吸血鬼と偽物

@negerobom

偽物

 一日の終わり。つまり、彼のような中身の無い人間にとっては、学校が終わる事やバイトが終わる事、仕事が終わる事といった国民の義務が終わる事と全く同義なのだろう。

 バイト帰りで自宅に帰って来てまだ夕方の五時を少し回った所だというのに、彼の一日は既に終わっていたのだ。後はただ惰性に身を任せ、精一杯の怠惰を眠るまで続ければいいのだ。

 帰ってきた一人暮らしの小さな部屋は、片付いてはいるものの、それが寂しいくらい物が少なく、この部屋を散らかしてみるというのが困難なくらいだ。

 彼はだらだらと真白い敷布団まで歩み寄って、倒れるようにして寝転がった。そのまま目を閉じる。十秒程でまた目を開けた。どうやら眠ることは出来ないようだ。眠気が全く感じられなかった。

 そこで彼は困り果てるのだ。これから眠れるまでの間、恐らくは十時、十一時までの、彼にとって長すぎるくらいの時間。なにをすれば良いのだろう。

 彼は考える。大抵の人はきっと考える間もなく、機械的にスマホを眺めていたりするのだろう。用事もないのに暇さえあれば、というか気付けばスマホを取り出しているのが現代の若者の通常なんだろうし、なにも難しい事でもない。だが、彼の場合そういうわけにはいかなかった。

 思考する事。それはきっとただそれだけでとても忙しいものなのであろう。じゃあ彼は何をそんなに忙しく考えるのだろう。彼が考える事はいつも決まって、自分の事だ。

 正確に言えば、自分はどうしてここまで空っぽなのか、とか。

 どうして自分には普通の人が当たり前に持っている物が無いんだろう、とか。

 なぜ僕だけが世界に見放されなければ、あるいは嫌われなければならないのだろう、なんて妄想的な事まで。あくまで悲観的な事をひたすらに。

 そんなことを考えていると決まって、吸血鬼が出てきた本の事を思い出す。とても簡潔に簡単に言えば、吸血鬼が小さな村を侵略するというような内容だった。その中で出てきた吸血鬼の習性。苦手なものも含めて、自分に重ねてしまうのだ。

 ただ死んでいる為に、世界に存在していない存在。存在してはいけない存在。

 神に見放された存在。十字架の外にいる、人間ではない、化け物。

 鏡にすら相手にされない浮遊体。鏡にすら映せない化け物。

 

 吸血鬼。彼、佐藤は生きながらそんな存在だった。

 少なくとも彼は自分がそうであると思い込んでいたし、そうでないとは認められなかった。

















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