第8話 職人の砦

 夜の森に輝く月と、職人ドワーフの砦。

 愉快な音楽が砦に響き、それをかき消すほどの笑い声がイーラ達を埋め尽くす。

 豪快に焼き上げた猪肉や森で採れる木の実の蒸し焼き。岩のような木の実を割ると、眩い光を放つ果物が出てきた。

「こ、これなんですか?」

「テデリィバってんだ。中身が宝石みたいだろ? ドワーフには縁起のいい果物でな。滅多に食えるモンじゃねぇんだ」

「これは、薬草ですわ。ヴォイシュで育てているものです」

「おっ! よく知ってんねぇ! この葉っぱは香りつけに良いんだ。この肉の臭みも取れる」


 賑やかな宴に溶け込む二人から離れ、イーラは隅で手を束ねていた。

 コップの水に視線を落とし、顔の傷を見つめる。

 薬を塗っても塞がらない。顔を洗うと傷に染みる。昨日の傷が今日塞がるなんて有り得ないが、この傷は醜い。

 左から銀のコップが差し出された。赤紫のジュースが入っていた。

 リムバがイーラを見ずに「受け取れ」と言った。


「助けてくれてありがとよ」

「······別に。仕事の内だもの」


 イーラはそのジュースに口をつけ、宴に目を移す。リムバも宴を眺めた。



「·········痛くねぇのか。その傷」



 リムバが聞いた。傷が少し痛んだ。

「······痛いに決まってるでしょ。昨日出来たもの」

「そうかい」

 リムバは懐を漁ると、宝石で飾った折り畳みナイフをイーラに渡した。赤い大きな宝石がとても気に入った。

「やる。おれっちが作った短刀だ。どこの刀よりよく切れらぁ」

「ドワーフ印の短刀ねぇ。女の子にこんなの持たせるの?」

「お前、おれっち助ける時に武器のようなもんさえ持ってなかったろうが。薬草ひとつで倒せる相手だけとは限んねぇだろ。······そういや聞きてぇ事が一つあるんだが、あん時あの犬っころに何食わせたんだ?」

「ああ、あれね──」




「だだのトウガラシの仲間よ」




 細かく言えば、トウガラシ属のカルクア草という薬草で、主に体温を上げる薬の元となる。トウガラシと違うのはとてつもなく苦いこと。動物に害こそないが。以前フィニに飲ませた薬もコレで出来ていた。

