002
「いやな夢を見たよ」
私の呟きに、春歌はいつもながら淡泊に返す。
「どんなの」
「自分が何か、ぶよぶよした、肉塊みないなのになる夢」
「あれだね、『芋虫』みたい。朝起きたら芋虫になってたってやつ。文芸部っぽい」
「……文芸部っぽいって、文芸部の科白じゃないよね」
私たちは旧校舎2階の部室にいる。
いちおうは文芸部と称しているが、文芸部らしい活動はしていない。秋に部誌を作ることを計画しているくらいで、平素は部員たちで話しているだけだ。顧問の先生はいるらしいけれど、口どころか顔を出すこともない。
私は今朝の夢を思い出そうとする。
「芋虫になってたというか、芋虫にされてたというか。なんでだったかな」
「トラックに轢かれて生まれ変わったとか」
「だとしたら芋虫は勘弁だね」
「冬馬くん」
春歌はパイプ椅子から立ち上がり、仁王立ちで言う。
「わたしは神です」
「何。急に」
「きみは、偶然にも死んでしまいました。その不幸な最期に免じて、次の人生では特別に、きみの望む能力をひとつだけ授けてあげましょう」
「はあ」
「さあ、遠慮はいらない。きみの欲望を聞かせてごらん」
また何かの真似だろうか。
深く考えて答えても仕方ない。春歌の芝居がかった冗談はよくあることだ。
「じゃあ。変身、かな。『魔法少女』みたいな。かわいい服着たり空を飛んだり」
「へえ、意外な趣味だね。攻撃魔法とかはどんなの」
「戦わなきゃいけないの?」
「もちろんだよ。きみは街の平和を守らなくちゃいけない」
「何から」
「なんだろ。鬼から?」
なんで鬼?
「まあ、相手が鬼なら、呪術師みたいのがいいかな。護符っていうんだっけ。呪文を書いた紙を張りつけたり、飛ばしたり」
「呪術師かあ。でもそういうのなら、秋生のが似合いそうだね」
「あー。それはわかる」
秋生さんは同じ文芸部員のひとりだ。
もの静かで博識、私たちの中で最も文芸部員然としていると同時に、なんとなく、呪術師や魔法使いといった胡散臭い肩書がとても似合って見える。
「彼、鬼の城に住んでるんだって」
「鬼の城」
「ほら、山の麓にあるお屋敷。中学のころ、いっしょに見にいったじゃん。この春からあそこに引っ越してきたんだって」
屋敷を直接見た記憶はある。
確か、春歌につきあって門前から眺めた。怖いとも、中を見たいとも思わなかった。
「つまり秋生さんは、鬼の城に住んでる呪術師なんだ」
「鬼の方が似合ってるかもね」
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