むらさきひめ

ハデス

第1話 かたりはじめ

それは、とある少女の物語。


 これは、彼岸の果てに語られる物語。


 いくつもの欠片を拾い集めて、色成す物語。




 見上げる空は、一面の灰色でした。


 あの分厚い雲の向こうには、いつか見た青い空が広がっているのでしょうか?


 まわりは、鉛色の石が敷き詰める川原でした。


 こうやって、拾い集めた小石を積み上げていけば、いつかは空にも届くのでしょうか?



 突き立った真っ白い風車達は、まるで無数の墓標でした。


 冷たい風を受けて、回っています。


 くる、くる、くる……と。物寂しく回ります。


 囁くように、物哀しく回ります。



 ふと。


 轟、と一際強く。


 風が、吹き抜けました。


 肩までかかるわたしの黒髪が、大きく舞って、ほんの一瞬だけ視界を遮りました。


 ああ……また、ひとつ。


 声が、届きました。


 いつものように。


 いつかのように。


 


 ――誰かの声が、わたしに届きました。


 


       ◇



「…………」



 わたしは、上着のポケットをまさぐります。


 それは、色彩の死んだこの世界では、あまりにも場違いでした。


 まるで、灰色の中の一点の染みのように。


 薄紫色の、古びた携帯電話でした。



「また、呼び出しかよ」



 不意に、声が耳を打ちます。


 突然現れたわけではありません。


 ずっと、わたしのそばにいて、飽きることなくだんまりの彼でした。


 時代錯誤の、はかま姿の青年。



 その腰に刀でも帯びていれば、時代劇の武士といった感じでしょうか。わたしよりも頭二つは高い長身。


 精悍な顔立ちに、皮肉そうな……それでいてどこか優しげな表情を浮かべています。


 そんな青年と向かい合うのは、セーラー服姿のわたし。


 その不釣合いを奇妙に思う誰かは、この場にはいません。



「……そうみたいだね」



 わたしは携帯電話の画面を開いて、着信を確認します。


 見知らぬ名前。


 見知らぬ誰か。


 それも、いつものことです。



「で、また行くのかい? 主殿」



「仕方ないよ」



 もう一度、空を見上げました。



 そこには、頭上を旋回する一匹の鳥の姿がありました。


 視線に気が付いて、降り立ってくる真っ白い小鳥は、わたしの肩に器用に止まります。



「行こうか?」



 その首をそっと撫でると、了解したとでも、くちばしを傾けました。


 歩き出すわたしの後ろで、「やれやれ」と。聞こえよがしに溜め息をつくのが聞こえました。それでも構わず、わたしは歩いてきます。


 やっぱり何時もの通り、その気配がついてきました。



 いつものことです。


 乗り気ではなさそうなことを言いながらも、わたしの行動に呆れながらも、少しだけ皮肉を乗せつつも……彼はそうして付き添ってくれるのです。


 出会った時から、彼が……わたしのそばにいることを望んでくれた日から。


 彼は、彼らは、ずっと。


 わたしのそばにいてくれます。


 



 轟、と。


 今一度。


 大きく、風が吹き抜けました。


 そうして、わたしの姿はそこから消えています。



 わたし達がいなくなったその場所で、相も変わらず、風車は回り続けます。


 くる、くる、くる。


 来る、繰る、繰る……と。


 


 静かに、哀しく、寂しく、回り続けるのです。

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