 リムバは引き気味に「エグイな」と呟いた。





死霊魔術師デュラハンじゃ!!」





 宴の騒がしさが急変する。フィニの周りに空間が空く。

 親方が黒いローブを掲げ、フィニを指さした。


「その男! 死霊魔術師デュラハンじゃ! 砦から追い出せ! 禁忌の民じゃ!」


 あちこちからフィニを非難する声があがり始め、フィニは胸を強く握った。エミリアはドワーフ達に遠ざけられてフィニに近付けずにいた。

 どこからか武器を手にする音がした。



「やめなさいよ!」



 イーラは咄嗟に駆け出した。

 ドワーフを押しのけ、フィニを庇うように立つ。親方は「どかんか!」と一喝した。イーラは怯んだりしなかった。

「なんなのよ! 寄って集って馬鹿にして!」

死霊魔術師デュラハンが世の禁忌に触れていることを知っていよう!庇うとは何事だ!」

「だからって、フィニがあんた達に何したってのよ! いつ死霊召喚したの!? いつ危害を加えたの!? 何もしてないのに手を出すんじゃない!」

「イ、イーラさん······」

 フィニはイーラの服を掴んだ。

 その手は震えていた。フィニは「大丈夫です」と言った。


「慣れてますから。死霊魔術師デュラハンなのは事実ですし、こんな扱いだって昔から受けてますから」


 フィニはもう一度「大丈夫です」と言う。だがその声は今にも泣きそうで、脆弱さを隠せなかった。

 一人のドワーフが飛び出した。ツルハシを掲げて。

 鋭いツルハシがフィニの背後を狙った。イーラはそれに気がつくとフィニを押して自分と立ち位置を交換する。目と鼻の先にツルハシが迫った。



 ──ツルハシは当たらなかった。

 目を前に広がる土壁。高く長く伸びるそれがツルハシを弾いたのだ。

 エミリアが杖を高く上げて円の中に入ってきた。


「彼らを攻撃するのは止めて下さい」


 エミリアはドワーフからツルハシを奪い取ると、地面に投げ捨てた。

「彼らはヴォイシュを救った恩人です。彼らを傷つけるならば、このわたくしが許しませんわ」

 エミリアに親方が口を挟んだ。ローブを突きつけ、キツイ口調で怒鳴る。

「これは死霊魔術師デュラハンの証! 知ってるじゃろ! 死霊魔術師デュラハンを庇えばお主らも捕えられるぞ!」

「貴方がたは恩を仇で返すおつもり?」

 エミリアが杖先を彼らに向けた。

 誰も返す言葉がなかった。エミリアは鼻を鳴らし、腕を組む。

「貴方がたが罪だと仰ることはよく理解してますわ。ですが、彼らが虐げられる理由にはなりませんの」

 親方はローブを投げ捨て、「ならば」と口を開いた。

「リムバを救った恩として、望むものを、何でも一つ差し上げよう。じゃが、それを叶えたら即刻! この砦を去って頂きたい」

 イーラはローブを拾い、親方の頭の上で土を落とした。

 周りのドワーフが睨みつけたが、イーラに凄まれて後ろに下がった。



「いいわ。私たちが欲しいものは船よ」

「無理じゃ」

「は?」



 何でもいいって言ったのに。

 イーラは真顔で返してしまった。親方はその場に胡座をかく。

 腕も組んでそっぽ向き、『断固拒否』の態度を示した。

 イーラはローブをフィニに返すと、親方の服を掴んで持ち上げる。

「望むものをくれるんでしょ? なら船作ってちょうだいよ。それさえ出来たら私たちは砦を出ていくんだから。職人なんでしょ? やりなさいよ」

 イーラが強めに揺らすと、親方は「無理だ!」と手足をばたつかせて要求を突っぱねる。

 エミリアがイーラを止めて親方を下ろすと、親方に目線を合わせて理由を問う。「とうして出来ないのです?」と。

 エミリアの瞳をじっと見つめた親方は、悔しそうに俯き、唇を噛み締めた。

「船職人がな───」


 * * *


 紅潮した頬と早い呼吸。

 こまめに着替えても追いつかない汗の量。

 そして、体全体に広がったアザ。

 見たことも無い病が八人のドワーフを蝕んでいた。

 イーラは彼らから目が離せなかった。

「三ヶ月も前からじゃ。港町に売り出す小舟を作るために材木を集めに行ったんじゃが、待てども待てども帰ってこん。迎えに行ったらこの有り様じゃ」

「なんで医者に見せないのよ!」

「見せたわい! 何人も呼んだが皆口を揃えて『初めて見る奇病』だと言った! ワシとて指をくわえてるつもりはなかったんじゃい!」

 イーラは手前にいるドワーフに駆け寄り、脈を測った。

 額に触れて大まかな熱を測り、アザを押す。

「脈拍121。熱は38~39くらい。アザに痛みなし。首を振って答えて。頭痛はある? 腹痛は?」

 基本的な質問に彼は全て首を横に振った。

 苦しそうにイーラの袖を掴み、喉を指さした。

 イーラは喉に触れ、腫れを確認すると、口を開けて喉の奥を覗く。

 喉にもアザが広がっていて、所々爛れていた。

 イーラの記憶の片隅で、一つの病名が手を挙げた。




「これは『青タン病』ね」




 親方は目を見開き、エミリアは「青タン······?」と首を傾げる。

「正式には、『突発性クリムタール紫斑病』って言って、全身に皮下出血に似たアザを作る病気なの。だから『青タン病』。でも普通のアザと違って、押しても痛みはないし内臓にも出来る奇病よ」

