第11話 奇病に花を 3

 日が昇り、冷たい風が熱を帯びる。

 イーラとフィニは日の出と共に起きると、外の様子を窺って帰る算段を立てる。イーラが太陽の位置を大まかに測っていると、フィニは地面に魔法陣を描き出した。

「何してんのよ」

 イーラが聞くと、フィニはローブを羽織り、意味深に笑った。

「だって方位磁石壊れちゃったし、太陽の位置を測っても今の場所までは測れないでしょ。だったら、知ってる人に聞いた方が早い」

「えっ、それって······」

 イーラが聞く前に、フィニは魔法陣に手をついた。「通報しないで下さいね」と笑った。



「冥界を統べる我らが神よ。この地の魂を我が元に現したまえ」



 フィニが呪詛を唱えると、魔法陣は淡く光り出す。しかし、何も呼び出せないままに光は消えた。

「······やっぱり、杖が無いとダメかぁ」

 フィニは悔しそうに頭を掻いた。

「うーん、この辺りに住んでた人が呼び出せたら、道を聞けると思ったんだけど」

「森の中に住んでる人なんて案内人レーシーくらいだわ。普通の人は住まないわよ」

案内人レーシー? ···その手があったか!」

 フィニは手を叩くと、もう一度魔法陣に手をついた。

 目を閉じ、意識を集中させる。



「冥界を統べる我らが神よ。我が魔力をいしずえに、精霊を呼び覚ましたまえ! ───案内人レーシー!!」



 フィニが力強く叫ぶと、それに答えるように魔法陣から緑の光が溢れ出す。光はムクムクと膨れ上がると、人の形を成し、一人の男を呼び出した。

 毛皮に身を包み、水タバコを吸っている。

『我を呼び覚まし者よ。汝の名を我に差し出せ』

死霊魔術師デュラハン見習い──フィニアン・レッドクリフ」

 案内人レーシーはフィニの名を聞くと、あからさまに顔を顰めた。そしてタバコの煙を吐き出すとフィニに吸口を向けて言った。



『まーたお前か! いい加減にしろよこの方向音痴!』

「ごめんなさぁい!」



 フィニは自分が呼び出した男に叱咤され、肩を竦めた。イーラはポカンとしてその様子を眺めていた。

『まいっかい毎回森に来る度に呼び出しやがって!前は商人街ギンシャ行くっつって迷って? その前は音楽の花園タンバイル行くっつって迷って?』

「タンバイルより石の街マージェイトが先です······」

『いい加減にしろよ! つーかもう出歩くな!』

 二人だけで会話が進み、イーラは置いてけぼりになっていた。案内人レーシーの吸うタバコの煙をうっかり吸い、咳き込むと案内人レーシーが気づいて振り返った。

『おい、このちんちくりんは誰だ? 何か見たことあるなぁ……』

「イルヴァーナよ。ケホッ······ねぇ洞窟でタバコは止めてくれる?煙たい」

『イルヴァーナ······。聞いた事はないな。でも見たことは······あ! マシェリーに似てるのか!』

 案内人レーシーはイーラにずいっと顔を近づけ、イーラの母の名を口にした。

 イーラは母の名に心臓を掴まれるような思いをした。フィニが「イーラはマシェリーさんの娘だよ」と紹介すると、案内人レーシーは目を輝かせる。

『そうか! あのエルフ紋のマシェリーのか! そうかそうか。似てて当然だ。顔にでかい傷はあるが、その目の色も顔全体の雰囲気もよく似てる。しかし、そんな凄い人の娘が何でお前と森で迷ってんだよ』

