。
これで小学生時代の話は終わりです。続きはまた別の日に・・・。
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