006
放課後。
部活を終えて部屋を出ようとすると、秋生に引き留められた。
春歌に先に帰るよう伝え、彼の姿が見えなくなると、秋生はあくまで落ち着いた口調で言った。
「鬼、追う気ある?」
「……追う気は、ある。ただ、自分がもとは違う誰かだったなんて実感が、おれにはもう維持できなくなってきてる。それに、鬼に動きがあるまでおれらは待つしかないんだろ?」
「そうなんだけど」
以前、秋生の家で話したとき、鬼が鬼であるのは悪しき欲望があるからであり、その悪は「神様」が決めるのだと秋生は言った。
その後も秋生は神様とは何かについて語っていたが、おれは聞く気を失ってしまったのであまり記憶していない。
そこに現状への肯定感が輪をかけてやる気を削いでいる。それが秋生にも伝わっているのだろう。
「きみは神様が嫌いか」
「好き嫌いの問題じゃない。単に信じる必要を感じないだ」
「必要がなければ信じたくない、ね。じゃあ、鬼や面のことはどう思う?」
「それも、どうでもいいことだよ。おれが被害に遭ったことだけが本当なんだ。おれに被害を及ぼしたものを、きみが鬼と呼ぼうが神と呼ぼうが、事実は変わらない」
いや。
おれが鬼と呼ばれるものに体を奪われたということからして、秋生が言っているだけに過ぎないのかもしれない。
結局、本当なのは、おれがかつて別の誰かだったという実感がまだ微かに残っていること、その感覚を肯定する秋生がいることだけだ。
「おれが自分を冬馬と認めさえすれば、おれが遭った被害さえもなくなるな」
「駄目だ。冬馬は死んだ」
「そのことだって、きみが言っているだけじゃないか。冬馬の家族も、冬馬が戻ってきて幸せそうだったよ。鬼もどこかへ逃げるようでもないし、おれの本当の家族にとっても、別に問題ないんじゃないか」
「本気で言ってる?」
秋生はおれを見つめる。
相変わらず表情の変化に乏しいが、どうやら驚いている。
「きみみたいに言うひとは初めてだよ」
「違うよ、秋生。これはおれの判断じゃない。冬馬の体が、冬馬の経験から判断しているだけなんだ」
「わかった。おせっかいだったね。もう言わない」
お幸せに。
言い残して秋生は去っていった。
右手を見る。手首。長い指。爪が少し伸びている。
冬馬は右腕を残して死んだ。この手は誰のものなのだろう。
体が熱い。あの赤黒い液体が体の中で渦巻いている気がする。
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