「いや、まぁ職人ドワーフの砦で人助けしてたんだけど、その、カイナリの花を採った帰りでえっと······魔物に襲われて···道に·········迷いました」

 フィニの声がだんだん小さくなる。

 案内人レーシーが白い目でフィニを見た。そしてイーラに目を向けた。

『なら俺を呼ぶ必要ないだろ。マシェリーの娘がいるんだぞ』

 水タバコの吸口でイーラを示した。フィニがイーラの顔色を窺ってオロオロし出す。

 イーラはふつふつと湧き上がる苛立ちと虚無感を押し込んだ。


「私は魔力を持たない一般人よ。エルフ紋の母を持つけどね」


 イーラが吐き捨てると案内人レーシーはガッカリした目でイーラを見下ろす。イーラもまた、かたきを見るように彼を睨み返した。

 フィニは「ちょっと!」と止めるが、案内人レーシーは露骨なやる気のなさを見せる。

『······洞窟を出て左。雷で根元まで割れた木をまた左に行きゃあ砦につく』

「いつもありがとう」

 フィニが礼を言うと、案内人レーシーはタバコの煙と共に消えた。

 イーラは歯ぎしりをして荷物を持った。


 いつもこうだ。マシェリーの名を聞くと、イーラにまで期待の眼差しを向けられる。そして力が無いと知れば勝手にガッカリして蔑んだ眼差しに変わる。母が凄いからなんだと言うのか。私に力が無いからなんだと言うのか。望んだわけじゃない。同じエルフ紋があればどんなに良かったか。勝手に比べるのはどちらだ。どうして私が悪いんだ───!!


「イーラ!」


 イーラはフィニに肩を揺すられ我に返る。

 フィニの不安そうな顔が目に飛び込んできた。

「······怖い顔してたよ。大丈夫?」

「············大丈夫よ。帰りましょ」

 イーラは平静を装って洞窟を出た。だが内心は怒りと悲しみと、母への憎しみが渦巻いていた。

 イーラは拳を強く握る。前を向いて森の中を歩いた。


 ***


 案内通りに森を歩くと、ちゃんと砦の前に出られた。

 砦の入口の前ではエミリアがうろうろと落ち着きなくイーラたちの帰宅を待っていた。

 エミリアはイーラたちの顔をみると、安心したように胸に手を置いた。

「おかえりなさい。一晩帰ってこないので心配しましたわ」

「ごめんなさい。魔物に襲われてしまったんで」

「魔物に!? でも無事で良かったです」

「エミリアさんの加護が効いたからよ。助けてくれてありがとう」


 イーラはハーピーを貫いた岩の槍の正体に気がついていた。

 エミリアは祈るように手を組むと、イーラたちの無事を感謝した。

 砦に入り、イーラは真っ先にドワーフの様子を見に行った。

 部屋に入ると、ドワーフの体はアザだらけで、アザのない皮膚がほとんどないような状態だった。

 その傍らで親方が鼻水を垂らしながら、おいおいと泣いている。リムバは親方の背中をさすっていた。

「青タンが増えてきやがった。カリナリの花ってのは手に入ったのか?」

「手に入ったわよ。すぐ薬を作るわ」


 イーラは作業場に行き、カイナリの花を机に置いた。

 すり潰したミオロバ草の根とオトナキビワに抽出した海岸ザクラのエキスを三滴。殻を割ったアリアイナの実を混ぜ、小鍋で三分火にかける。

 沸騰し、固まってきたところにカイナリの花の蜜を入れる。

 よし、上出来だ。

 薬は赤くなり、カスタードの様なとろみを出す。

 手帳を開き、もう一つ必要な薬材を確認した。


「············え?」


 手帳にあったのは『七色の実』とだけ。詳細に書かれているはずの薬材名がない。ちょうど部屋に入ってきたエミリアにイーラは問う。

「ねぇ、七色の実って何か分かる?」

「七色の実ですか?えぇっと······申し訳ありませんわ。わたくしにはさっぱり······」

 ──ここまで来たのにっ!

 イーラは頭を掻き乱す。カイナリの花に気を取られてもう一つを失念していた。もしそれが見たことも無い薬草なら手に入れることは難しい。よりによって名前も分からないとは。