「な、ならば、病を治す方法はあるのか!?」

「無くはないでしょうけど。ちょっと困ったことが二つ──」



 一つは、病を治す薬が流通していないこと。

 もう一つは、病の進行が進んでいること。



 それを親方に伝えると、親方は滝のように涙を流した。

 腕で眼を擦り、男らしくドワーフたちの前でおいおいと泣く。

「すまん! せめて薬を飲ませていれば! こんなことにはならんかったじゃろうに! ああああああすまん! ワシが早く薬を探していれば!」

「しかし薬が流通していないなら、治す手立ては無いのでは······」




「治せないとは言ってないわよ」





 イーラはけろりと言った。


 ───無いなら作ればいい。


 フィニは驚き、「でも!」と声を上げる。

「流通していないということは、そもそも薬の材料も無いんじゃないですか!? それにイーラさんが持ってる薬草では絶対作れませんよ! どうやって薬を作るんですか!」

「森から採れば良いのよ。持ってきた薬学の本にも作り方は載ってるはず。それ見ながら作れば何とかなるわ」

「医者が匙を投げた奇病です! 僕達で出来るんですか?」


 イーラは鼻を鳴らした。

 カバンから薬学の本を出すと、フィニの胸に押し付けた。

 バカでしょ、と吐き捨てると、イーラは堂々と言った。


「私は薬剤師よ。薬を作るのが仕事なの。この程度の病気も分からないヤブ医者の言うことなんて聞かないわ。薬の材料くらい何とかするわよ。薬がそのまま木に生えてるわけないでしょ!」


 そう言うと、周りのドワーフに指示を出した。

「水と清潔な布を持って来なさい! あと汗を拭いて着替させて! 濡れたままにすると進行するわよ!」

 ドワーフは疑いの目でイーラを見つめた。イーラは動かないドワーフにいいわよ、とため息をつくと一人で水を汲み、着替えを探し、ドワーフ一人ひとりの体を拭いて回った。

 額の汗を拭い、カバンから薬草を選ぶと水で洗い、リムバが持ってきた銀の鍋を借りてそれを煮詰める。

 エミリアはしゃがみ、イーラを指さして親方に頼んだ。

「どうかあの方に、薬研とはかりだけでも貸してくれませんか?あの方はケガ人を放っておく人間ではありませんわ」

 親方は俯き、返事をしなかった。

 エミリアは残念そうに立ち上がると、イーラの手伝いに向かう。

 フィニはたらいの水でタオルを絞り、一人ひとりの汗を拭っていく。


「首の裏もちゃんと拭いてね。今呼吸を楽にする薬を作ってるから。エミリアさん、一度砦の外に出て大きめの石を拾ってきてくれる?それ薬研の代わりにするわ」

「分かりましたわ」

「イーラさん、この人すごく苦しそうです!」

「横向きにして! 楽な体勢取らせて! リムバ、別の鍋に水を張って。熱冷ましの薬も並行して作るから」

「ちょっと待ちな。あっちにいっぱいあっから」

「イルヴァーナさん、これくらいの大きさで足ります?」

「充分よ。洗ってキレイにしてくれる?」


 イーラが指示を出しながら薬を作る姿を見て、親方が声を張り上げた。

「秤と薬研を早急に作れ! 金型はまだあるじゃろ! 着替えと布もありったけ用意せい! 洗濯しながらやれば十分回せる! 薬草もありったけ出してその娘に渡すんじゃ! 同胞の病、何としても治すぞ!」

 ドワーフが一斉に返事を返す。

 砦にこだまする雄叫びが炉に再び火を灯す。

 エミリアは喜んでドワーフの看病を続けた。イーラは薬を作るのに集中する。

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