009
「面は返してもらったよ。あんまりひとの体で遊ぶもんじゃない」
秋生の声が聞こえる。
……いや、秋生はおれだ。
彼は秋生の姿をした冬馬だったのだろう。
もうおれの体は冬馬の姿を留めていない。赤黒い液体となって路地を流れていく。
おれは幼いころから呪術師に憧れていた。
小学校に入学するまで両親とともに住んでいたアパートの隣人の影響だった。隣人は家が代々の呪術師で、少しなら自分も使えるのだと言っておれに幻想を見せてくれた。
会ったことのない自分の姉に会った。
姉は秋生が生まれる以前に鬼に食われて死んだ。若き日の両親と歩く幻想の姉は幸福そうに見えた。
呪術は人を救えると思った。おれは隣人に教えを請い、呪術の習得に努めた。
中学3年の冬。
冬馬が鬼に食べられて死んだ。
冬馬とは同じクラスで、直接話したことはあまりなかったけれど、おれは彼の一挙手一投足をいつも意識していたと思う。
短く切った艶やかな髪。白い肌。丸い輪郭。背丈はおれより少しだけ高いくらい。低血圧。眠そうな切れ長の目。鳶色の瞳。
彼のパーツのすべてが特別に思えた。
彼の言動が世界の価値にそのもののように感じられた。
その冬馬があっけなく死んだ。
人を救えると思った呪術は、彼の死に意味を与えなかった。
おれは、残された彼の手をもとに、彼の体をつくった。どろどろした肉塊にしかならなかったけれど。
冬馬は言う。
「今からきみの体を返す。……きみはこれから先、たくさんの土地へ行って、たくさんのひとと会って、その場所やそのひとたちの幸福と特別を拾いあげるんだ。そして、もっともっとたくさんのひとを弔っていくんだ。ぼくやきみの体なんかに、いつまでもこだわっている場合じゃないんだよ」
まってくれ。
とうま。
「さよならだ。春歌がきみを待ってる」
冬馬の声が遠ざかる。
気づけばおれは、路地に流れる赤黒い液体を見下ろしている。
腕はもう、どこにも見当たらない。
鬼神的身体 むぎばた @sakusogram
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