吸血鬼

 夜明けが来る。車道の真ん中をぶらぶらと歩いている吸血鬼の彼は直感した。

 吸血鬼である彼は夜以外動けない。朝、昼は眠っていなければならないのだ。そして日光に弱い。つまりは日陰に寝床が必要だった。彼は自分が日にあたるとどうなるかは知らないが、これもまた直感で危険を感じている。

 彼は慌てて帰路につく。帰る家は無いけれど、住処にしている廃墟がある。元々は三階建てのアパートだったであろうその建物は、ドアも窓も全てべニア板か何かで塞がれていたが、その板に少し衝撃を与えれば直ぐに壊れたし、窓も大きめの石を投げれば簡単に割れたので、住処は直ぐに出来上がった。遮光性も充分だ。

 ここを曲がって、真っ直ぐ。いくらもしない内に家についた。彼は足早に駆けていき、入り口まで登る。彼が開けた穴は、三階の一番端の部屋。その窓が彼にとって玄関になっている。そこの板を一枚どかすと、枠だけの窓ガラスがある。床には破片が散らばっている。気をつけて渡り、板を戻して蓋をして、後は寝るだけだ。彼はキッチンの隅に丸まって小さくなり、眠る姿勢をとった。ここからは睡魔を待つだけだ。

 

 …たしか犯行初日のその日は窓を割った時の夜に響く音に自分自身が怯んで、誰かに見つかるのではないかとも思いながら、内心びくびくしながら睡魔に襲われた。だから次の日の夜、無事に目を覚めた事でとても安心した事を覚えている。自分は今や人間でない化け物なのだ。誰にも見つかるわけにはいかない。

 世界の範疇から外れた存在。十字架の外の存在。存在してはいけない存在。

「あ、ってことは…」

 彼はひとりでにくすっと笑った。独り言を言う癖は生きている時と同じだ。もしくは死ぬ前と同じという方が彼にとって、同じ意味でも適切だろうか。彼はもう、得体の知れない化け物である。元人間の化け物ではあっても、人間でないのならその事実に意味は無いだろう。人間と格別された存在だ。

 彼には最早、罪を罰せられる権利すら無いのだ。人間が定めた法の中で、吸血鬼の彼にとって罪は罪でなく、罰は必要もない。何をしても良い。ただなにもできる事なんてない。

 そう、吸血鬼になったところで彼には何の目的も無い。生きている頃は公務員として立派に暮らしていたが、死んでしまった今の彼にはそんなものはない。必要が無い。なら、ぶらぶらと生きるだけか。彼は自問自答してみる。

 …いや、一つだけあった。

「腹減ったな」

 血を吸わなければならない。出来る事なら今すぐにでも。そうすることで血を吸われたものがどうなるかは、直感しなくても分かっている。でも、それどころではない。なんせ腹が減っているのだ。血が吸いたい。どうしようもない。

 ここで眠気がきた。開いていた目が自然と閉じていく。明日は誰かを襲うだろう。そうしなければ生きられないのだから。生きている理由など無くても、死ぬ必要だってないだろう。死ぬよりは生きていたい。彼は肉体としてはとっくに死んでいるが、生きている部分が確かにある。

 死にたくないから生きる。生きている理由なんてものの大半はそういうものだろう。意識していないだけであって。

 明日、何処に行こうかな。そこで彼の意識は一度、途絶えた。










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