 どこに売ってるかもどこに自生するかも分からない。仮に今から取りに行くといっても時間もなければ今使った薬材が全て無駄になる。

 猶予は粗熱が冷めるまでの間だけ。イーラは呻き声を上げた。


「イーラ、テデリィバ食べない?」


 フィニが部屋に入ってくるなり岩のような大きな木の実を床に置いた。

 腰をトントンと叩きながら背伸びをするフィニにイーラは訝しげな目を向けた。

「今それどころじゃないのよ。薬が出来ないかもって時に──」

「ごめん。でもイーラ宴の時に見てなかったから。綺麗なんだよ。宝石みたいに七色に光ってるんだ!」

 フィニのその言葉にイーラはその木の実に目を向けた。見た目は岩の塊で、七色の実のような感じはしない。

 だが、フィニが実をトンカチで割ると、中から赤や青に輝く木の実が出てきた。七色の実にエミリアもハッとする。


「これだわ!」


 きっと母は名前を覚えていなかったのだ。たまにあった母のドジ、それがこの手帳にも発揮されていたのには驚いたが。

 イーラは手帳で数を数えると、それぞれの色の実を一つずつ取り、小鍋に放り込んだ。すり棒で潰して混ぜると、パン生地のように薬が固まった。

 イーラは薬をちぎり、手で丸め、軽く火であぶった。

 薬が収縮し、錠剤になるとイーラはそれを持ってドワーフたちの元へと走った。


 リムバがイーラの手の薬を見ると、急いで水を持ってきた。

 エミリアも駆けつけ、三人で協力して薬を飲ませると、体を覆っていた青タンはみるみるうちに治っていった。イーラは一人ひとりの脈を測り、安堵のため息をついた。


「これで大丈夫よ。あとは数日安静にしていれば治るわ」


 イーラの言葉を聞き、リムバも安心して座り込む。親方は泣きながら一人ひとりに声をかけて回った。

「良かった。本当に良かった。すまんかったな。わしのせいで苦労かけた。生きててくれてありがとう。生きててくれて······くぅっ」

 鼻をすすり、眼をこすり、親方は落ち着きを取り戻すとイーラに向かい、深く頭を下げた。

「同胞のために尽力を尽くしてくれた。感謝の気持ちでいっぱいじゃ。約束通り船職人が治ったら船を造ろう。時間はかかるが、良い船を造る所存じゃ」

 そして、フィニにも向き合い、親方はフィニの手を握った。

「お主にはすまんことをした。死霊魔術師デュラハンとて優しい心を持つことをどうして知らなかったのか。看病してくれて、仕事の手伝いもしてくれて、本当にありがとう」

 フィニは涙を浮かべ、手を握り返した。

 エミリアは微笑ましく見守っていた。手を重ね、祈りを捧げる。


 どうか、この子達に幸あらんことを──······


 ***


 病が治って一週間。

 船を造り始めて一ヶ月。

 ようやく船が完成したと連絡があった。

 実際に海に浮かべても大丈夫、と試験成功の報告もあった。

 その頃にはイーラたちは砦に馴染んでいた。

 フィニは出荷の手伝いをし、エミリアは皆の世話に徹し、ドワーフに好かれていた。

 イーラは薬剤師として薬を作り、怪我を診たり病気を治したりと満ち足りた日々を過ごしていた。

 去り際になると、ドワーフたちは別れを惜しみ、「あと一日だけ」と言う者も出た。

 フィニは新しい杖を貰い、エミリアには巫女装束とオパールのネックレスを貰っていた。

 イーラが行こうとすると、リムバがイーラを引き止めた。


「親方からこれを預かった」


 イーラに渡された麻袋には折り畳み出来る秤と薬研が入っていて、白い巾着の中にはたくさんの金貨が入っていた。

「ちょっと、こんなに貰えないわよ!」

 イーラが突き返そうとすると、リムバは袋をイーラに押し付ける。

「親方がこれくらいは当然だっつってたんでい。黙って受け取ってくれ。俺っちはまだ腕が治ってねぇからあのナイフしかやれねぇが、これはドワーフ全員の気持ちだ」

 イーラが袋を受け取ると、リムバは満面の笑みを浮かべた。



「また来てくれよ」



 イーラは嬉しかった。自分の居場所が出来たようで胸が高鳴った。

「またいつかね」と笑って砦を出ようとした。



「無事に出られると思っているのか」



 低い声がした。

 そこには見知らぬ男が立っている。狼のような耳を立て、イーラたちを睨みつけていた。

 フィニの顔から血の気が引いた。

 イーラは軍隊の様な格好と狼の腕章に合点がいった。




「世界樹議会の専属軍隊──人狼遊撃隊」




 イーラはそう呟いた。男は耳を人間の形に戻すと、フィニに目をつけた。

死霊魔術師デュラハン彷徨うろいていると通報があった。お前を連行する」

 そう言って砦にその頃男の部下が押し寄せた。

 武器を構え、その矛先をフィニに向ける。

 イーラはこの打開策を高速で練っていた。

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